第09話 爆撃戦隊ドドンジャー

「うわあ、広くて綺麗だねえ」


 りようどうさきが、大荷物を幾つも抱えながら、落ち着かなげに、でも楽しげに、視線きょろきょろ館内を見回している。


「去年は、もっと古くさい感じだったんだけどねえ、随分と改装がされているなあ」


 へいなるも、思い出して楽しげだ。


「へえ、そうなんだ」

「うん。床なんかも木造だったもんね。明治時代か、ってくらい。今ではこんな、高級そうなタイル貼りで、ワックスもかかっててピカピカだ」

「お風呂は、どんな感じなんだろねえ。大浴場。天然大理石かなあ」


 ちょっと恥ずかしそうに笑うアサキ。

 みんなでお風呂だなんて緊張しちゃう。


「期待しちゃうね。……ああっ、なんと土産物のお店が出来てるう!」

「ええ、どこどこっ? どこっ?」

「ほら、あそこっ!」


 と、廊下の奥の方を成葉が指差した、その瞬間である。


「てめえらあああああああああ!」


 あきかずの怒鳴り声が、地響きのごとく空気を震わせたのは。

 ワックスでツルツルの廊下を利用して、十メートル以上もの距離を怒りの形相でスライディングしてきたのである。


「うるせえんだよおおおおおおおおっ!」


 カコカコーン!

 アサキと成葉は不意を突かれて、ボーリングのピンのようにスカーンと弾け飛んでいた。


「ホテルで騒ぐんじゃねえよ! マナー守れや! つうかそんな元気あんならなあ、特訓を手抜きせず出し切っとけやああああ!」


 倒れているアサキの上にマウントポジション。襟じめガクガクガクガク。


「ごごごめんなさあい。で、でもっそれほど大きな声でも……」

「次はねえぞてめえ!」


 聞く耳持たず吐き捨てると、しゅっと瞬時に、数メートル離れたところで痛そうに腰を押さえている成葉のところへと移動し、


「ナル坊、てめえもだあ! 一緒になって騒いでんじゃねえよ! カタギの宿泊客方に迷惑だろうがよおおおおおおおおおお!」

「ナルハたち、そんなに大きい声は出してないよお! カズにゃんの声の方がよっぽどうるさいよおお」

「あたしのどこがうるせえんだよお! このおしとやかな美声のどこがあ! 舐めんなおらああ! ……ま、いいや。よおし、その土産物屋に行ってみようぜ。なんか面白いのあるかなあ」


 アサキと成葉を、襟を掴んで起こすと、奴隷でも扱うように手を引いて土産物コーナーに入ってしまった。


「カズミちゃん、相変わらず単なるストレス発散で好き勝手なことしとるなあ」


 苦笑しているのは、遠目から見ているあきらはるである。


「まあストレス発散方法はそれぞれですからねえ」


 おおとりせいが、のんびりした口調で応える。


「はあ、なんそがいな態度。いつも一人だけ、カズミちゃんの横暴被害を受けないからって」


 などといいつつも笑いながら、壁際に寄ると、床にどさり荷物を置いた。

 土産物屋にいるカズミたち三人の様子を、遠目から眺めている。


 結局、マナーがどうとかいっていたくせにカズミが一番はしゃいでしまっている。


「みんな子供じゃの。うちも人のこといえんけど」

「そうですか?」

「そうですよ。ほじゃけえ正香ちゃんだけは別じゃな。もっと子供になった方がええかの。いつも落ち着きすぎじゃ」

「わたくしにはこれが自然で楽なので」

「少し分けて貰いたいなあ。まあええわ、ほいじゃっ、うちもお土産屋を覗いてみるか。正香ちゃん、ちょっとだけ荷物よろしくう」


 早足で廊下を進む治奈であるが、突然びくり肩を震わせ、恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「うおおおおおお! あたしたちはっ、ドドンジャーだったのかあああああああ!」


 カズミがこんな、けたたましい大声を発したためである。

 他にもお客さんがいるのに、迷惑顧みず。


「だあかあらあさあ、カズにゃんが一番うるさいんだってばあ!」


 成葉、両耳を人差し指で栓しながら、迷惑そうに顔をしかめている。


「で、なあにそのドドンジャーって」

「はあ? 知らねえのかよ、チビッコのくせに。これだよ、これ。『爆 撃 戦 隊っ あーーーーーっ ドドンジャーーーッ!』」


 戦隊の名乗りのシーンであろうか。

 そういいながらカズミが突き出してみせたのは、青い変身ヒーローのキーホルダーだ。

 他にも、陳列で色違いのがぶら下がっているのを指さしながら、


「この色を見ろ。赤、青、黄色に、緑に、そして、さらに、紫。この配色、どこかで見たことありませんかあ?」


 にやり笑みを浮かべるカズミ。


「あーーーっ!」

「ナルハたちだっ!」


 嬉しそうに、ぽんと手を打つアサキと成葉。の、肩の間から、ぐいぐいっと治奈が顔を覗かせる。


「妹が見とるだけで、うちはよく分からないんじゃけど。紫って珍しい気がするけえね。つまりこの一致は、うちのおかげということじゃの」

「ちが、そ、それもあるかも知れないけど、最後にわたしが入ったからだよ!」


 何故か興奮気味のアサキ。


「てめえ、新入りのくせに、主役のレッドを気取ろうとは片腹痛いわあ!」

「でもっ、でも実際そうじゃないかあ!」

「久々に、あたしの両腕にアンドレが降臨するっ!」


 アサキの首を両手で掴むと、そのまま持ち上げ揺さぶった。


「な、なんで締べられないとだらないのお……ぐるじいいやあめえでええええ」


 例えどこにいようとも、カズミはカズミ、アサキはアサキなのであった。

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