第13話 やったか?

 高層ビルをも上回る超高度に浮かぶ、赤黒の魔道着。

 五人の魔法使いマギマイスターに打ち上げられた、みちおうの姿である。


 眼前には島、いやザーヴェラーの巨体。

 眼下には、まるで航空写真といった我孫子の町並み。


 応芽は、強風吹く超高度に、まるで宇宙遊泳でもしているかのようにふわり舞いながら、両手に騎槍の柄を握り締め、叫んだ。


「いっくでええ! 必殺超魔法、ペイフェッドアンストゥルム!」


 金色に輝く騎槍を、頭上で一回転、彼女の足元に、青く光る五芒星魔法陣が浮かび上がっていた。


 五芒星の中心から、炎がゆらゆら揺れながら、競り上がりながら、形状を変化させていく。


 炎の馬。


 応芽は、長年の相棒であるかのように微塵の躊躇もなく、ひらり跨がると、騎槍を小脇に抱え、炎の馬を疾らせた。


 ザーヴェラーへと。

 雲のように真っ白で、手足のない、とてつもなく巨大な悪霊、その頭部へと目掛けて。

 まっしぐらに。


 ぶん、ぶん、

 ぶん、ぶん、


 目も口もない、のっぺらぼうの顔面から、赤黒い光弾が、妙な振動音と共に打ち出される。

 炎の馬に乗った応芽の胸を、撃ち抜こうと。

 何発も。


 ガシャン、


 ガラスが砕ける音と共に、応芽の身体が粉々に砕け、吹き飛んだ。

 と、見えたは幻か、

 応芽は炎の馬に跨ったままだ。

 小脇に槍を構え、ザーヴェラーへと突っ込みながら、雄叫びを張り上げている。


 あらかじめ、自身の周囲に魔法障壁を何重にも張っていた、その一枚が砕け散ったのである。

 その音である。


 想定内! と、構うことなく躊躇うことなく、赤黒魔道着の魔法使いは、そのまま真っ直ぐ突き進む。


 バリン、

 ギャシャン、

 バリン、


 一枚また一枚、魔法障壁が光弾により砕かれていく。


「うあっ!」


 応芽の、甲高い悲鳴。

 右の脇腹が、臓物が見えても不思議でないくらいに、ごっそりとえぐられ消失していた。


 あまりの執拗な攻撃に、魔法障壁が最後の一枚まで破壊されていたのである。


 どろっ、と脇腹から大量の血が流れ出るが、応芽はまるで気にもとめず、むしろより顔を上げてキッと前方の巨大な敵を睨み付けた。


「おおおおおおおおおおおっ!」


 雄叫びを張り上げながら、青い炎の馬を巧みに駆り、ザーヴェラーの下に潜り込むと、太い首の付け根を目掛けて、両手に持った騎槍を渾身の力で突き上げていた。


 騎槍が、ほぼ根本まで、深々と突き刺さっていた。


 ぶいいいいいいん、

 ぶつぶつぶつぶつ、


 高圧電流で肉が焦げているかのような、なんとも不気味かつ不快な音が、周囲の空気を震わせた。


 いつ唱えたか仕込んでおいたか、ザーヴェラーの巨大な頭部を、それを上回る大きさの、薄青く半透明な球状の光が包み込んでいた。


 どんっ、


 揺さぶられる低い音と共に、半球に包まれたザーヴェラーの頭部は、黒い爆炎でまったく見えなくなった。


 どどん、

 どん、

 どどおっ、

 どおん、

 どん、

 どどん、


 爆音は終わらない。

 魔法で作り上げた閉鎖空間の中で、爆発が爆発を呼び、破壊力が際限なく膨張していく。


 現代科学兵器の方が物理破壊力としては遥かに凄まじいだろうが、それではザーヴェラーは倒せない。

 応芽の攻撃は、むしろ霊的なレベルでの破壊を行っているのである。


 爆発連鎖で上半身を粉々に破壊されていくザーヴェラーを、応芽はぜえはあ息を切らせながら見つめている。


 いつの間にか、跨っていた炎の馬はとこにも姿なく。

 空中にいるのは、立ち姿勢で浮いている応芽と、連続する爆発の中で朽ちつつあるザーヴェラーのみである。


「なんや、これで、しまいか? たいした、こと、あらへんかったなあ」


 臓器が見えてもおかしくないくらい、ごっそりえぐられた脇腹を、ちらりと見ると、正面向き直り、激痛に歪めた顔のまま、ぜいはあ大きく呼吸しながら、強気な笑みを浮かべた。


 応芽のその笑みが、不意になんだか寂しそうなものに変化していた。

 荒い呼吸の中、また、ぼそり小さく口を開いていた。


「なんで、倒してしまったんやろな。せっかくのザーヴェラーやというのに……あかんかったかなあ。勿体無いこと、してもうたかなあ……」


 疲労と苦痛に歪んだ顔で、意味深な台詞をぼそりぼそり吐きつつ、アサキたち五人が待っているはずの遥か眼下へ視線を落とした。


 ふっ、と意識が消失しそうになって、首をだらり下げ顔を落とす応芽であったが、次の瞬間には、はっとした顔が勢いよく持ち上がっていた。

 なにか恐ろしいものでも感じたのか、目が大きく見開かれていた。


「まさか……」


 驚愕や不安の混じった表情で、ぼそりと口を動かした、その瞬間、


 ばちん、

 巨木の幹を巨人が振り回したかのような、そんな横殴りの一撃を全身に受けていた。

 大怪我を負って意識の朦朧としていた状態では、不意を突かれた攻撃に防御など出来ようはずもなく、応芽の身体は軽々と吹き飛ばされていた。


 強風の吹く超高度での、悪魔と魔法使いの戦いは、まだ終わっていなかった。

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