第04話 不味いと思ったらご飯を増やせ

 ここは、あきかずの自宅アパートだ。


「そんで、ここで塩を少々、と」


 カズミが、苦手ながらも料理に奮戦しているところである。


 今週は、兄であるともなりが当番なのだが、仕事で遅くなるとのことでカズミが作るしかないのだ。


 現在なにを作っているのかというと、八宝菜。

 熱したフライパンに具を放り入れて、塩を振ったところだ。


「今日は食えるの? 姉貴の料理」


 居間と寝室の境界のところで、弟のかけるがごろごろ転がっている。

 貧乏な昭刃家はテレビも漫画もないので、子供は暇を潰せるものがなくて退屈なのである。


「食うために作るのが料理だろうが! ボケが!」


 フライパンをガシャガシャ振りながら、カズミは怒鳴った。


「いやあ、でも味がさあ。兄貴のは不味いながらまだ食えるけど、姉貴のは人間の食うもんじゃねえからなあ。兄貴よお、なんで今日に限って残業なんだよお」

「お前さ、いい加減にその口を塞がないと、唇を切り取ってフライパンで炒めるよ」

「ゆ、許してくれえ! クソ不味くても我慢するから許してくれえ!」


 などと、弟とどうでもいいやりとりをかわしているカズミであったが、突然、左腕にぶーーーーーーと強烈な振動。

 フライパンに集中しながらも、リストフォンの画面にちらり視線を向ける。

 どうやら、りようどうさきからメッセージが入ったようだ。


「なんだろ、アサキの奴」


 なんか大事な用あったっけ?


「ひ ら く」


 とリストフォンへ音声で命令を送って、メッセージを画面に表示させてみて愕然。

 顎が外れかけた。


 画面には、次のような文が表示されていたのである。



 さっきの帰り道での話だけどお、

 やっぱり私の方がどう考えても主人公ぽくないですかあ?

 赤い魔道着だしい、武器が剣だしい。

 私、髪の毛が赤毛だしい。



「はああ? 人が苦手な料理を頑張ってる時に、なんだこいつ。……き ん きゅ う お ん せ い!」


 と、リストフォンを緊急時用強制通話モードに切り替えると、マイク部分に口を近付けて大声で怒鳴った。


「赤なんて、ベタ過ぎて恥ずかしいからみんな選ぶの避けてただけだ! バーーーーカ! ブアーーーカ!」


 ったくもう。

 あのオモシロ顔のヘタレ女は。

 赤毛っつっても、アホ毛じゃねーかよ。


 などと心に呟きながら、いつしかカズミは微笑んでいた。


 令堂和咲は、転校する先々で友達作りを失敗して、ろくに誰とも話さず暗い青春時代を過ごしてきた。と聞いた。

 それが、こんなくっだらないメッセージを送ってくる、つまり自分のことを友達だと思ってくれていることに、なんとも心地よい気分になったのだ。


「不思議な奴だよな。あいつは」


 地味でバカで天然ボケで泣き虫で胸が幼児で頭にはピンとアホ毛が生えてるけど、全然他人を悪く思わないし。


 あれ、そういや八宝菜の具を炒め始めて何秒たったっけ……

 嫌なにおいが……


「おわっ、いかん! 焦がしてしまったあ!」


 慌てて木ベラでガシガシ、くっついた部分を懸命に剥がそうとする。


「くっそー。やっちまった。アサキのバカのせいだ。……まあ、この部分は、駆のバカに食わせればいいか。どのみち、人間の食いもんじゃねえとかいってんだから、大差ないだろ」

「おい!」


 相変わらずゴロゴロしながらも、しっかり抗議の声だけは上げる駆である。


「嘘だよ。真っ黒焦げのとこだけは捨てるけど、そうすれば問題なく食えるだろ。味は保証出来ねえけど。なにせ『姉貴の料理』だからな」

「というありがたみ出すために、わざと焦がしたんじゃないよね」

「さあな」


 焦げを木のスプーンで引っかきながら、カズミは不意に吹き出していた。

 さっきの、アサキからのメッセージを思い出してしまったのだ。



 赤い魔道着だしい、

 主人公っぽくないですかあ?



「幼稚園か、あいつは。ナル坊と同じくらい、いやもしかしたらそれよりガキンチョかも知れんな。……二人も子供のおりをしながら、果たして我々は、襲いくる人類の驚異に打ち勝つことが出来るのであろうかあ」


 ぶーーーーーー

 ぶーーーーーー


「しつけえなあ! アサキの奴はもう!」


 リストフォンの度重なる振動に、さすがにちょっとイラつきながら画面を見たらびっくり仰天、



 emergencyエマージエンシー



 ヴァイスタ出現の情報表示であった。


 カズミは、木ベラとフライパンを置くと、こそっと玄関の方へと移動しながら、リストフォンの画面をチェックする。


 三体同時。

 出現ポイントは、浅野谷九号公園のあたり。


 自分が一番近くて、次にせい


 治奈たちは、ちょっと時間が掛かりそうだな。

 まずは、あたし一人で行くか、それとも正香を待つか。


「みんな、聞こえてっか?」


 カズミは、サンダル履いて玄関の外へ出ると、リストフォンを口に近づけこそっと囁いた。「はい」「聞こえてるよ」「おるけえね」「カズにゃーん」など、みんなの声が小さなスピーカーから聞こえる。


「あたし近いだろ。まずはあたし一人で行って様子見つつ食い止めてるわ。正香がきたとこで本格的に戦闘開始。苦戦して長引くこと考えて、三人もなるべく急いでな。んじゃっ」


 通話を切ると玄関ドアを開けて中に入り、サンダルから靴に履き替える。


「駆、姉ちゃんちょっと出掛けてくるわ」

「えーーー。なんだよ突然。ご飯どうすんだよ!」

「フライパンのは七割出来てるから、姉ちゃん遅かったら、そのままご飯に乗っけて食え。味が薄かったら塩を振っとけ。不味いと思ったら、ご飯を倍に増やせば不味さ半分だ。じゃあ留守番よろしくう」


 再び外へ出ると、


「いつ殺されるかも分からねえっつうのに、なんだかすっかり日常になっちまったよなあ」


 苦笑しながら左腕を立てると、カーテンを払うかのように横へ動かした。


 一歩進むと、視界が完全に変わっていた。

 同じ場所の、裏の世界へ入ったのだ。


 建物や道路がことごとく歪み、見える物の色調すべてがネガフィルムのように反転している、瘴気漂う世界。


 異空、である。


 カズミは、両手を頭上へ振り上げると、ゆっくりと下ろしながら、リストフォンつまり変身アイテムであるクラフトの、側面にある小さなボタンを押した。


「変身!」


 白銀の服に、白銀に青装飾の防具。下半身は黒いスパッツ。と、一瞬にして青の魔道着姿へと変化していた。


 両手には、アメリカのドラマや映画で軍人が使うような、無骨な形状の大きなナイフ。

 くるんと身体を回し、そのナイフをぶぶんと振りながら、


魔法使いマギマイスターカズミ! 見参!」


 などと叫び、二本のナイフを持ったままポーズをつけてみるが、自分のしたことに恥ずかしくなって顔を赤らめた。


「一人っきりでなあにやってんだか。そういうのはアサキのバカに任せて。さ、いくぞおお!」


 カズミは腕を振り、走り出した。


 瘴気漂う異空の中を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る