終章
九龍頭は目の前のビールに手を付けられずにいた。それは彼が下戸だからというのもあるが、それだけではないことは前に座る井筒警部も解ってはいた。
「結局、知らなかったのは我々部外者だけだったんですな」
しばらくして、九龍頭は気のない返事をした。
「しかし、春日さんは知りながら、何故美沙絵さんの犯罪を我々の前で言わなかったんでしょうか……?」
「真実は闇の中ですが……彼なりの裁き方だったんでしょう。尊敬してやまない薬師寺暢彦へのね」
春日は事件以来姿を消した。ほどなくして南総の野島崎で溺死体として発見されることになった。
「美沙絵さんは、大丈夫でしょうか?」
「まぁ、彼女なら大丈夫でしょうな。しっかりと罪を償うでしょう」
井筒警部はビールをぐいと飲み干し、ホッケ焼きをほぐす。
「警部、すれ違いって哀しいですね」
「な、何をいきなり……」
「だってそうでしょう。薬師寺暢彦、美沙絵さん、そして黒柳紫苑の気持ちのすれ違いがなければ、この事件は……」
「すれ違いなんて、皆あって当たり前じゃありませんか?」
井筒警部はジョッキを置いて言った。
「だから、人間なんじゃありませんか?」
九龍頭はぷっと吹き出す。井筒警部は顔を真っ赤にして手で扇ぎだした。
「何ですか先生!」
「井筒さん、柄でもない……」
九龍頭と井筒警部はからからと笑い出した。夜中の一時、九龍頭はそれから慣れない酒を吞んだせいで締切を過ぎてしまい、編集部に平謝りした事は言うまでもない。
嗤う磁器人形 回転饅頭 @kaiten-buns
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