第16話 初めての変身

 光り輝きはしたが、ただ、それだけであった。


 その光は一瞬で消えて、残るは白い闇と、静寂と瘴気、目の前には白くぬめぬめした巨大な生物ヴァイスタ。

 腕を振り上げたまま硬直しているりようどうさき


 額に、冷や汗がたらり垂れた。


「えーーーーっ!」


 期待したことがこれっぽっちも起こらず、無意味にポーズだけ取ってしまって恥ずかしいのと、現実的に迫る生命の危機とに、感情ごっちゃになってつい間抜けな顔で叫んでいた。


 それを合図にというより単に射程距離に入ったというだけであろうが、ヴァイスタの左右の腕がぶうんぶうんとアサキへと目掛け音を立て弧を描いた。


「うわゃっ!」


 横へ跳び、頭を下げて、奇妙なダンスと見まごう不格好さながらもなんとか攻撃をかわすと、たたっと小走りでヴァイスタと距離を取って、あらためて向かい合った。

 負傷し、離れたところで壁に寄り掛かっているあきらはるへ、ちらりと少し自信なさげな視線を向けた。


「念じるだけじゃのうて、横にあるボタン押さんと!」


 視線の意味を察したのであろう治奈の言葉に、


「あ、そ、そ、そうなのっ」


 アサキは慌てた様子で、左腕にはめられたリストフォンの、脇にあるボタンを確認する。


「そがいなボケかますキャラだったんかあ」


 壁にもたれる治奈の頭が、脱力にずるーっとずり下がっていく。


「よおし、今度こそっ!」


 二度目の正直だとばかり毅然とした表情で仁王立ちになると、アサキはリストフォンを自分の額に当てた。力を貸して、と強く念じると、そのまま左腕を天高く突き上げた。


 気持ちに応じたか、リストフォンが再びまばゆい輝きを発した。


 腕を立てたまま、すーっと下ろしながら、脇についている大きなボタンをカチリ押し込んだ。


 その瞬間である。

 アサキの全身が、眩しい光に包まれていたのは。


 逆光的に真っ黒に浮かび上がるアサキの、着ている物のすべてがほろほろと空気に溶けて、一瞬にして、一糸まとっておらぬであろうシルエットになっていた。


 身体の周囲あちこちで、無数の糸が色鮮やか幻想的な花火のようにぱあっと広がって、それらの糸がまとまり幾つかの束になって全身に巻き付いていく。


 眩い輝きが弱まると、白銀の布に足先から首まで包まれている赤毛の少女の、姿がはっきりと浮かび上がった。


 つま先から布が裏返り折り返されて、するすると膝上まで持ち上がって、黒いスパッツを履いているかのような下半身の見た目になった。


 気が付けば空中に、ごてごてとした塊が現れている。

 紫色の装飾が施された白銀の防具が、絡み合いくっついているのだ。

 それがぱあっと弾けて、ばらばらになった。


 各々意思がある生き物のように、胸部、前腕、すねに、カチリカチリという音とともに装着されていく。


 つま先から布がめくれて素足だったはずが、いつの間にか、やはり白と紫の、スニーカー形状の靴が履かれている。


 ふわり。

 袖のない、モーニングのように背中側の長い、やわらかくも丈夫そうなコートが上から降ってくる。

 アサキは、鳥が羽ばたくかのごとくに縮めた両腕をすっと伸ばし、広げて、袖へと通した。


 両手にはいつの間にか、紫色の薄地のグローブがはめられている。


 グーパーで感触を確かめると、服をなじませるために腰を捻りながら、腕を右、左とそれぞれ突き出した。


 白銀を基調に紫色の装飾が施されている戦闘服を着た、りようどうさきの姿がそこにあった。

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