第18話『完結の味を覚えよう』
世はすべてこともなし。
この
「二度目だが、思うことは多いな」
「なにがだ? センセイさん」
「状況によってキャラクターは様々な反応をする。生きている人間なら無反応だって反応のひとつだが、キャラクターは反応がない限り筆が進まなくなる。そのキャラが無反応だったとしても、面白い無反応でなければいけないんだよな」
僕は魔筆ナグルファルでこの物語のリソースを回収しながら思う。
「もっと面白い話として完結させられたかもしれない」
「おもちゃじゃないんだがな」
「シロエにしてみればこんな物言いをされたら面白くないのは重々承知なんだが、囚われの
実際にあった、悲劇直行への道筋。同じ道をなぞりたいと思う魂が果たしてどれだけあることか。
「ああしておけばよかった、こうしておけばよかったという無念は、世界が抱えているものと個々人が抱えているものがある。このコメディチックな推理劇に救われた魂もあるんじゃないかなと思ってね」
と、僕は魔筆から感じる感情の波を読み解きながら、心の創作メモに筆を走らせる。これはメモ書き。シロエにも見えないマル秘ノートだ。
「シロエに載せるキャラクター、展開の選択、キャラの再配置、即興の書き換え、いろんな要素で話は千変万化だ。いまは
「そうさの――」
彼女は考えるが、答えはすぐだった。
「きっと大丈夫だと思う」
「ほほ? して、その心は」と僕は問う。
彼女は魔筆に吸い込まれていくリソースを感じながら目を閉じ、両腕を広げるようにドレスの裾を翻してくるっと回る。
「完結の味」
……ほう。
「この心地よさを味わっているかどうかの違いは、大きいと思う」
「共同作業だけどね」
「いうなハヤテ」
あ、腰はやめて。
「と。――これで充分か」
僕は魔筆にキャップをはめ、懐へと差し戻す。
なるほど、できることがぐんと増えたな。
「さっきの話だが、完結した物語の面白さが面白いほど――評価はキャラクターや世界の反応だが――回収できるリソースも大きいようだ。活き活きとしている。何が評価に繋がったのかは分析をしなければならないがね」
「そうか、栞を挟んでいたが物語自体が完結してしまうとやり直すこともできないのか」
「物語の創造自体はまだクロエ先生のものだからね」
「我らにできるのは、もとからある物語の書き換えだけか」
「それも、彼女が捨てた世界だけだけどね」
ともあれ、彼女が完結させたものはまだどこにもないようだ。
僕はキャップが付いたままの筆を抜き直し、ひょいと振るう。
世界が感じられる。とても寂しく広い世界だ。その中に、まだ十を超える物語が漂い、そのうちひとつが熱く渦巻いている。あれがクロエ先生がただいま執筆中の世界か。
「む?」
「胸を押えて。そんなに気にしてたのか?」
僕は拳を振り回して追いかけてくるシロエから逃げながら問う。
「締め切りだ!」
「ぐええええ、肩もやめて痛い痛い」
痛いよね、肩パンチ。
シロエは締め切りといったが、もしかしてタイムリミットが決まったのか? しかし、早いな。まだ結構あるってのに。
「少し確かめてみよう。シロエ」
「応よ」
僕は彼女の額に魔筆を当てる。
すーっと、魂のインクが染みこんでいく。かすかに左耳の後ろに隆起が復活してくるのが見える。クロエ先生のリソースが、シロエの思い出が、角という形で現われてるのだろう。
「……やはりそうか」
「アリシアの思い出、特に、無念を抱える心の琴線に触れた記憶を呼び起こすたびに締め切りが近づくんだな」
「けだし慧眼。その通りだ。――これは逆説だが」
「すべての思い出を回収した方が有利だと?」
「セリフを取るんじゃない! それは名探偵の役目だろう!」
「あれはもう終わり~」
あ、肩はやめて肩は。
「思い出した?」
「うん。でも、うまく言葉にできない。でも、もっと集めたら、きっと思い出を話せると思う」
「じゃあ、行くかい?」
「ああ」
シロエは頷き、ばさりと翼を広げる。
ああ、またこれで運ばれるのか。
「目標は?」と僕。
「全部だ。端から行ってやろうじゃないか! え、執風先生」
「じゃあ話考えるのも少しずつやってね」
「え!?」
「元々それが頼み事のひとつだろう? 大丈夫、やって失敗したら手助けしてあげるから」
「やっぱり英国の大先生にした方がよかったかな」
「存命」
僕はがしっと抱えられる。
残りは十とひとつ。速やかに全部綺麗に完結させたら、勝負ですよ――クロエ先生。
そう思ったときには、もうすでに僕の体は空へ、空へと。
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