第01話 最高のチーム

 すい駅とどうきゆうデパートに挟まれた大通りは、昼夜を問わず、たくさんの自動車が行き交っている。

 だが現在、その様子が実に奇妙であった。


 無数の乗用車やトラックは、すべてがすべて、粘土細工を捻ったかのごとく歪な形状に歪んでおり、タイヤの色も白っぽく、全体もおおよそ見ることない薄気味の悪いカラーリング。それが、ビデオのスローモーション再生であるかのように、のろのろ、ゆっくりと、動いている。

 動いているというのに、運転席はおろか、車内には人の姿がまったく見えない。


 それもそのはず。

 ここは、人界の裏側に存在する世界なのだから。


 見る物のことごとくが歪みに歪み、色調ことことくがネガポジ反転して、白が黒くて黒が白い、どこもうっすら腐臭の漂う、ただ地に立っているだけでも気が狂いそうになる、どんよりとした瘴気に満ちた世界。

 そうどうくうかん、略してくうと呼ばれている。


 その異空の中に、少女たちの姿が幻影のごとくに浮かび上がり、さながら妖精のごとく軽やかに舞っている。


 少女たちと、白く大きな怪物。

 魔法使いマギマイスターたちが、スローで流れる自動車の間を、縫うように跳ねながら、手にした武器でヴァイスタと戦っているのである。


ちゃんっ、いまや!」

「分かっとる」


 白い魔道着姿のしろは、みちくもの声に小さく頷くと、膝のバネで高く跳躍していた。


「アンテイクフムト ブリッツ ヴィダーゼン!」


 ヴァイスタの頭上で華麗なトンボを切りながら、素早く呪文の言葉を叫ぶと、両手に握られた剣身が、青白い輝きを放った。


「やあああああ!」


 雉香の雄叫び。

 落下の勢いに気合を加えて、ヴァイスタの、ぬるりとした真っ白な頭部へと、剣を叩き付けていた。


 剣は頭頂をすっぱり両断し、雉香の落下と共に顔、首を引き裂いて、胸にかかるところで止まった。

 雉香は剣を引き抜きながら着地すると、どうだ、といわんばかりの顔で、くるり振り向いた。


 ぬるぬる、ぬめぬめとした、真っ白な巨人、ヴァイスタの動きが止まっていた。


「よし」


 雉香は会心の笑みを浮かべながら、拳を強く握った。


 動きを止めて立ち尽くす巨人の背中に、静かに近寄った雲音が、そっと手のひらを当てた。

 小さく口を開く。


「イヒベルデベシュテレン ゲーナックヘッレ」


 ヴァイスタを昇天つまり消滅させるための、呪文を唱えているのである。


「雲音ちゃん、後始末は任せたで。先に、ウメちゃんたちに加勢してくるわっ」


 雉香は、いうが早いか飛ぶように足を疾らせ、ねじれ歪んだ自動車の間を縫って、ねじれ歪んだトラックとコンテナの間に軽々と身を踊らせて、反対側へと抜けた。


 ふわっと広がる視界には、二体のヴァイスタと、交戦中のしましようみちおうの姿があった。


 正確には、現在戦っているのは祥子だけであるが。

 足を痛めたのか、上体だけを起こしている応芽の前に、祥子が庇い立って、左右二本の手斧を器用に操って、ヴァイスタの攻撃を受け止めている。


 防戦一方、さもあろう。

 相手が二体というだけでなく、応芽を庇いながらの戦いであるためだ。


 だが、


「お待たせえっ!」


 白い魔道着の魔法使い、白田雉香が、ヴァイスタの背後から、青白く光る剣を横へ一閃。

 骨まで断ちそうなくらいに深々と、その身を、その肉を切り裂いていた。ヴァイスタに骨があるかどうか、定かではないが。


 しかし、その一撃も致命傷にはならなかったようである。突然の敵へと振り向こうとするヴァイスタの、その傷が、もう回復し掛かっている。

 致命傷を与えない限り、ヴァイスタはどんな傷であろうとも、すぐに回復してしまうのだ。


 ヴァイスタの一体が、雉香へと向いたことで、祥子にとって自分の正面が相手の背後になった。

 決定的なチャンス到来。すぐさま左右の手斧を振りかざして、切り掛かった。


 だが、祥子の反撃を読んでいたか、ヴァイスタは、ぶんと長い腕を振って、正面に位置する雉香を、上から叩き潰そうとするのと同時に、もう一本の長い腕を横に振り回して、祥子を弾き飛ばそうと攻撃した。


