最終話『いまひとたび筆を執ろう』

 光りに気が付く。朝日だろうか。

 カーテンはしっかり閉めて寝たはずなのに、まぶたの向こうで明るさを感じる。うう、寒い。鼻が冷たい。さすが真冬だ。ああ、でも布団の中は温かい。というか柔らかい?


「おい、おまえら」


 決して広くないベッドの中に潜り込んできてる妹たちの熱を感じ、身をよじる。が、しっかりと手を握ったままなので動きにくい。


「とりゃぁあ!」

「ひい、寒い!」

「鬼畜の所業!」


 なので、布団を蹴り上げて引っぺがす。

 白いパジャマを着た白絵しろえと、黒いパジャマを着た黒絵くろえ。親父の再婚相手の外国人、竜咲さんの連れ子。外国人なのに竜咲さん? と思ったが、外国人だからグローバルに考えなければならない。


「足を絡めてくるな。目覚ましまで止めて、なんてことすんだ」

「寒いんだもん」

「寒いんだもん」

「確かに寒いな」


 布団蹴飛ばすんじゃなかった。

 俺はふたりを引っぺがしながら……。


「離せって」

「嫌」

「嫌」

「ていッ!」


 ぽぽいぽいぽい。

 ふたりを引っぺがし、文句を聞き流しながらスマホを見る。


「あー、明るいと思ったら八時前か。父さんと義母さんはもう出たのかな?」

「いちゃつく邪魔だから見送らないでくれって」

「今頃はもう空港じゃないかな」

「遅ればせながらの新婚旅行か。この年末年始はずっと常夏の島だったっけ?」


 そうなのだ。親父と義母上は新婚旅行なのだ。しかも年末年始、実の子たちをほっといていちゃつくんだそうだ。


「仲がいいのはいいことだ」

「弟できるかもよ?」

「妹かも」

「生々しいこというんじゃねえよ」


 俺は窓を開けて冷たい空気を入れる。ほれ、寒いからはよ自分の部屋に帰れ妹たちよ。


「ねえ、ハヤテお兄ちゃん」


 白絵がぽつりと――。


「いい朝だね」


 黒絵がぽつりと――。


「うう、いい天気」


 寒さで震える俺のそばに寄り添って、聞いてくる。


「今日は終業式だろう? 飯食ってる暇はないぞ。八時には■■■■ありしあちゃんたちが迎えに………………」


 そこで、はたと気が付いた。

 気が付いたというか、思い出した。

 思い出したというか、読み返した。


「表札の名前は……『執風』?」

「本名忘れたからな、ペンネームだ」と白。

「別にいいかな~って」と黒。


 俺は、私は、そして僕は頭を抱える。


「どうも初めまして、執風白絵です」

「どうも初めまして、執風黒絵です」


 ふたりあわせて執風シスターズで~すとポーズまで決めている。


「なんじゃあ、こりゃあ!」

「それ知ってる、有名なヤツだ」

「お腹を銃で撃たれたときのセリフだろう?」

「そーだけど、そ-じゃないだろなんだこの世界ものがたり!!」


 え? なに? 思い出すよ? というか、この世界の登場人物――僕の知る人物の中から主要人物を検索する。というか検索できるのォ!?


切陽きるひアリシアちゃんは、同じ高校の友達?」

「そうそう」

「いい感じ」

「彼女は同じクラスで幼なじみの波瀾万丈ばらんくんと恋仲で? ネーミングセンス相変わらずだな、これシロエだろう」

「文句あるのか?」


 腰はやめて!


「お姉さんのカーシャは2年生で、生徒会長? おお、なんかそれっぽい。風紀委員にしなかったんだなあ」

「風紀乱すくらいに恋して欲しいと思って」

「マジか、ホントに見てはいけない禁書っぽいぞクロエ」


 肩もやめてッ。


「学級委員長は、沙羅ちゃんか」


 僕はテレビ番組見たさに持ってきてる夕刊を丸めると、ふたりの頭を白黒の順番でスパーンと叩く。


「都合のいい世界作ったのはいいが、なんで僕までいるんだよ! 世界違うだろ! デウスエクスマキナ神の気まぐれすぎるだろある意味神さまだから仕方ないけどすげー見覚えある世界過ぎて今までのが夢だったと思うくらいじゃねえか!」

