第07話 君とならどこまでも輝ける

 あきかずは腕を組み、見るからにいぶかしげな表情で尋ねた。


「ちょっと、なんなんだよ、こんなとこ連れてきてさあ」


 いぶかしげにもなるだろう。

 ここは彼女らの通う中学校に近い児童公園なのであるが、五人のうち誰の家とも異なる方角にあるため、まず普段は立ち寄ることがないからだ。


 みな、鉄棒近くに置かれたベンチに座っている。

 昭刃和美とりようどうさきの二人と、あきらはるおおとりせいへいなるの三人に分かれて。


「来月の中旬から、ほしかわの幕張公演があるの知ってる?」


 アサキが尋ねた。

 こちらのベンチは二人きりだから、スペースに余裕があるのに、何故だかぎゅうっと密着させながら。


「モチのロン吉よ。つうか、あんまりくっついてくんなよ」

「ああ、ご、ごめん」


 アサキは、お尻をずらして少し距離を空けると、頭を掻いて笑った。


「そっちこそ、よく知ってんじゃん」

「たまたま知ってさ」


 本当はたまたまではないが。


「……うちド貧乏だけど、どうしても行ってみたくてさあ、よし家計をちょろまかしてチケット買っちまえ、って思ってネットでチャレンジしてみたんだけど、すげえ人気な。とても買えなかったよ」

「えーっ、そうだったんだあ! いやあ、危なかったああ! ふいーーっ」


 びっくりして思わず立ち上がって、座ってほっと胸をなでおろして、忙しいアサキである。


「なにが?」

「あ、いや、その……ええい、いっちゃえ。実はわたしも……手に入ってれば、そっちの方がよかったのかも知れないけど、わたしも、買おうとしていたんだ、チケット。……カズミちゃんにプレゼントしようと思って。こないだの、キーホルダーのお返しにってさ」

「いいよそんなん。そもそも、バクゲキレッドのキーホルダーとエリリンのチケットじゃ、価格がダンチだろうが」

「でもまあ、結局手に入らなかったんだから。ページに全然繋がらなくて、悪戦苦闘している間に売り切れになってたよ」

「あたしもだよ。その気持ちだけ貰っておくよ。ありがとな」


 カズミは、アサキの背中をぽんと叩いた。


「うん。……でもわたしね、入手しようとしているうちに、どうしても見たくなっちゃってね。星川絵里奈のコンサート」

「エリリンの?」

「うん。あ、いや、別にエリリンでなくてもいいんだ。アイドルのコンサートって、一体どんな夢に溢れるステージなのかなあ、って興味が沸いちゃったんだ。……だから、というかなんというか、プレゼントをするつもりだったのが、逆におねだりになって申し訳ないんだけど、教えて貰いたいんだ。カズミちゃんに」

「へ?」


 きょとんとした顔のカズミ。


 その間の抜けた表情を可愛らしく思ったのか、アサキはふふっと笑うと立ち上がり、リストフォンを左腕から外して、数歩の先で屈んで、地面に置いた。


 ぎょん、


 と映像が最大倍率で空間投影されて、ステージのセットが映し出された。

 現実の視界と溶け合って分かりにくいが、ここは野外ステージ、と思えば思えなくもない、そんな雰囲気の映像が出来上がっていた。


「おい、これって……」


 カズミがベンチから立ち上がったその瞬間、映像であるステージの両端から、ドドーンと低い音が飛び出した。


 星川絵里奈の曲、「星空を飛べたらね」のイントロだ。


 先日アサキが、歌えといわれて歌ったら下手すぎて顔面にパンチ食らった、あの曲だ。


「はいっ、マイク!」


 なんだかオモチャっぽい、いや間違いなく幼児のオモチャであろうマイクを、アサキが素早く手渡した。


「え、え……」


 マイクを受け取り握り締めながら、うろたえているカズミ。


「ほら、歌のとこ始まっちゃってる! ほら早くっ!」

「あ、は、はいっ…… ♪  はじめて手を取り合って歩く渚 ♪」


 まるで背中を突き飛ばされるかのように、カズミは歌い始めた。


「♪ わたしたちも こんな果てなく広がる星空の中 ♪」


 よく分からない表情ながらも、歌い始めれば、そのまますらすら声が出ている。


「確かに、アサキさんたちがいっていた通り、上手ですねえ」


 彼女の歌声を初めて聞いた正香が、驚きの混じった笑みを浮かべて小さく頷いている。


「でしょお?」


 アサキの、なんだか自分が褒められているかのように嬉しそうな顔。


「歌声もさあ、普段のドスがなくて可愛らしいねえ」


 と、成葉も楽しそうだ。


「♪ ゆうらゆらりゆらりらりらりい ♪」


 なんだか分からん、というおどおど感も完全に吹っ飛んで、マイクを握り締めノリノリで熱唱している。


 いつの間にか、四人はすっかり観客になりきって、左手にペンライトを握って振っている。

 本物のペンライトではなく、リストフォンから投影されている映像であるが。


「♪ 永遠の中の一瞬で出会えた奇跡 ♪」


のアイドルマジカルガール、ケーエーゼッユウーエムアイカズミ!」


 アサキが、昭和のアイドル親衛隊的な声を張り上げるが、すぐに顔を真っ赤にして、


「えーーーっ、練習したのに、なんでみんなやんないのおお!」

「だって恥ずかしいもん」


 成葉がクールでシュールな一言をかましている間に、カズミの歌う歌は一番部分が終了して間奏に入った。


「みんなあ、あたしのソロコンサートにきてくれてありがとーーーーっ! 二番も気合入れてえ、いっくぞーーーーーーー!」


 どかーんと右腕を突き上げるカズミに呼応して、うわーーっと賑やかな歓声が上がった。


 歓声は、アサキたちだけではなかった。

 公園で遊んでいた幼児たちや、その母親までがついつい集まっちゃって、楽しそうに手拍子を送っていたのである。


「♪ 信じれば空だって飛べるはずだね! ♪」


 ぶんっと、右拳を突き出すカズミ。


「飛べる!」


 合いの手を叫びながら、笑顔で同じポーズをとるアサキら観客たち。


「♪ 君とならどこまでも輝けそうだよ! ♪」


「輝ける!」


「♪ 会えたこと奇跡と呼びたくない。

 ドラマなんかいらない。

 ただそこに君が……

 I can meet you so I can fly to any distance.

 今、一緒に! ♪」


 曲がすべて終了すると、ふっとステージの映像が消えて、元の児童公園に戻った。


 盛大な拍手が起きた。

 アサキたち、そして幼児やお母さんたちから。


 カズミは、なにがなんだか分からずといった表情に戻って、ぽかーんとした感じに立ち尽くしている。


 そのカズミへと、アサキが拍手をしながら、一歩二歩と近付いていく。


「キラキラ、輝いてた。歌、とっても上手で。笑顔も、とにかく眩しくて。……天使みたいだったあ」


 興奮感動隠せず、といった感じの笑みを浮かべて、拍手を送り続けるアサキ。


 ようやく現実に返ったカズミは、つっかえつっかえで、


「いや、そ、そんな、あたし、こんなガサツで乱暴で、地声は低いし……」

「それもまたカズミちゃんだ。わたしは、大好きだよ」

「ア、アサキ……」


 カズミの目が潤んだかと思うと、涙がボロボロとこぼれていた。

 ず、と鼻をすすった。

 一歩出ながら、震える手でアサキの手を握った。

 そして、

 腕の表面を滑らせながら肩へ、首の後ろへと手を這わせると、


「コブラツイストオオオオオ!」


 後ろへ回り込み、絡み合わせた身体をぎゅわっと締めながら叫んだ。

 コブラツイスト、いわゆるプロレス技である。


「いたっ! いたたたたあっ! なっ、なんでだあああああああ!」

「嬉しいからに決まってんだろうがよお!」


 笑顔で涙を流しながら、絡め取った獲物をぎちぎちと締め上げるカズミ。


 獲物、アサキもまた、とっても嬉しそうな幸せそうな顔で、襲う凄まじい激痛に顔を激しく醜くみっともなく歪めていた。

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