第02話 自慢の妹

 大阪府すい市の郊外。

 リヒト本部の敷地内に、三階建の訓練棟がある。


 その一室で現在、二十人ほどの少女たちが、半分に分かれ向き合って、手に手に持った剣で打ち合っている。


 赤、青、白、緑、銀、橙、それぞれ色鮮やかな生地に全身を覆われている少女たちだ。


 着ているのは魔道着と呼ばれる、魔力の体内伝導効率を高め制御するための服で、さらに肩や胸などには金属にも見える硬化プラスチック製の防具が装着されている。


 少女たちの一人、みちおうは、両手に握った剣を身体の正面で構え、真剣な表情で相手と向き合っている。瞬き一つにも渾身の注意を払うくらいに、集中している。


 まったく動いていない。

 周囲の者たちは叫び、激しく動いて、剣と剣とをぶつけ合っているが、応芽はぴくりとも動いていない。


 自信がないからだ。

 自分の魔力に。


 魔力は魔道着により活性化され、活性化された魔力は宿主の身体能力を向上させる。

 つまり、魔力が弱いということは、肉弾戦の戦闘能力においてハンデになる。だから、力任せな行動が出来ず、こうして相手の隙を探る戦い方になってしまう。


 じっと隙を窺う応芽の、あまりの閉じこもりっぷりに、向かい合うさだよしえいも一歩を出すのを警戒しており、従って、二人のこの空間だけが、なんとも静かだった。


 なお、みなが同じ剣を手にしているが、これは剣が基礎技能として必須であり、現在その稽古の時間であるためだ。


 実際の戦闘時には、チーム戦術または個々の特徴や相性などによって様々な武器を使用する。この剣を使った訓練の後に、それらの武器を稽古する時間も予定されている。


 こうした武器を使っての稽古をする主目的は、対ヴァイスタのための戦闘技術向上。

 同時に、武器や魔道着の開発改良に繋げるという目的も兼ねている。

 剣や魔道着に仕込まれた、マイクロチップやセンサーにより、戦い方や打撃力などが数値化されて、開発部へとフィードバックされるのである。


 リヒトは、戦う部隊としては関西の結界を守るだけの組織だが、この通り、開発にかなり力を入れているのが特徴だ。


 メンシュヴェルトに所属していた、開発部の人間が、方針の違いから独立したものだからだ。


 喧嘩別れしたわけではないので、メンシュヴェルトとの関係も悪くはなく、武器や防具は共同開発している。東京にあるリヒト唯一の支部、そこを拠点として、メンシュヴェルトの技術者も交わって作業をしているのだ。


