第10話 一等賞のご褒美は
けたたましい絶叫が響いている。
「うおおおおおお!」
走る、走る、走るカズミ。
右手に大きな鍵を握りしめ、両腕ぶんぶん振りながら全力疾走。
負けてなるか、と肩に掴み掛からんかの勢いで後を追うのは、アサキと成葉。
三人、爆走だ。
ホテル二階の廊下を。
「わたしが先頭だったら、迷惑だとかいって殴ってくるくせにい!」
「カズにゃんお子様っ!」
文句いいながら追い掛ける二人。
前方を走るカズミは、振り返ることなく叫ぶ。
「うるせええええ! 我孫子の女豹、このカズミ様を抜けるもんなら抜いてみやがれえ! っと、ここだっ!」
3012のプレートがあるドアの前で、ズザザっと急ブレーキ。
「ロック解除シャケナベイベー!」
わけの分からないことを叫びながら、鍵を鍵穴にぶっすり突き刺した。
いや……
「いでっつ! 畜生!」
がつっ、と拳で思い切りドアを殴っただけだ。
握っていたはずの鍵が、なくなっていたのだ。
「甘いよカズにゃん」
成葉がいつの間にかそれを持っており、素早く鍵穴に差し込むと、ひねった。
「ナル坊、お前なんてことおおお!」
「にひひっ、おっ先にいっ」
と、成葉が高らかな笑い声と同時に、ドアを開けた瞬間、
「させねえんだよおおおお!」
んがっ、と背後から飛びつき、腰に両腕を回したカズミは、雄叫び張り上げながら身を後ろへ反らし、小柄な成葉の身体を自身に引き寄せつつ、遠心力と重力とで床に叩き付けた。
ジャーマンスープレックス。
いわゆるプロレス技である。
和名、原爆がため。
カール・ゴッチがプロレスに持ち込んだことで一躍有名になった、伝統的なレスリングの技である。
そのまま肩を押さえ付けてのフォールにも使えるが、現在はプロレスの試合ではないので、綺麗に決める必要もない。
と、いうわけで、俗にいう投げっぱなしジャーマンを、不意をつかれて食らった成葉は、頭や肩を硬い床に打ち付けて、
「ぐぎいいい」
悲鳴を上げながらごとごとごとごと、モンスタートラックのタイヤのごとく転がって、そのまま、ベッドメイクのためドアの開いていた反対側の部屋へと入り込んで、クローゼットの脇にぶつかって静止した。
「邪魔ですよお客さあんっ!」
部屋の中にいた清掃スタッフのおばちゃんが、怒鳴り声を張り上げた。
「好きでやってるわけじゃないよお。いててて……」
弱々しく吐き出される成葉の声。
「正義は勝つ!」
どっちが正義か分からないが、とにかく邪魔者を排除してほくそ笑むカズミであるが、次の瞬間、
「あーーーっ!」
絶叫していた。
漁夫の利的に、アサキがドアを開けて部屋に入ってしまったのだ。
「わたし一番っ! 勝ったあ!」
「一等賞の君に素敵なご褒美いいいい!」
カズミは、アサキの肩を掴み振り向かせると、体勢を下げさせつつお腹の辺りに腕を回し、ぐわあっと全身を持ち上げて逆さにすると、そのまま床に叩きつけた。
パワーボム。
いわゆる、プロレス技である。
鉄人ルー・テーズが開発したとされる技で、無数の派生系技を生み出すが、本家としてなお、色褪せることなく使用され続けている。
「ちょっとお! あんまり騒がないでよお。宿泊代いらないから叩き出すよ!」
さっきのベッドメイクのおばちゃんが、渋い顔でこちらの部屋を覗き込んで怒鳴ってきた。
「あ、すみませんねおばちゃん。元凶は二匹とも退治しましたんで。迷惑を掛けましたあ」
笑いながら頭を掻くカズミ。
「カズミちゃん酷いよおおおおお」
ふらふらなんとか起き上がったアサキ、恨めしげにカズミの肩を掴んだかと思うと、突然ボロボロ涙をこぼし、うえええええんと上を向きながら情けない声で泣き出してしまった。
「本気で泣くなあああ! 単なるシャレだったのに、なんかちょっとだけ悪いことした気持ちになっちゃうだろ!」
「だ、だって、ひぐっ、カ、カズッ、カズミちゃん、きゅ、急にっ、投げっ、投げるん、るんだもん。頭、からっ、お、落とすんだもん。あぐっ。ひ、ひど、酷いよお。か、肩っ、痛いよおお」
「悪かった。悪かったよ。じゃあ、さっきの土産物屋でなんか買ってやっから許せ」
「ほ、本当? ひぐっ」
真っ赤に腫らしたままではあるが、アサキの目が興味に輝いた。
「でも、あたしが勝手に買うぞ。高いの買う金もねえから」
「うん。それでいい。楽しみだなあ」
泣いたカラスがなんとやら。すっかり楽しげな表情のアサキである。
「カズミちゃん、相変わらず騒々し過ぎるじゃろ!」
「周囲の迷惑ですよ」
ようやく治奈と正香が部屋へと辿り着き、入ってきた。
「はーいビリ二人がきたよお! オッズはあ……」
カズミは、リストフォンのメモ帳を開いた。
「うちら別に勝負しとらんけえね! ……しかし、あれじゃね。一階は随分と改装されていたけど、上はほとんど変わっとらんね」
「そうですね」
治奈と正香は、とりあえず部屋の隅に荷物を置いた。
「あーっ、肩が楽になったあ」
治奈は首を回しながら、左手で右の肩を揉んだ。
「おトシですかあ? ハルナ先生」
カズミが、治奈の後ろに回り込んで、肩を揉んだ。
「カズミちゃんが、自分の荷物を忘れて土産物屋に行っちゃうからじゃろ! 確か去年も……」
「よおし、五人が揃ったところで次の勝負だ。そうだなあ……」
カズミ、全然人の話聞いてない。
「誰が大浴場に最初に飛び込むかだああああ! 勝負開始い!」
「やーーーっ、ここで脱ぐなああああ!」
治奈は顔を赤らめ、カズミの腰に抱きついた。
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