みんなの夢を取り戻そう
第19話『さあ合作を始めよう』
あれから、結構な時間が経っていた。
ひとつひとつと廃棄された
何故か。
「あのシロエちゃん、この掴み方やめてもらっていいですか」
「しらん。だまって英気を養っておけ。ようやくクロエのもとに赴くんだ。ラスボスだぞ? 無口に滾るくらいがちょうどいいんだ」
僕らはいま、クロエ先生の待つ最後の物語に向けて飛んでいる最中である。本来ならばシロエのいうとおり、最後のひと仕事に燃えて~……と行くところなのだろうが。
あれから力をかなり取り戻してきたシロエは、竜の力もかなり復活させていた。翼は大きく、尻尾も太く、そして手足をかぎ爪を備えた竜のそれに変じることもできるようになっていた。
「でも、この運び方はないんじゃないかな~」
「不満でも?」
「いたたたたたたたた! あんだけ謝ったのにまだ怒ッ痛い痛い痛い」
簡単に言うと、シロエのかぎ爪足に僕はアイアンクローされた状態で空輸されているのだ。首から下がブラーンと虚空を揺れているはずだが、この白く染まりつつある世界ともども、自分の姿すら見ることができないのはそれが理由だった。
「原因は! ハヤテ! だろ! がっ!」
「痛いッ! シロエ! ゆる! して!」
じゃあ原因は何だったかというと、いちばん最後に解決してきた物語にある。
「だって、学生時代の恋愛事情だったら『神仙境の四姉妹』のキャラがちょうどいいじゃないか~……って思ったんですけどアォォオオオ痛!」
「だからって、長女はないだろう長女は!!」
「おっしゃるとおり」
はっはっは。
いやあ、ちょっと慣れてきたと思って、物語とキャラクターの改変どころか、シロエに載せる自著のキャラクタースキルで少しはっちゃけてしまったんだ。
「しかしこんな運ばれ方、僕が創作者じゃなかったらふつう死んでるけど」
「しらん」
つ、つめたい。
と思った瞬間に、ふと周囲が温かく、有機的な香りが感じられた。
「クロエの領域に入った」
僕らが――というか僕が痛い目に遭ってるうちに、最後のステージに入ったようだった。
「さっそく、お出迎えだ」
「クロエ先生がいるのか?」
「あきれた顔でお前を見てるぞ」
「いや、君の方だと思うがなあぁああああああああああああああ~」
アイアンクローから解放されたと思ったら、虚空から地表までポイっと捨てられた。不法投棄じゃねえか~!
「うぺっ」
砂浜だったのが功を奏したのか、はたまた僕がもはや半分くらい物語のキャラクターじみていたから無事だったのか分からないが、六回くらい砂浜をもんどり打ったあたりで無事着地に成功。
半ばうつ伏せで埋まった体を引き起こし、髪の毛にまぶされた砂を払い落とす。
「まったく、何をしているんだあなたは」
僕の体に付いた砂を払う手と、あきれたような声。これは、シロエの声じゃない。とてもよく似てるけど、キャラが違う。
僕は顔をゴシゴシすると、思わず愛想笑い。
「どもども、お久しぶり。クロエ先生、どうです執筆のほうは」
「…………うぐ」
改めて立ち上がり、彼女と正対する。
ああ、変わらないな。
あのときのままだ。
仕事の進捗を聞くのは軽いオフ会会話の
「そのあたりは、先生の姿を見れば分かりますよ」
と、さすがに本題には入らせてもらう。
「シロエは、僕と一緒に十二の物語を完結させてきました。その都度、彼女は力を取り戻し成長してきました。が、あなたはあのとき、最初に出会ったときのままだ」
「執風先生がいくつも完結させてきたのは感じていた。切り離したとは言え自分の物語だから、よくわかる。どう解決してきたのか、どうやり直したのかを」
「失敗したのもあったけどね」
「
あきれたようなクロエ先生の顔、ああこりゃバレてるな。
「久しいなクロエ、宣言通りお前が書ききれなかった物語を書ききってきてやったぞこの
ズシャーっと、空中を旋回していたシロエが僕のとなりに着地。腕を組んだままバサッと翼をしまうと、パシンと尻尾で砂浜を軽く打って見栄を張る。
