第17話『決めセリフをいってみよう』

 ほんとは迷宮っぽい迷宮にするつもりはなかったんだけど、なんか楽しそうだったのでそこそこのギミックとトラップ、そして固定配置のモンスターなんかを気ままに作ることにした。自動生成ダンジョンの裏方ってこんな感じなのかもなあ。

 そしてほどほどの手ごたえを出すために、各々のできることスキルをピックアップして、そこそこの難易度で成功しないと進めないように調整し、失敗した場合の迂回方法もそれとなく配置する。

 その昔、趣味でさいころ振ったりして遊ぶロールプレイングゲームのゲームマスターをやってたのが役立った感じがする。


「なんで魔法王国の古代金貨が王都郊外の遺跡から発掘されるんだ」

「ガーランドさまも知らない時代に交流があったのかもしれませんね。かつての人々、豪族が、地下からの魔物の侵攻を止めるために魔法王国の手を借りた……とか」

「あり得ない話ではありませんが――」


 あり得ないって思いを込めて絞り出す溜息。

 そして出るわ出るわ、『巨大な狼の姿の魔物がこの世を狙っている』と警告した石版、『噴煙と瘴気を効率よく国中に広める地下構造』を記した書物、『生贄の聖女は絶望から生まれる』という表題から始まる聖女育成計画をほのめかす考察文、『爆発的な力を利用しこの世と魔界をつなげる計画』を見抜いたらしき走り書きなど。

 ガーランドの顔がどんどん青ざめていくのが面白い。


「恐らく、歴史の陰日向かげひなたとなりこのような陰謀を調査していた一族がいたのだろう。魔法王国にか、それともこの王国にか」

「そんな一族が? サラ、まだいるのかしらそんな人たちが」

「さてな」


 そこでサラはちらりとガーランドを一瞥し、「いるかもしれないし、いなかったかもしれない」とほほ笑む。

 ここで魔神は「やはりこの一件、この魔術師を亡き者にしなければならぬ」と危機感を抱いたのを感じ取る。そらそうだ。裏で糸を引いているのがガーランド一族、実質ガーランドひとりであると答えを知ったうえでそう見ようそう見ようと考察を誘導しているのだ。恐ろしいまでに推理が的中する切れ者にしか見えない。


「かわいそうになってくるな」


 思わず口をついて出てしまう。すぐそばに彼がいるんだけど、さすがにポーカーフェイスも限界だろう。まぶたピクピクしてるし。


「ここは、分断された路――私たちが入ってきたあの入口がもともとつながっていた場所の案内図のようですわね」

「みろ。これはすごいぞ」


 サラは灯りを掲げてその図を照らし出す。壁に掲げられたそれは平面図と断面図だろうか。というか平面図と断面図なんです。


「王城のある山かしら」

「その地下に、同じような遺跡と、さらにと、魔物の手による領域が記されている。ここまで調べがついていたとは……」

「ぬぅうッ」


 呻くガーランドに「どうしました?」とアリシアが気遣うが、「こ、これは天下の一大事ですな」と歯切れ悪く彼は二歩ほど後退さる。さすがにショックだろうな。自分でもあまり記憶してない場所を詳細な絵図面にまでされてるんだものなあ。


「王城地下につながってないのは残念。巨大な魔獣もこの遺跡にはいないようだし、ひとまず分岐まで戻ろう。おそらく上に登れるはずだ」


 サラは促す。

 ガーランドもこの魔術師を亡き者にするにはここではまずいと思ってるんだろう。この遺跡の本来の入り口を確認しきるまでは利用しようという心づもりなのは明らかだ。

 そう思うよね~。


「しかし、ずいぶん上りますね」


 歩き続けてしばし、ガーランドがこぼす。平静を保とうという心の表れだろうか、いかな魔神といえども人間社会につかりすぎるとやはりそっちに引っ張られるんだろう。やはり人間臭いところが出る。


「通路そのものが破邪の封印だったんだろう。大掛かりな噴火を鎮める地鎮の祭壇も兼ねている様子が伺える。地図を完成させると、大掛かりな魔方陣になるはずだ」

「にかけさんかけ、十八、山全体に枝葉が伸びてる規模ね」


 さすがに頭の中で変な掛け算をして規模をたたき出すあたり才女なアリシアちゃんだが、「そんなに巨大なものに気が付かなかったのか」とガーランドは渋い顔だ。そのまま推察を肯定してるのが分かる。


「扉だ。――普通の大きさだな」


 巨大な迷宮の入り口にしては小さいつくりだ。それもそのはず、繋がってる先がつながってる先なのでこのサイズなのです。

 そして、扉の脇には刻んだようなメッセージが残っている。というか刻んだメッセージがあるんですよ。見つけやすく書いたから見つけて。ほれ、そこだから。


「見て、これ……」


 アリシアちゃんが気が付いた。さすがだ。


「『希望潰えたり。悪魔に出口をふさがれてしまった、もう助からないだろう。放たれた魔物が仲間を襲いながらこちらに向かっている。奴はこの迷宮陣の入り口をふさぎ、とこしえに監視封印するつもりだ。事が成就するそのときまで』……とあるわ。……サラ」

「わかった」


 魔術師のスキルで扉をサーチ&探偵スキルで罠チェックしている彼女に「大丈夫、割と本気でアンロックの魔法書けたら解除できるから」と教えてあげる。あとこっちから開けるなら罠はないよ。


