第05話 マジカル天使のケンカパンチ

 おおとりせいは、あきかずの身体を脇に抱きかかえたまま、ヴァイスタの胴体を強く蹴って、大きく後ろへと飛びながら、くるんと宙返りして着地した。


「怪我はありませんか? カズミさん」


 正香は、華奢な身体に似合わぬ力強さで、仲間の危機を救うと、華奢な身体に似合う上品でやわらかな笑みを浮かべた。


「ああ。正香のおかげでな。サンキュ」


 カズミは礼をいいながら、自分の足でしっかり立つと、前方のヴァイスタをきっと睨み付けた。


 ここは異空の、空の下。


 二人は現在、三体のヴァイスタと交戦中だ。


 正確には、ほんの十秒ほど前まではカズミ一人だけで、あわやというところへ正香が駆けつけたばかりである。


「時間を稼ぐだけのつもりだったんだけどさ、こいつら連係で攻めてきやがって、追い詰められちまったんだ」


 悔しそうに、言葉を吐き捨てるカズミ。


「段々と強くなっているのは感じていましたけど、賢くなってもいるということですね」

「本当にそんな感じがする。こいつらがこのままどんどん強くなっちまったら、どうなるんだろうな、この世界は」

「いつか『新しい世界ヌーヴエルバーグ』が訪れてしまう。でも、こうやってわたくしたち魔法使いが戦い続けて『新しい世界』を阻止し続けていれば、いつかギルドが対策を見つけてくれるはず。現在はそれを信じて戦う以外ありません」

