第01話 泣けることを喜んでちゃいけないんだけど
天王台第三中学校の体育館は、全校生徒が集まっているにもかかわらず、賑やかさなどは微塵もなく、むしろ、どんよりとした静けさに包まれていた。
現在、臨時朝礼の最中である。
壇上に、
昨日に起きた、第三中学校の生徒が巻き込まれた事件についての話である。
どのような事件であるかを考えれば、唾を飲む音も聞こえそうなこの静寂も当然と思うだろう。
二年三組の
同じく二年三組、
昨夜からテレビ、ネット、様々なメディアで報道されている。
大鳥正香については、名前までは報道で公表されてはいないが。
噛み殺された子と、同じクラスの生徒が現在行方不明。二人が直前に喧嘩していたらしいことから、殺人事件についてなんらかの関わりを持っている可能性があり、現在捜索中である。
大鳥正香については、このような扱いだ。
その行方不明の女子生徒が、野犬をけしかけたのでは。
いや、単にショックで立ち去っただけでは。
ならば、自殺している可能性も高いのではないか。
各メディアでは、様々な憶測が飛び交っている。
そうした情報のあること、みな知って理解した上で、校長の話を聞いているのである。
校長の話は、とりたてて独創的なものでもなく、ある意味ひながた通りのものだ。
まずは、事件の概要を説明。
この中学から、このような被害者を出してしまったことを、責任者として謝罪。
喧嘩と事件の繋がりなどまだ分からないが、残った生徒たちには、普段から悩みを相談しあうなどして抱え込まないように。
と、このような話である。
嘘ばかりだが。
なにが起きたのか、真実を校長は知っている。
知っていることを知っているから、全校生徒たちのちょうど真ん中あたりに立っている
仕方ないのは分かっているが、話を聞いていても、不快で、腹が立つだけなので。
しかしながら、というべきか、黙っていると当然ぐるぐる頭の中を回るのは、正香と成葉のことだ。
いつも、穏やかな笑みを浮かべていた正香。
いつも、無邪気にはしゃいで周囲を明るくしてくれた成葉。
もう、その二人はこの世にいない。
付き合いの長短など関係なく、彼女たちは自分にとって、かけがえのない親友だった。
二人を失ったことは、どんなに泣いても泣き足りないくらいに悲しい。
いつ自分を押さえられなくなって、発狂したように泣き叫んでしまうか分からないが、現在のところは、耐えることが出来ている。
昨日、というよりも今朝までずっと大泣きをしており、涙が枯れ切った状態だからだろうか。
おかげで、まぶたが真っ赤に腫れており、ひりひりしているが。
アサキの代わりに、というわけではないが、周囲のところどころで、女子たちのすすり泣く声が聞こえている。
毎日会っていた、言葉だってかわしたことのある生徒が、むごたらしい死を遂げたのだ。友達でなくたって、泣いて不思議はないだろう。
ましてや、自分は親友と思っていたのならば、なおのこと。と、考えると、アサキは、自分が現在、ただ俯いているだけであることに対して、罪悪感さえ抱いてしまう。
単に涙を流し過ぎて枯渇しただけならば、よいのだが、自分の、ある感情、ある気持ちが、涙の邪魔をしている気がして、それが後ろめたい。
自分もいつか正香のように、ヴァイスタ化してしまうのではないか、という不安や恐怖だ。
他人の心配だけをしていられない状況で、そのために同情心や悲しみが薄められているのでれば、ある意味でありがたくもあるものの、同時に申し訳なさや、腹立たしさを感じてしまうのだ。
実際に亡くなったのは正香であり成葉であるというのに、そんな自分の勝手に。
だん。
背後で、床を蹴る音がした。
見えていないが、おそらく、蹴ったのはカズミだ。
悔しくて、悲しくて、といった押さえられない気持ちからの行動だろうが、アサキはなんだか、自分が責められたような気がして、肩を縮めた。
アサキの正面、二人分前には
頭と肩が、少し見えているだけであるが、どのみち後ろ姿なので、表情などは分からない。
どのような表情をしているのだろう。
どのような気持ちでいるのだろう。
カズミや治奈と同じように、仲間としてただ悲しいのか。
それとも……
昨日カズミが、隠し事をしていないかと、応芽を問い詰めていた。
応芽は、なにも隠していないといっていたが、とにかくそうした件があったものだから、やっぱり意識はしてしまう。
心から信頼しあう仲間であること、疑っていないが。
……言葉に矛盾のあることは承知ながら、本気でそう思う。
壇上での、校長の長い話もようやく終わりである。
黙祷の合図と共に、全生徒と教師はまぶたを閉じた。
と、その時である。
つうっ、とアサキの頬を涙が伝い落ちた。
枯れては……いなかった。
よかった……
いや、よくはないけど。
ごめん。
正香ちゃん……
成葉ちゃん……
こんな、ことで。
二人のために泣けることを、喜んでなんかいちゃあ、いけないんだけど。
でも、
でもっ、
悲しくて、
寂しくて、
わたしは……
一粒の涙がこぼれたことをきっかけに、様々な感情が錯綜し、そんな混乱の中、一つ一つの気持ちは本物で、そんな戸惑いの循環の中で、気が付けばアサキは、大声を上げ、泣き出してしまっていた。
幼児のように、ただ感情のままに。
周囲がざわつく中、枯れていなかった涙をボロボロこぼしながら、アサキはいつまでも泣き続けていた。
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