「ねえ、千歳が前に住んでいた街ってどんなところなの?」

 ある晴れた日の午後、森に生えている木の上に千歳と一緒に木登りをしたところで、沙織は千歳にそう聞いた。

「別に普通の街だよ。とくに話すことも、説明することもない」

 遠くの風景を見ながら千歳は言う。

 千歳の見ている場所には、青色の空と白い雲がある。ただ、それらだけしかない。

「ふーん」 

 木の上で足をぶらぶらとさせながら、沙織は言う。

「沙織は、どこか遠くに行きたいの?」

 千歳は沙織を見て笑っている。

 優しい風が二人の間を吹き抜ける。

 その気持ちの良い風を確かに沙織は感じる。

 でも、それはいつものように、すぐに沙織の中から消えてしまう。沙織から遠い場所に、あっという間に、遠ざかって行ってしまうのだ。

「別にそんなことないよ」

 にっこりと笑って沙織は言う。

 でも、この嘘はきっと千歳にはすぐにばれてしまうのかな? と心の中で沙織は思う。

 千歳が沙織の隣に座る。

 二人の距離は随分と近くなる。

 沙織は、ちょっとだけどきどきする。

 憧れの千歳がこんなに近い場所にいる。沙織は顔を赤くして、そっと下を向く。そこには緑色の地面がある。

 高さは二メートルくらい。

 ここからなら、もし間違って落っこちても、たぶん、死んじゃったりはしないだろうな、……まあ、きっとすごく痛い思いをするんだろうけど、と沙織はそんなことを考える。

「私はどこにもいかないよ」

 すると、そんな夢みたいなことを、千歳は言う。

「え?」

 沙織は顔をあげて千歳を見る。


 すると千歳が、にっこりと、もうなくなってしまったはずの優しい風の中で笑っている風景が見えた。

 そんな千歳を見て、沙織は思わず、少しだけ泣きそうになってしまった。

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