 さて、まだぴくりとも動かず、正眼で剣を構えているのは、慶賀応芽である。


 応芽の両隣には、しろしましよう。雉香のさらに向こうに、応芽の妹であるくもがいる。


 リヒトは、特殊部隊を除いて基本的には四人組でチームを組む。

 この訓練は、チームは関係ないが。

 ただ全員一緒にやってきて、だらだら横に広がったというだけだ。


 向き合う相手は応芽たちと同期で、やはり見習いから卒業したばかりの、たからじゆをリーダーとするチームだ。


「参りました」


 応芽の隣で、白田雉香が頭を下げた。

 リーダーの宝田亀樹と戦い、負けたのだ。


 雉香が、相手の掛け引きに釣り出され、エンチャントした剣同士をぶつけ合うという力技勝負に持ち込まれて、あっさりと負けてしまったのだ。

 リヒト屈指の、魔力器の大きさを持つ、つまり戦闘潜在能力が抜群に高い雉香であるが、しかし負けた。

 簡単に。


 意識を正面に集中させながらも、ぼんやり映る横目でその光景を見ていた応芽は、


 魔力は一部、

 能力の一要素、

 過信は禁物や。


 心の中で、呟いていた。


 その呟きが、表情の変化にでも出ていたようで、それを切っ掛けとしたか、それとも単に長い睨み合いに痺れを切らせたか、さだよしえいが、ついに攻め込む決心をし、


「ウメ! そろそろいくでええ!」


 叫び、短く呪文を唱えると、剣身の鍔から切っ先へと、翳した手を滑らせた。

 貞良永羅の剣が、淡く、青い、輝きを放つ。

 エンチャント、つまり魔力による武器の性能アップだ。


 応芽は、真似してエンチャントをすることもなく、ずっと同じ姿勢で剣を構えたままだ。

 体内を流れる、他の少女たちより少し劣った魔力を、ただ体内を巡らせ続け、意識を研ぎ澄ませることにのみ使っているのだ。


 貞良永羅が、たん、と床を蹴った瞬間には、応芽の視界を完全に塞ぐくらいにまで迫っていた。


 ぶん、と激しく剣が打ち下ろされる。


 応芽は、後ろに出していた右足へと重心移動させて身体を下げながら、斜め下から振り上げて、弾く。と見せかけて、打ち合わず、身をくるり反転させて剣をかわした。


 打ち合うことを想像して力を入れ過ぎたか、大振りになってバランスを崩し前のめりの貞良永羅、の懐に、応芽は入り込んでいた。

 入り込み、左手で頭を抱え、右手に持った剣の刃を、喉元へと押し付けた。


「ああもう! 負けや負けや!」


 貞良永羅は、降参の意を示し両手を上げた。


 応芽は、抱えた頭を離して、背中をとんと押すと、ふうっと安堵の息を吐いて、満足げな笑みを浮かべた。


「ウメにまた負けたわ。悔しいなあ」

「エンチャントしたからって、過信するからや」

「ちゃうわ。ウメがいつも、じーっと動かへんからや。ま、あたしの精神修行が足らへんちゅうことなんやろなあ」


 魔力は上、って自慢しとんのやろか?

 応芽は心の中で苦笑した。


 まあそもそも、応芽よりも魔力係数の低い者は、ここにはいないのだが。

 それが分かっているから、それなりの戦い方をしただけだ。


「っと、そうや」


 はっと気付いて横を見る。


 いち早く敗れてしまった雉香が、床にあぐらをかいて、目の前の戦いを見守っている。

 みちくもの戦いを。


 もう他の者たちは、手合わせを終えており、残るはこの雲音とさいとうひろだけだ。


「えらい長いなあ」


 いつもの妹ならば、恵まれた魔法力と武術のセンスとで、同年代の相手などすぐ倒してしまうのに。


「うん。なんか、魔道着を伝導させてる魔法力で体術をコントロールして、試しながら戦っているみたい」

「ああ、ゆうべ話してたことやな」


 一緒に風呂に入りながら、魔力の応用理論についてを話し合ったのである。半ば、雑談ではあったが。


 武器の破壊力を増すだけでなく、防御するだけでなく、普段の、普通の、肉体の動きを、あえて魔力で制御しながらやってみたら、どんな動きになるのだろう、どんな戦い方になるのだろう、と。


 そんな話を昨夜していたものだから、自分もさっきは意識して、武器に魔力は込めず、体内を流れる魔法力を操作して戦ってみたのだ。


 妹は妹で、別アプローチで、昨日の話を実践しているようだ。


 とはいえ目の前の、妹の戦い、まだ継続中ではあるものの、もうおおよその決着はついているようである。


 斉藤衡巳の、すっかり息が上がってしまっているのを見れば分かる。


 対峙する雲音の動きは、なんだか踊りに見える。

 初めて実践した、魔法で体術を制御している感覚を、楽しんでいるのだろう。

 楽しんでしまって、なかなか開放してやらないから、それで戦いが長引いてしまっているというだけのようだ。


 かわいそうに、と応芽は、相手の心情を思い苦笑した。


「しかし、さすがやなあ」


 妹の、魔法力がである。

 自分も、測定値が他人より低いとはいえ、大きく劣るものでもない。だから、そこまで卑下する必要もないのかも知れないが、しかし、双子の妹がここまで高いと、やはり落ち込んでしまうというものだ。


 なお、チームの中では、雲音を上回る魔力を持つのが白田雉香だ。

 制御する能力が未熟なのと、せっかちな性格とで、あまり生かしきれておらず、先ほどの手合わせでも、自滅に近い敗北をしてしまっていたが。


「参りましたああ! つうかあたし最初っから負けてたじゃん!」


 ようやく、雲音たちの戦いも、終わったようである。


 斉藤衡巳が、音を上げて、床に崩折れて両手を付いている。

 無駄に恥をかかされたこと、ちょっと不服そうな顔で。


 生殺しやったからな。

 しかし、雲音のこの魔法力。不公平やなあ。

 双子なのに、あたしら。

 斉藤よりも、こっちがへこむわ。


 応芽は、冗談と本心とが混ざったぼやきを、胸の中で唱えながら、満足げに額を汗を拭っている妹の顔を見つめていた。


「やだお姉ちゃん、なんやの、じーっと見てて」


 妹が、応芽の視線に気付いて、恥ずかしそうに笑った。

 応芽もふっと笑みを返した。


 不公平やなあ……

 こうも邪気がないと、こっちの気持ちがどうであれ、応援することしか出来ひんやんかなあ。


 ま、応援はしておるけどな。

 最初から。


 ええんよ。

 あたしは別に、日陰で構わない。


 雲音という太陽を、自分がどう輝かすか。

 それがあたしの生き甲斐なんやから。

 って、雲なのに太陽というのも変な話やけど。


 でも、ほんま応援しとるよ。

 雲音がおって、あたしがおるんやから。

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