第12話 あたしを誰や思うとる?
地に片膝を着け、屈みながら、
両手がぼーっと薄青く光ると、その両手を、足元に置かれている
すーっと手を動かして、柄尻から先端までその魔力を帯びた光を染み込ませていく。
騎槍自身が鈍い輝きを放ち始めたことを確認すると、柄を握り立ち上がった。
続いて、別の呪文を唱え始める。
すぐに応芽自身が、全身薄青い光に包まれた。
「準備ええで。ほな、頼むわ」
応芽の合図に、彼女を囲んで立っているアサキ、治奈、カズミ、正香、成葉、五人が同じ呪文を合唱し、空気を小さく共鳴させた。
みな、疲労を隠せぬ苦しそうな表情であるが、中でも酷いのがカズミである。太ももの肉を、ごっそり食いちぎられているのだから。
現在、治奈に肩を借り、かろうじて立っている状態だ。
呪文詠唱によって、五人それぞれの頭上に、薄青く輝く小さな五芒星の魔法陣が浮かび上がった。
「遠慮なく貰うで」
応芽が騎槍の柄尻をとんと地面に置くと、切っ先から巨大な魔法陣が現れた。
アサキたちが作り出した魔法陣が溶け崩れると、水面のインクアートをスポイトで吸ったかのごとく、応芽の騎槍へと、すべて飲み込まれていた。
魔力をたっぷり吸収し、騎槍を包む輝きの色が変わっていた。
青から、金へと。
正香と成葉が、がくりと膝を崩した。
疲労に加え、魔力を大量に吸われたためであろう。
「超魔法、か。そうだと思ってたけど」
カズミが、倦怠感や激痛に、顔を複雑に歪めながら、ぼそり呟いた。
「他に方法もないやろ。あいつの弱点は分かったからな、そこに一気に魔力の残りをブチ込んだるわ」
応芽は、上空に浮遊している巨大な島を見上げると、右手でそっと槍の柄をしごいた。
「弱点が分かったって……」
不思議そうな、不安そうな、そんな治奈の顔。
そうもなるだろう。
せっかく見つけたと思ったらハズレで、気付かず強引に攻めた挙げ句ボロボロにやられて退却、それがために、この通り、より劣勢へと追い込まれてしまったのだから。
「さっき明木が、手応えはあったゆうてやろ。あれも正解なんや。その反対側、人間でいう喉ぼとけのあたりが弱点ちゅうことなんや」
「ああ……そがいな理屈か」
「ほな、そろそろいくで。全員の、まだほんの少し残っている魔力をかき集めて、あたしのことを、あいつの高さにまで吹っ飛して欲しいんやけど。あのデカブツ、攻めてくるわけないと油断しとるやろから、びびっとるとこ一気にぶっ飛ばしたるわ」
「本当に、大丈夫、なのかよ、ウメ」
カズミが、治奈の肩を借りかろうじて立ちながら、弱々しい声を絞り出した。
「あたしを誰や思うとるんや」
応芽は鼻で笑うと、右の拳で自分の胸をどんと叩いた。
「確かにある意味では、仕掛けるにまたとない好機です」
「え、どうして?」
正香の言葉に、成葉が食い付く。
「弱体化している魔法使い、という美味しい獲物がいる以上は、ザーヴェラーは逃げない。先ほどのように、自らとどめを刺しにくる。である以上、こちらは飛翔など少ない魔力を無駄に使うことはせずに、地上で迎撃に徹するのが常識的。つまりは、こちらから仕掛けることで、その裏をかけるということ。いまウメさんが仰っていた通りです」
「まあ、そゆことや。ほな、あのデカブツがまた降ってくる前に、夏の河川敷の花火みたく、あたしをどっかん打ち上げてや」
「散るみたいな縁起悪いこといっちゃダメだよ!」
アサキが不満げな顔を、ぐいと応芽へと近付けた。
「うわ、驚かせるな! 戦意を高めたくてノリと勢いでいっただけの言葉に、自分が食い付いて、勝手に縁起悪うしとるんやろ!」
「あ、ご、ごめん。……うん、絶対に成功するよ」
「当たり前や。天才応芽様やで」
応芽は、すぐ目の前の、アサキのおでこへと、そっと顔を寄せ、コツンと頭突きをすると、優しく微笑んだ。
アサキは、ぽわんとした表情で自分のおでこを両手で押さえていたが、すぐにきっと引き締まった顔になり、硬く拳を握り、治奈たちへと向き直る。
「やろう、みんな!」
というアサキの言葉に、治奈が小さく頷いた。
「うちらには、もうほとんど魔力が残っとらん。……ウメちゃんに、命運を託すけえね」
「大袈裟やな。あたしを誰や思うとるって、なんべんいわすんや」
五人の魔法使いは、あらためて輪になり応芽を取り囲むと、静かに呪文の詠唱を始めた。
応芽の足先が、わずかに地面から離れて浮かび上がった。
と、見えたその瞬間、
ドオンという低い爆音が起こり、凄まじい風を巻き起こして、応芽の身体は消え去っていた。
いや、消えたわけではなかった。
頭上、上空、その遥か上空、既に応芽の身体はそこにあり、既にアサキたちの視界からは豆粒ほどの大きさになっていた。
「行けえええええっ!」
カズミ、成葉、アサキが、ぎゅっと拳を握った腕を高く突き上げて、空へ向けて叫んだ。
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