「ご近所に迷惑だぞ」と頭をさすりながら窓を閉める白いの。

「いや、ちょっとファンタジーっぽく改変してある」と胸を反らせる黒いの。


 もしかしたら胸を張ったのかもしれない。

 こいつらホントに双子に融合したからか体型がひじょうにスレンダーである。アリシアちゃんの、実に痛い痛い痛い。


「これを見ろ」


 肩を押えながら僕は今ふたりをひっぱたいた新聞紙を広げ直す。


「ええ、アメリカの大統領ってリザードマンなの!?」

「かつて栄えた種族たちはみんな溶け込ませた」


 えっへんとふたり。


「すげぇなあ」


 僕はベッドに腰掛ける。

 新聞の中は、よく知る僕の世界でもあり、都合よく種族が混ざり合ったそこそこに平和でかなり残酷で、それでも温かい物語が伺える。


「物語を作るというからさ」


 僕は窓際の光の中で立つふたりの竜を見る。


「ビッグバンあたりから丁寧に書いていくのかと思ったよ」


 ふたりは笑う。


「そんなものを書いて、読む読者がいると思うか? 本編が始まる前の設定なんぞ、気にする者が現われたときに『さも前から作ってこうしてましたよ』と提示すればいいんだ。あとあれだ、他人の作品を参考にして物語を書くことは決して間違いではないとな」


 ああ、そんなこといった気がするな。


「だからな、ハヤテお兄ちゃん」


 ふたりは手を取り合って僕の左右に腰掛ける。

 やべえ、逃げ場がない。


「もうちょっとだけ、物語ることに付き合ってくれないか?」

「お? なんだ? 新作にご期待くださいって、本気で書けと? ふふふ、まあ実は昨日あのとき寝る死ぬときに面白い話を思いついてね」


 そうかそうか。

 僕の新作読みたさにもとの世界から僕の魂をヘッドハンティングか。

 嬉しいよけいなことをしてくれるじゃないの。

 ……あれ? なんか嬉しいな違和感


「執風ハヤテ先生の新作には興味があるが、まあそれは追々だな」と白。

「尻切れっぽく終わった『蹂躙ポイント九八〇一』とかしっかり書ききって欲しいが、そんなのはまああとだ」と黒。


 ひでえ。

 いや、あれはまあそうだったけど完結したじゃん。

 と、そのときスマホが鳴る。

 おや? と思って確認しようとすると、シロエが手に取って開く。指紋認証なんだけどそれ。俺の。たぶん黒いのも開けられるんだろうな。



 シロエはクロエに画面を見せる。



 クロエは僕に画面を見せ…………ねえのかよ。


「なんだよ、依頼って。僕のアドレスに? なんでまた」

「完結屋、執風ハヤテの名はドラゴン連中に鳴り響いている。物語を読む竜は、他の物語を自在に取り寄せられるのだ。忘れたのか?」


 あ、え? ああ、あの本棚の書物。

 書物だけじゃなく、物語せかいなら? え?


「お前いまドラゴン連中っつったよな」

「うん」と白。

「うん」と黒。


 ふたりは「まさか竜が私たちだけだと思ってたらしいぞ、この作家」「想像力が……」「お爺ちゃんだったからなあ」と言いたい放題。


「というか、お前ら角、どうしたの?」


 綺麗な髪の毛、その耳の部分には角が生えてたはず。いかに日本人っぽくあっても、そこはあるだろうと思ったのだが、ない。

 僕は嫌な気がして聞くが、ふたりはニヤニヤしながら机の上に視線を。


「現実から物語を、物語から現実を、創作魂をインクに変えてこれを正し完結させる魔筆ナグルファル。竜が述べる物語を完結に導く、


 ああ。あああああああ。


「幼い竜たちに、引く手あまただぞ。困ったことに、作った世界でおかしな事件が起きてしまうのも若い竜にはよくあること。怪異を糺すのも、仲間の役目」

「それが、依頼か」


 僕はがぜんとやる気いや~な気になった。


「こいつら、僕の気持ちを書き換えたのか?」

「抵抗したかったら、筆を執れ。魔筆を」

「ほれほれ。裸になって屋根の上でラジオ体操を踊りたくなっても知らんぞ~」

「きちく♪」


 だが、作家がいったん筆を執れば――。いや、僕が筆を執ったら、必ず完結させるために動く。これは、そういうことだ。


「しかたがないなあ」


 僕は筆を執る。

 手に馴染む、魔筆だ。

 ふたりの角と、ありったけの想いが込められた魔筆だ。


「で? どんな依頼だい? 休みにはいるし、一気に書き上げてあげよう」

「そうこなくっちゃ」と白。

「私たちも手伝うぞ」と黒。


 誰のどんな話かはわからない。

 どんな悲劇かも分からない。

 でも、僕はハッピーエンドが好きなんだ。


「ちなみに竜は財と知識の象徴。しっかり原稿料は出るぞ。執筆依頼だからな」


 あ、お金も大好き!


「だいぶ困ってるみたいだからな。早く解決し安心させてやろう」


 彼女らの言葉に頷く。

 なんにせよ、一番好きなのは書き上げ、読んでくれたあとのあの満足なのだから。

 私の、俺の、僕の物語は、まだまだ終わりそうもない。






『ドラゴンノベルストーリー 竜述物語 文士が取り戻す竜の夢』

 おわり

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