「
「ニャーっ!」
あ、やっぱバレてる。
いっきにシロエの白い顔が真っ赤に紅潮。八の字眉がピクピクした瞬間、一気に柳眉が逆立ち僕の腰に尻尾が振り当てられる。
「仲が良さそうだなふたりとも」
「
「それはともかくだ」
再びうつ伏せに倒れた僕を気にすることなく、シロエはクロエ先生につかつかと。腕を組んだままのシロエと、やや覇気のない彼女が間近でにらみ合う。
「本来ならクロエ、お前から『私の力と夢を返せ』と詰め寄るところだが、お前がほっぽっといた物語を閉じてやってきたら、なんかもうそれだけの問題じゃないと思うようになってきてな」
「話を戻そう。最後の物語は『神仙境の四姉妹』の長女、
「話を戻すな!」
股間を抑えながら中腰になるシロエ。
僕は腰をさすりながら立ち上がり、はははと笑って説明する。
「いやあ、意地悪な貴族娘や闇の生徒会とか徒党を組む商家の娘グループとか柄の悪い不良娘軍団が相手だったから、『ぜんぶ喰っちゃえばいいんじゃないか』って思ったから、ついつい。リソースも有り余ってたし」
「紅琴はちょっとやり過ぎ。嫌がる
「バレてるのね」
顔を真っ赤にしたシロエがプルプルしてるのは思い出し赤面だろう。
「お、おとこのこになるのは、ちょ、ちょっとな」
「でも、シグレや平安名光太郎、リヴィアやランドルフ、三十狼や香奈やビューティー大魔王の力を使わせてもらったんだろう?」
クロエ先生はこんどこそ自分からシロエに間合いを詰め寄る。ちなみに彼女がいった名前は僕の作品のキャラたちで、物語攻略に使ったスキルをシロエに宿らせた者たちだ。
「ずるい!」
クロエ先生が声を張り上げる。
「シロエだけずるい!! わたしだって先生の手助けがあったらなんだって解決できたわよ!! わたしだって名探偵やりたかったし香奈みたいに青春したかったわよ!!」
「え?」
「え?」
「うらやましすぎて私に余力が残ってたらイギリスの大作家招喚してたわよ!」
「存命」
はぁはぁと肩で息をつきながら、クロエ先生が目を伏せる。
そうか、やっぱり彼女も力尽きてきていたのか。
「この最後の
シロエが先ほどの空中旋回のときに見たのだろう光景を思い出しながら言う。
「今までの世界は舞台がちゃんとしていた。しかし、この世界は――」
「そのとおり。余り物を全部注ぎ込んだ、ただのおもちゃ箱だ」
言葉を引き継いだのは、クロエ先生だ。表情が晴れないのも頷ける。ここは企画書の断片、プロットの断片、設定の切れ端、キャラの走り書き、そのすべてがごっちゃになった、文字通りのおもちゃ箱。
創作者が作品として形にしなかった、辻褄が合わせられなかった、そんな断片が収められた創作ノートの束。それが、この最後の世界だ。
「ただ、
「どうとでもいえ」
フン、とクロエ先生が鼻を鳴らす。鼻で笑ったのではない。嗚咽に近い韻だ。この枠組みを作ったはいいが、どう組んだらいいのか分からなくなったのだろう。
スランプは書かねば解消できないと考える人は多い。
しかしスランプは、書いてきた経験の中で、書き上げてきた経験の中で、それを思い出すために書き続けて解消するものだ。
書き上げた経験、完結させてきた経験があってこそのもの。
「スランプなどではないよ、執風先生」
「ただの一度も自分の作品を完成させたこともないヤツが、スランプなどおこがましい。ただただ未熟なだけだ」
「いきなり長編を書こうとすると、たまにやるのさ。短編掌編、物語の長さに関係なく、話し始めて話を閉じるまでにかわりはないよ」
僕はクロエ先生の――いや、クロエさんの頭を撫でる。
「君は物語を諦めるべきじゃなかったんだ」
だがしかし、アリシアの無念を晴らすという手探りで曖昧な着地点を絶対に置いたまま、よくぞここまで筆を諦めなかったというべきか。
「物語を閉じて行くにつれて分かったことがある」
これはシロエだ。
「クロエ、おまえ、大して知らぬ人間を彼らの思い出のままに並べて勝手に動くのを見て解決策を模索してたのだろう? アリシアの表情や行動を見て少しでも悲しい顔をしたならそこに栞をはさみ、色々と手を加えてそこだけをなんとかしてきた」
たったひとつでもトカゲを竜に変える。完結とはそういうものだ。
シロエの言葉を理解しても、クロエさんには納得できていないだろう。この旅路の中で白い竜がその身に宿したものの大きさを伺い知る。
「それじゃ、だめなんだ。こうであれと作者が願う物語をなぞらせるだけの
シロエはクロエさんの手を取る。
彼女は拒否しない。
「私とお前が分かれたことにも意味があるんだろう。もう、一緒になろうとは思わない。力を返せとは思わない。……夢を共にしたいと思っている」
「シロエ、おまえ」
手を離し、ふたりは見つめ合う。
「いっぱしの口をきくようになったな、執風先生のおかげのくせに」
「んぁ!」
「どれだけ今の言葉が執風先生の言葉からの引用だったか知りたいな。の? 先生、どうなんだそのあたり」
「ノーコメント」
僕は笑いを堪える。
良い話は良い話のまま終わった方がいい。
あくまで、僕はそう思ってそう書いている。いや、書いていたという話。それだけだ。僕はもう死んだ。これは、シロエやクロエさんが自分の物語を書けるようにする手助けなんだし。
「ま。シロエだってひとりで一本完結させた経験はないんだけどね」
「バラすなハヤテ!」
「だと思った」クロエさんも苦笑。
だが、『完結の味』。あれを間近で見てるのは遙かなアドバンテージだろう。
「ということで、話の種、参考までに――クロエ先生」
僕は改めて彼女たちの前に立つ。
「今回あなたたちが合作する、アリシアの無念を晴らす物語。その企画プロットの下読みを差せては頂けますか?」
僕の言葉に白いのと黒いのが目を丸くしている。
「あなたたち?」
「合作?」
「何を呆けてるんだか」
僕は笑う。
「クロエ先生。そして、シロエ先生。創作ユニットであるふたりの初めての作品、完結させるためのお手伝いをこの老筆にさせて頂きたい」
「せ、せんせい」
自分に向けられた先生という言葉に、シロエは僕を見上げる。
あえて、いや、そうするべきだと思って彼女を「先生」と呼び、僕はそこで半歩右足を戻す。互いに二歩の位置だ。
先生と呼ばれ、彼女にその役割を背負わせる。これは魔筆ナグルファルの力じゃない。自覚の問題であり、意識させる
同じことを、僕はクロエ先生にもしただろう? 同じ。おんなじ。
「ここに至るまで、色々見てきたよ。ホントに色々。囚われていた魂の声を聞き、物語をプロットに逆書き出しをして歪さに気がついた。物語に魂を従わせるだけではいけないと、そして魂の行動原理とそれぞれの着地点は全くの別物であると。分かっていたつもりでも、分かってなかった。痛感したよ。みんな、生きてるんだなって」
この世界は、最後の物語は混沌だ。
一個一個、一カ所一カ所を見れば正しい状況。しかしそれが纏まってると互いに矛盾している。しかし魂の数々は一緒で調和している。
故に混沌。
「まずは、状況の共有。共通言語を確立させよう。シロエ先生」
「うむ。……クロエ、右手を」
「右手、を?」
恐る恐る彼女はシロエ先生に右手を差し出し、手を握り合う。
「じゃあ僕は、魔筆を失礼して。おっと、大丈夫、痛くないから」
僕は彼女の額にペン先を当てる。
「では――」
僕とシロエ先生は、クロエ先生に今までの物語の情報をすべて流し込む。ひとつひとつ整理した感情、配置、僕がまとめたプロットをゆっくりと、ゆっくりと。シロエ先生が物語の中で読み取ったあの物語の中の空気と反応を、ゆっくりとゆっくりと。
「……これが、皆の
そんな呟きが聞こえた気がした。
が、聞き流す。
よし、やるか。
こっからがスタートだ。
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