第2話 別荘
東京の喧噪から離れた南房総の長閑な海沿いの風景を眺めながら九龍頭と井筒警部は心を落ち着けていた。とはいえ、車を運転する井筒警部はその楽しみはやや九龍頭に比べれば少ないものであっただろう。
「地魚料理でも、戴きたくなる風景ですな」
「まったくです。ところで警部?今回は関係者の皆さんが南総の別荘に向かわれたというわけですか?」
ステアリングを操りながら、井筒警部が答えた。
「えぇ、まぁ皆様お忙しいのか、猶予はあまりありませんがね」
肩を欧米人のように竦めて、九龍頭は下唇を出した。
「薬師寺先生の奥方様においては、箱根にご旅行中のことでしたのですが、これも戻って来て戴きましたよ」
薬師寺暢彦の家族は、井筒警部の話によれば本人を含めて4人、先妻はいくらか昔に病死した。ゆえに薬師寺暢彦の子供は全て先妻との子供であるらしい。
車はまるで海外の別荘地のような雰囲気の道に入り、その中でも異彩を放つ真っ白な屋敷に着いた。広い芝生の庭のフェンスの横に井筒警部は車を停めた。
「さぁて、行きますか」
九龍頭は一歩井筒警部の後ろを歩きながら、それとなくちらりと薬師寺暢彦の別荘を見る。
小火が起きたとは思えない程綺麗にされている。他に燃え移ってしまう前に火が消されたのかもしれない。見ると一部不自然に色が塗られた場所がある。1階のテラスのある部屋だ。恐らくそこが薬師寺暢彦が死んだ部屋なのかもしれない。
「御免下さい」
「どちら様でしょうか?」
どこかつんとしたような口調で玄関扉の向こうで女性が井筒警部に訊いた。九龍頭はソフトを取ると胸にそれを構えた。
井筒警部が身分を明かすと、玄関扉がゆっくりと開く。向こう側にはやや気難しそうな黒い服を着た女性が立っていた。眉がやや濃いめの、きつい顔立ちの痩せた女性だ。
「薬師寺先生のお宅で家政婦をさせて戴いております、兼末登美子と申します」
「どうもどうも、あ、こちらは……」
「九龍頭と申します」
九龍頭は作家という事は伏せることにした。興味本位で別荘に来た不謹慎な輩だと思われたくないからであった。
「こちらへどうぞ」
登美子は九龍頭と井筒警部を別荘に招き入れた。屋敷の中は白でまとめられている。薬師寺の趣味であろう。近辺で連れた魚を魚拓として飾ってある。
「こちらが応接間になります。どうぞ」
応接間に通された九龍頭と井筒警部。広々とした応接間の革張りのソファと、大木の切り株のような木製の低いソファーテーブル。
そのソファーテーブルにそっとお茶を出してきたのは、白髪が若干交じった長髪の血色の悪そうな痩せた男だった。
「あぁ、これは面目ない。えっと……?」
「薬師寺先生にお世話になっておりました、書生の春日と申します」
春日はぎこちなく笑うと一礼してその場を去ろうとした。そこに声をかける九龍頭。
「はい、何でしょうか?」
「薬師寺先生がお亡くなりになった時、あなたはこの別荘に?」
「……えぇ、それが何か?」
感情が全く読めない平坦な感じで春日は言った。九龍頭は春日の目を見て訊いた。春日は全く視点が定まらない。挙動が不審である。
「薬師寺先生が亡くなった時の様子をお訊きしたいのですが……」
「はぁ、ではこちらに」
春日は応接間の扉を開けて、廊下に九龍頭と井筒警部を通した。
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