 一体のヴァイスタの、前と後とで、うわっ、と同時に女子の悲鳴が上がった。悲鳴を上げつつ、雉香は横へ、祥子は身を低く屈めて、それぞれ攻撃をかわしていた。


 と、そこを狙っていたかのように、もう一体のヴァイスタが、触手に似た長い腕を振るって、祥子を襲った。


 二本の手斧で、かろうじて触手を弾き上げながら、地を蹴って、後ろに退いた祥子は、


「この通り、なんか動きが厄介でね。連係っぽいこともしてくるし。今日の個体は厄介だ」


 雉香へと、苦々しげな表情を向けた。


「でも、もう充電は出来たのかな? ウメ」


 祥子は、顔を半分だけ振り向かせて、ちらり横目で、背後にいる応芽の姿を見た。


「ああ。もう、たっぷりとな」


 応芽は、両手に握った騎槍ランスを杖にして、立ち上がった。


 ぐ、と顔が苦痛に歪んだ。

 腰からの垂れにより半分隠れているが、右の太ももを、深くえぐられて、どくどくと血が流れ出ている。そのための、激痛であろう。


「ほな、いっくでええ!」


 額から脂汗を流しながら、痛みをごまかすためか笑みを浮かべて元気に叫び、騎槍を振り上げ頭上で一回転。

 ぶんと前へ突き出し、小脇に抱え持ち、構えた。


「コン プフェーァト」


 呪文。

 唱えると同時に、足元にうっすらと青い光が生じていた。

 直径四メートルほどの、五芒星魔法陣である。

 みるみるうちに、それははっきりくっきりと青く、応芽を中心として眩い輝きを放っていた。


 ごご、

 地面が震動したかと思うと、やはり青く、そしてゆらゆら揺れながら輝く、炎の馬、とでもいう姿が、魔法陣から浮き上がり競り上がり、応芽の身体を持ち上げる。

 馬に跨った格好になった応芽は、


「超魔法、リッヒトランツェル!」


 騎槍を小脇に抱えたまま叫んだ。

 青く燃える炎の馬が、その叫びに呼応して嘶き放ち、高く前足を上げると、走り出した。


 一体のヴァイスタへと、突っ込んで、駆け抜けた、とその瞬間には、くるり反転、もう一体のヴァイスタを、騎槍で貫き、突き抜けていた。


 炎の馬の疾走が、ぴたり止まった。


 残心。

 ゆらゆら、炎に揺れる馬上の応芽は、両手に騎槍の柄を握ったまま、はあはあと息を切らせ、大きく肩を上下させている。


 白い巨人ヴァイスタの動きが、二体とも完全に止まっていた。


「昇天、た、頼むわ」


 歯を食いしばる表情でそういった瞬間、すうっと炎の馬が空気に溶け消えて、応芽の身体は、どさりと地に落ちた。


「雉香ちゃん、祥子ちゃん、お願いするわ。……お姉ちゃん、大丈夫?」


 合流したばかりの雲音が、姉である応芽を仰向けにさせて、大怪我をしている太ももへと青白く輝く手を翳した。

 魔法による治療である。


「ああ、平気や。ヘマして、祥子に迷惑かけた。でもおかげで、超魔法使う時間が稼げたわ」

「まあ無事ならええけど。あんまり無茶はせんといてね」

「貸した金が返らんと困るからな」

「アホ!」


 姉妹は、お互いに笑みを浮かべると、お互いの顔がなんだかおかしくて、ぷっと吹き出した。


「あー、やっと終わったあ! ちかれたびい」


 雉香が、両腕を上げて、満足げに大きく伸びをした。


だけに、って?」


 くすり笑う祥子。


「よくぞ気付いてくだすった、このダジャレに。……祥子たちは、二体を相手だったから、大変だったね」