「ま、そういうことだな。……よおし、そろそろ本気を出すかあ」


 カズミは、両手のナイフを構え直すと、身を低くして走り出した。

 前方、三体のヴァイスタへと向かって。


 正香が鎖鎌を両手で持ち、続く。


 一体の懐へ入り込み、斬り掛かろうとするカズミであるが、だがそうはさせまいと、別の一体が群からすっと離れて、カズミの真横へと回り込んだ。


「避けて!」


 正香は叫びながら、鎖鎌を背中越しにぶんと振って、横へ回り込んだヴァイスタへと叩き付けた。

 腕の一振りで鎌は弾き返されるが、その間にカズミが後ろへ跳躍して、とん、と正香の横に立った。


「正香の声がなかったらやられてたな、あたし」

「今のような連係で苦しめられていたというわけですね」

「そうなんだ」


 武器を構え直す二人。


 二人掛かりで一体へと挑もうとするのだが、三体がお互いを庇い合って、なかなか各個撃破するための隙が生じない。


 まだ戦いの序盤、まだ様子見の段階ではあるが、この状況は明らかに苦戦の様相を呈しているといっていいだろう。


「もうすぐ武器や魔道着のバージョンが上がるって話だけど、それまではこんな、我慢の戦いをするしかねえのかな。あたしの性には合わねえけど」


 そのパワーアップに負けないようにヴァイスタも強くなる、ということならば所詮いたちごっこということになるが、でも現在は早くその武器や魔道着の能力が欲しい。

 ここでやられては、なんの意味もないのだから。


 そんな言葉を胸に、我慢の戦いを続けるカズミ。


 と、ここで正香が、普段の上品さから考えられない、大胆な行動を見せた。

 二体の間に、切り込んだのである。


 同士討ちを避けるため一瞬動きを止めたヴァイスタの、その隙を狙い、一体へと両足を使っての強烈な蹴りを浴びせると、その勢いで飛びながらもう一体へと肘を打ち込んだ。


 二体が、ぐらりよろけた。


「サンキュー、正香!」


 礼をいうカズミの、全身が青い光に包まれていた。


 このための時間稼ぎをしてくれたことに、カズミは礼をいったのである。


「超魔法、グローゼンブリッツ!」


 地を、いや足元に生じていた五芒星の魔法陣を、蹴った。

 うねる青い光に包まれて、身体を高速回転させながら、ヴァイスタの一体へと突っ込んでいた。


 必殺の一撃、

 のはずであったが、結果は無情。

 次の瞬間、横から伸びる白い腕に打たれて、カズミの身体は地面に叩き付けられていた。


 ぐうっ、顔を歪め呻き声を上げるカズミ。


「大丈夫ですか? すみません、本当は全員の動きを封じるつもりだったのですが」


 両足で蹴ってよろけさせた時、本当はヴァイスタ同士をぶつけさせるつもりだった、ということだろう。

 正香の角度計算は完璧だったが、ぶつけられるはずだったヴァイスタが、その目的を読んだのか、すっと立ち位置をずらしたのだ。


「なんとも、ねえよ。正香は悪くない。……あたしの踏み込みが甘かっただけだ」


 カズミは前方を睨みながらゆっくり立ち上がると、ぶるぶるっと首を振った。


「くそ、魔力だけ消耗しちまったな。さて、どう戦うかな」


 ピンチに強がって、ニヤリ笑みを浮かべるカズミ。


 と、その時であった。


 上空から、


 うわあああああああああ、


 勇ましいような、頼りないような、

 なんともいえない雄叫びを張り上げながら、

 赤い魔道着が、もの凄い速度で落ちてきたのは。


 りようどうさきである。


 落ちてきた彼女は、両手に握り締め振りかぶった剣を、一体のヴァイスタの頭部へと叩き付けていた。

 しかし……


 ぼよん、


 懇親の一撃を弾かれて、


「むぎゃ」


 しかも着地に失敗して、地面に思い切り顔面を打った。


「やっときたな、お笑い芸人」


 なんだなんだとあ然としていたカズミであるが、状況を飲み込むと、明るい顔になって、そんな軽口をいいながら、ははっと声を出して笑った。


「えー、それ酷いよお」


 アサキは、自分の髪の毛や魔道着よりも赤くなった鼻を抑えながら、立ち上がった。

 立ち上がって前を見た途端、びっくり仰天。


「そ、それよりもっ、全然ダメージ受けてないじゃん!」


 アサキの驚きも当然だろう。

 あんなに懇親の力を腕に込めて、剣を打ち下ろしたのだから。

 なのにそよ風に吹かれているがごとく、ヴァイスタは平然としているのだから。


「いいえ、相当なダメージは与えたはずです。でも、アサキさんの攻撃を察知して一瞬早く身をずらしたために致命傷にならなかった。ヴァイスタは致命傷でない限り、すぐに回復してしまうんです」

「今回のこいつら結構賢くてさ、各個撃破の隙を与えてくれねえんだ。……どうしようかと途方に暮れていたけど、お笑い芸人の捨て身のギャグを見てたら明るい気持ちになったよ。ありがとな」


 歯を見せて笑うカズミ。

 冗談に乗せて、本心を込めた。


 アサキは相当なビビリで、ここにくるのだって誰より不安で恐ろしいはずなのに、それでもこうして明るく振る舞ってくれている。

 と、そのことに対しての感謝の気持ちを。


「誰もギャグなんか、やってないんですけどお。酷いなあ。でもさ、ピンチこそチャンスだよ!」


 アサキは、ぐっと自分の拳を握った。


「そうだ、マジカル天使はいつも笑顔なんだ。カズミちゃんっ、歌い踊りながら戦うんだああ!」

「え?」


 ひょっとしてこいつ、素でボケてる?

 それとも、これも怖さ隠すための明るい振る舞いなのかな。

 という思いが一瞬よぎったせいか、カズミはついノッてしまっていた。


「おう、そうか、その手があったかあ! ……♪ 君のいる街にいつか行って ♪」


 と、ほしかわの歌を歌いながら前へ出るカズミへと、しゃっとヴァイスタのにょろにょろ長い腕が襲い掛かった。


「……っとあぶねええっ! 歌いながらとか、出来るわけねえだろバーカ! 頭おかしいのかあ!」


 青ざめた顔で、だだだと慌てて戻りながらカズミは、怒りの形相でアサキの顔面にケンカパンチくれた。


 まさか味方からこんな攻撃を受けるとは思っていなかったようで、パンチは見事にクリティカルヒット。

 首を捻ったアサキは、瞬間的に意識を失ってどうと地に沈んだ。


「ふー。正義は勝つ」


 カズミはそういいながら、おでこの汗を袖で拭った。


「仲間を気絶させてどうするんですか!」

「あ、そ、そうか。ついムカついて。あの、ごめんな、アサキ、ほんとごめん。っと、ヴァイスタくるって! 起きねえかアサキィィ! 起きろってんだよてめえ!」


 抱え起こして肩に腕を回させると、ずるずる引きずり逃げながらも、バヒバヒ器用に頬へと往復ビンタを浴びせる浴びせる浴びせる。


「へにゃあ?」


 とろーんとした感じに、アサキの薄目が開いた。

 殴られて気絶させられ、殴られて起こされて、いつものことながら散々なアサキであった。


 この後、なるはるが合流して、人数による力押しでなんとかヴァイスタを倒せたからよかったものの。

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