ある強い、雨の日。

 沙織が駆け足で学校の寄宿舎の中に戻ってくると、そこには紬がいた。

「やあ」

 沙織を見つけた紬は、にっこりと笑って沙織を見る。

「うん」

 同じようににっこりと笑って沙織は言う。

 沙織はとことこと小動物のように少しだけ早足で歩いて、紬の元に移動する。沙織は雨に濡れていて、紬もどこかに出かけていたみたいで、全身びしょ濡れだった。

 ……ざー、という冷たい雨の音が聞こえる。

「こんなところでなにをしているの?」

 沙織は紬に質問する。

 二人は寄宿舎の玄関のところにいる。

 背後の暗がりには上に向かう木製の階段と、その横にある黒い電話が見える。そして、そのさらに横には、一つの花瓶があった。

 赤い花の飾られた花瓶だ。

 その赤い花を誰がその花瓶にいけているのか、それを沙織は知らなかった。

「まあ、別になにってわけでもないんだけどね」

 紬は言う。

「……鏡と喧嘩でもしたの?」

 沙織は聞く。

 その言葉を聞いて、紬は軽く顔をしかめる。

 沙織と千歳が同じ部屋に住んでいるように、紬は鏡と同じ部屋に住んでいた。もともと鏡は別の生徒と同じ部屋に住んでいたのだけど、その生徒と(強気で喧嘩っ早い性格をしている)鏡が大喧嘩をしてから、その生徒が別の部屋に移動をして、そのぽっかりと空いてしまった空間に、鏡と仲の良い友達である紬が別の部屋から移動してくることになった。

 それは学校側の配慮だったのかもしれないけれど、詳しいことは沙織にはよくわからない。でも、結果としてそうなった。

 そして、今、紬はきっと鏡となんでもないような理由で喧嘩をして、きっと自分の部屋に帰りづらいのだろうな、と言う当たりをつけて、沙織はさっき、あんなことを言ったのだった。

「私は鏡のこと好きだよ」

 暗い天井を見ながら紬が言った。(紬の目には涙がいったい溜まっていた)

「私もだよ」

 そんな強がりな紬を見て、ふふっと笑ってから、沙織は紬にそう言った。

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