第17話 魔法使いアサキ
「変身完了、
離れたところで壁に寄り掛かり、苦しそうな表情をしている
「い、いやあ、別にポーズ決めたわけでは」
治奈を守ると決心したのだから、と、ヴァイスタに恐怖していることを悟られないよう、頭を掻いて照れ笑いしたふりをするアサキ。
不意に視線を落として、自分の両手を見る。
紫色の、薄地のグローブに包まれている両手を。
そして、自分の服装を見る。
白銀の、プラスチックのようにとても軽い防具に身を包んだ、自分の身体を。
身につけている物が変化しただけ、に思えるけど、
「強く……なったのかな」
もう一回、手をグーパーすると、顔を上げて前を見る。
真っ白で、ぬるぬるした、巨大な人間のようでいて、でも顔のパーツが一つもない、ヴァイスタと呼ばれる悪霊のその姿に、アサキの顔は一瞬でさーっと青ざめていた。
ひいーっ、と情けない悲鳴を上げていた。
「やっぱり怖いっ!」
治奈を守るはどこへやら、青ざめた顔で叫びながら、くるんと踵を返しヴァイスタに背を向け全力で逃げ出していた。
だが、
ぴたり立ち止まった。
そして、振り返った。
両の拳を、ももの脇でぎゅっと握った。
膝をがくがくと震わせながら、
胸に、言葉を唱える。
やらないわけにはいかないんだ。怖いけど。
逃げるわけにはいかないんだ。怖いけど。
と。
ここでぶんぶん首を横に振って、
「いや、怖くない、怖くないっ。怖いけど怖くないっ!」
睨むに似た厳しい表情を作り、しっかり前を向くと、身を低く落として、両腕を構えた。
ゆっくりとした歩みで、再び攻撃の射程圏内にまでアサキとの距離を縮めたヴァイスタ。
両者、睨み合う。
いや、片方には目がないので、正しい表現ではないが、とにかく緊迫した気が、瘴気まみれの空間内に満ちた。
巨大なムチといった触手状の長い腕が、ぶんと斜め上から打ち下ろされる。
ぎりぎりなんとかかわしたアサキは、地を蹴って、体当たりの勢いをもってヴァイスタの腹部へと右拳を打ち込んでいた。
どおおん、と、なにかが爆発したかのような、重たい音、そして衝撃。
拳から、皮膚から、それを感じた瞬間に、地が揺れてヴァイスタの身体はぐらり後ろへよろけていた。
「凄い……」
アサキは、夢か現実か分からないといった表情で、じーんと痺れる自分の拳を見つめていた。
「それが、アサキちゃんの力。
「わたしの、力……」
アサキは、ぼそっと呟くと、きっとした力強い表情になった顔を上げた。
そして、突然雄叫びを張り上げると、拳を振り上げ猛烈ダッシュでヴァイスタへと身体を突っ込ませる。
既に体勢立て直したヴァイスタが、ぶんと左腕を振るい迎え撃つが命中しなかった。
アサキが、高く跳躍して、かわしていたのである。
しかし……
「な、な……」
びっくりしているアサキの顔。
重力の支配下にあるようなないような感覚で、ふわーっと逆さに浮いている。
その遥か遥か、遥か眼下には、ぐにゃぐにゃに歪んだ色調の狂った天王台の町並みと、そしてこちらを見上げることもなく元の場所でただ仁王立ちしているヴァイスタの姿。
飛び上がり過ぎていたのである。
気付いた時には、重力に引かれて落下が始まっていた。
ヴァイスタにとって、これ以上に恰好な標的はなかったことだろう。着地というか墜落というかの瞬間を狙って、ひょろひょろと長い両腕を、容赦なくアサキの身体へと叩き付けたのである。
ぎゃんっ、という子犬を踏み潰したような悲鳴と共にアサキの身体は住宅の塀に激突、砕き突き抜けて転がり落ちていた。
「アサキちゃん、大丈夫?」
「なんとか……」
自分の空けた大穴から、薄汚れた顔のアサキがふらふらした様子で這い出てきた。
「無駄に跳ねても的になるだけじゃ。魔力も無駄になるけえね、もっとセーブせんと」
治奈がダメ出しをする。
「そんなこといわれましてもお」
このような場所で、このような怪物と、このような格好でこのような戦闘をするなど、当たり前だが初めてで、だから魔力とかセーブとかいわれたところで分かるはずがないだろう。
それだけじゃない……
アサキは、ヴァイスタの攻撃をよけつつ、懐に飛び込んで右拳を叩き込んだ。
どおん、という重たい音と共に、再び巨体がととっと後ろに下がる。
ほら、これだ……
このように、本気で殴っても、せいぜいよろける程度でダメージを受けているように見えない。
ならば力をセーブなど、していられないではないか。
どおん。
本気の力を拳に込めて、さらにもう一撃を食らわせた。
しかしやはり、ヴァイスタは少しふらつくだけであり、土埃が晴れる間もなくもう何事もなかったようにこちらへと向かってくる。触手状の腕をムチにして、攻撃してくる。
ふと、自分が凄まじく疲労していること気が付いた。
息が、苦しい。
アサキは、肩を大きく上下させて、あえぐように呼吸をしていた。
「ほじゃからっ、分散させないで! 魔力はセーブしつつ、その代わりに力を込めるべき一点へと集中させんと!」
治奈の叫び声。
「ほじゃからっ、なんばゆうちょるばってんよく分からへんのやけどっ!」
アサキは別に、死の恐怖もなんのそのと余裕かましてからかっているわけでは勿論ない。
焦りと恐怖ですっかりパニックを起こし、治奈の方言に触発されて、かつて転々としていた地域の言葉がごっちゃになって口をついて出てしまったのである。
「あいたっ!」
動転していたせいで、間合いを思い切り見誤り、横殴りの一撃を脇腹に受け、吹っ飛ばされて壁にガッツン後頭部を打った。
「いてて……」
片目をぎゅっと閉じ、しかめっ面を作るアサキ。
ゆっくりと近寄ってくるヴァイスタ。
その背後、路面に落ちている物がキラリ光ったのをアサキは見逃さなかった。
「あれだ!」
素早く立ち上がると、前方へ、ヴァイスタへと、走り出していた。
ぶん、ぶん、と時間差で左そして右の腕が襲う。
左腕の攻撃を、自分の右腕を打ち付けて払うと、右腕の横殴りの一撃を、今度こそは加減した跳躍でちょこんとかわして、ヴァイスタの脇をそのまま駆け抜けた。
駆け抜けて、さらに走り、路上に落ちている長い物へと、飛び付いて、拾い上げていた。
治奈が使っていた、穂先の少し手前に小さな斧が付いている、奇妙な形状の槍であった。
「いくぞおおおお!」
両手に持った槍を小脇に抱えて構えると、気合全開、再びヴァイスタへと走り出した。
左右の腕が同時に伸びてアサキを襲う。
だが、アサキの攻撃の方が早かった。
躊躇いなく突進し、槍の切っ先をヴァイスタの腹部へと突き刺したのである。
ぶちゅり、という音と同時に、刺した部分から白いゼリー状のものが弾け飛んだ。
「これなら……」
はあはあ、と息を切らせながら、心の中で続きを叫ぶ。
これなら、嫌でも一点集中だ!
魔力とかよく分からないけど、気合を槍に送り込むイメージをしながら、ヴァイスタを睨み付けた。
アサキの両腕が、そして槍が光り輝いたかと思うと、その瞬間、刺さっていた穂先がヴァイスタの背中を突き抜けていた。
ヴァイスタは、びくんと全身を大きく痙攣させると、それきり動かなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます