「なに書いているの?」

 千歳の後ろから沙織は言った。

「秘密」

 そう言うと千歳は机の上で書いていた紙を、そっと沙織に見えないように隠してしまった。

 一瞬だけ見えた紙の雰囲気からすると、それはどうやら一枚の便箋のようだった。

「手紙書いてたの?」

「まあね」

 千歳は言う。

「誰に? お母さん?」

 沙織はベットの上に腰を下ろして言う。

「違うよ」

 千歳はもう真っ暗になった窓の外を見ながら言う。

「じゃあ誰に?」

「それも秘密」

 そう言って千歳は沙織を見てにっこりと笑った。

 それはすごく魅力的な笑顔だった。

 沙織はそんな千歳のことが、すごく、すごく大好きだった。

 千歳は真っ黒な瞳に漆黒の髪をした、とても美しい人形みたいな美少女だった。千歳は美しいだけではなくて、とても強い性格をした女の子だった。気弱な性格の沙織は(昔は、その弱さのせいで、よくみんなにいじめられたりもした)そんな千歳に憧れを抱いていた。

 だから、千歳と同じ部屋になれたことは、沙織にとって、とても幸運な出来事だった。

「この部屋ってさ、前に住んでた人はどんな人だったの?」

 千歳は言った。

「すごく怖い人だった」

 沙織は言った。

「怖い?」

 千歳は眉をひそめながらそう言った。

 沙織が他人のことを、そんな風に表現することは、すごく珍しいことだったからだ。

「うん。すごく、すごく怖い人だった」


「どんな風に怖いの? その人」

「悪魔みたいに怖い」沙織は言った。

「悪魔?」

「うん。悪魔」

「ふーん」

 千歳は沙織から視線をそらして、窓の外を見た。

 それで、この会話は終わりになった。

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