第7話 思惑
九龍頭と井筒警部は住人に話を訊くことにした。時刻は夕刻を過ぎ、外からはヒグラシがかなかなと啼く声が聞こえる。全員それぞれの部屋に戻っている。すぐ近くにいる兼末登美子に話を訊こうと、井筒警部は声をかける。登美子は感情が読めない無表情で振り向いた。
「私を、疑っていらっしゃる?」
「いやいや、これはいわばお約束のようなものでしてなぁ」
「動機があるとすれば、私よりもあの……」
上に上る階段に目線を向ける登美子。親族である誰かを指しているのであろうと九龍頭は察した。
「差し支えなければ、お話を……」
「正直なところ、私はこのお宅に家政婦として働くことになったことを後悔致しておりますの」
「と、いうのは?」
「奥様はよろしいのですが、特にあの2人のお子様においては、やはり旦那様も甘やかして育てたせいか、かなり我が儘な性格でして」
九龍頭は頷く。確かに、性格がよさそうな感じは全くしない。
「あのお子様方においては、旦那様の小説が売れたと聞きつけた途端、砂糖に群がる蟻みたいに寄ってきて……」
むっとした顔をして登美子は続けた。
「特に、和馬さんとはまさに犬猿の仲っていう感じがしましたわ。私が見た感じではありますが」
「ほぉ、では書生の春日さんは……?」
登美子は首を傾げて言う。
「あの方は、正直よく分かりませんの。うちでは唯一、旦那様を尊敬していらっしゃいますけれども」
「と、言うのは?」
「あら、そのまんまのことですよ。誰しも、仕事での成功が全てじゃないということですわ。ははは」
屋敷に訪れてから、初めて登美子の笑顔を見た九龍頭は、やや悪寒に近いものを覚えた。
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