「まあね。でも、雉香が加勢にきてくれたから、隙を突くことが出来たよ」


 パシン、と手を打ち合わせる雉香と祥子。


「最近、ヴァイスタが簡単な連係を使ってくることがあるから、数が多いとどきどきしちゃうけど、でもなんとか今日も勝てたね」


 雲音は、姉へ手を翳し治療を続けながら、にっこり微笑んだ。


「中学生になったばかりの、見習いの見習いを卒業したばかりの四人で、チームを組まされて、これどうなるのかなって、最初は不安たっぷりだったけどね」


 祥子が、二対の手斧を、お手玉の要領で放り上げ受け止めながら、疲れてはいるものの、ちょっと満足げな笑みを浮かべている。


「せやなあ」


 地に横になり、妹の治療を受けている応芽が、治癒される苦痛に顔をしかめつつ、ぼそり小さく口を開いた。


「でも、今日もしっかりと戦えたよ。だんだん、噛み合うものも出てきとる。みんな、ほんま最高や。……でも、あたしだけあかんたれやな。祥子が苦戦することになったのも、あたしのせいや」


 応芽は、痛みを堪えつつ、自虐的な笑みを浮かべた。


「いや、ウメはぼくを守ろうとして、怪我をしたんだから」

「そこ含め、あたしに才能がないからや。魔力とか判断力とか、もう少しあれば、ああはならへんかった。……でもな、みんなと一緒なら、あたし頑張れるよ。もっともっと、強くなれるよ」

「そういってもらえるのは嬉しいけど、そう自虐しないの。ウメは充分かかせない戦力になってるって」


 祥子は、腰を屈めると、応芽の鼻を人差し指でつついた。


「そうそう。お姉ちゃんがいてくれへんと、あたしも困るわ。せやから、競い合って、認め合って、これからも頑張ってこうよ。……でも、ヴァイスタをどんどん倒して世界を守り続けていれば、いつか魔道着もどんどんパワーアップして、楽々とヴァイスタを倒せるようになるかも知れへんよ。生き残ることが第一や」

「そんな時代が、早くきてくれるとええけどなあ」


 という姉妹の会話に、


「ロボットが勝手に戦ってくれたら便利やなあ」


 割り込んだ雉香。

 一体どんなシーンを想像しているのか、拳を突き出し振り上げ、片足立ちになったりして、一人うんうんと頷いている。


「変身して戦うの? そのロボット」


 姉の治療を続けながら、雲音が尋ねる。


「ん? ああ、せやな。せやな。変身して、魔道着を着て戦ったら、かっこええかもなあ」

「はは。まあ、着る必要もないけどな。だって、魔力制御の機能だけ埋め込んどけばええんやから」

「せやけど、かっこええやん。ロマンやん。ロボットが片手を上げて『変身っ!』って」

「現代の科学力を考えると、当面のところはしょぼいロボットしか作れそうもないし、いきなりフリーズしそうやなあ。ショウテンノ呪文ヲ唱……ピピ、ピーーーーーーって」

「ほなら常にペアで行動させて、緊急時にはお互いを再起動させればええんや!」

「意味ないわあ」


 雲音と雉香の冗談が、どんどん暴走していく。


 横たわり治療を受けながら、応芽は楽しそうな二人の顔を見上げている。

 見上げながら、微笑ましいものを見るように目を細めると、ぼそり、微かな声で呟いた。


 せやな。

 ほんまに、そんな時代がくるかも知れへんね。

 それには、とにかく生きること。

 ……死んだら、しまいや。

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