「開錠する。向こうは魔神の領域、油断しないで」


 サラの言葉にアリシアは気を引き締め長剣を抜き、ガーランドは半信半疑どころか疑心暗鬼で身構えることすらできていない。


魔術開錠アンロック――」


 少しド派手に演出しよう。

 魔法により開錠された扉が、あちら側にギギギ、ギギギと軋み音を立てて開いていく。すぐさまアリシアが前に出る。


「……なにかいる!」


 さすがにこれにはガーランドも身構える。

 自分も知らない自分の眷属がいるはずがないからだ。


「え?」

「え?」


 ふたつの声が漏れる。


「なんでここに?」ひとつはアリシア。

「なぜおまえがいるんだ?」もうひとつは、兵士長のバランのものだった。


 さらに驚いてほしい。

 なんとここは、ガーランド屋敷裏手の厩舎そばの岩に偽装された扉に通じていたのだ。


「ええ……?」


 ガーランドの声が漏れる。

 おそらく、彼の生涯で最も間抜けな溜息だっただろうな。

 自分の家に出たんだもの。


「お義父さん、なんでここに!?」

「なぜって、通報があったんだよ。、ガーランド邸に手勢識者を引き連れてくるようにと。今着いたところだ」


 これに驚いたのはガーランド本人である。

 そりゃ驚く。

 魔神による国家転覆の陰謀など、潜ってから知ったのだ。表向きは。


「だ、誰からの通報ですか」

「ん、ああ、ガーランド卿もいらっしゃったのですか。娘がご迷惑をおかけして……」

「兵士長、それはいい。誰からの通報ですか」


 バランはそこで彼の背後を指す。


「サラ=エンティマイヤくんからです」

「な!?」

「え!?」


 時空を超えた通報だ。

 そこでサラは「さてさて」と集まった皆々を見回し、「全員お集まりのようですね」と、迷宮への扉を魔法施錠ロックする。


「不思議に思うでしょう、なぜ迷宮に潜る前からそこが迷宮と知っていたのか。不思議に思うでしょう、なぜそこに魔神の陰謀の秘密が隠されているのを知っていたのか。不思議に思うでしょう、いつどうやって通報したのか」


 チチチと、立てた人差し指を左右に軽く振りながら首を振る。


「なあに、簡単な推理ですよ」


 と、ここまでが名探偵、平安名へんな光太郎の決まり文句です。ありがとうございます。


「事の始まりは太古の昔、命あふれるこの世界に目を付けた魔神が現れたことに始まります。かの魔神は命に気取られぬように大地の奥底、火の海の中からこっそりと侵入を果たします」


 このあたりからかなりいい加減に推理が始まるんだけど、案の定、シロエの奴ノリノリで言いたい放題してる。何でガーランド含めみんな黙って話を聞いてるのかって? そりゃあ魔筆ナグルファルの力ですよ。名探偵が推理や考察を披露するときは、みんな黙って聞くんです。そして誘導されるように次に説かれる疑問を口にするんです。

 それをあたかも「最初から考えていました」といったように書くのが僕の仕事。さすがだよね。ずるい、探偵ずるい。


「この世界の傷口からバイキンが入ったようなものです。そのバイキンに抵抗するため、当時の王国や隣国である魔法王国が動いた結果が、この遺跡です」


 もはやバイキン扱い。

 しかし推理の披露というか、思いついたこと言ってるだけだな。


「では魔神は本当にいたのかい? サラちゃん」

「おじさま、結論は早いですよ。まずはこれらをご覧ください」


 ローブの裾から出てくる出てくる、回収した証拠品の数々。そして図面の写し。総てに魔法認証印が施された正しい証拠品だ。――という設定を今付けた。


「なんと、古代人の残した警鐘か!」と、警邏担当衛士長。

「衛士長、こちらには聖剣の伝承と、過去に行方不明にあったといわれる女性たちの情報が!」

「なんだと!? むむう、伝承に残りし『泉の女神失踪』の真実がこんなところにあったとは……!」


 という事件があったことにする。


「ばかな」


 ぼそりとガーランドが漏らす。

 心当たりを書きこんでおいた。どうせ似たようなことはたくさんしてきたんだ、まとめて証拠を叩きつけてやってもいいくらいだ。


「王城地下に眠る大聖剣の封印!?」


 兵士長バランが書物を手に唸る。


「お義父さん、どうやら城のレリーフの奥から通じてるみたいなの。は魔神が監視のために、王城は国が監視するために作った施設らしいわ」

「そこは魔術師名探偵のセリフだぞ、アリシア」


 シロエはこほんと咳払い。注意を促して続ける。


「いま巷でおきている連続失踪事件の謎も、ここに集約します」

「収穫祭準備でにぎわう王都で、五人のうら若き女性がさらわれた。……衛士長、これを」


 連続失踪事件も今でっち上げた。


「こ、これは! ここにある家名は! 聖剣の封印を解くために選ばれる女性たちは、みな魔神の画策によって家系を操作された一族であり、誘拐されたのはみなその一族だと!?」


 マジで? 直すのがおっつかないんだけど。


「まさか……まさか!」


 今度は兵士長バランさんが呻き声を上げる。


「カーシャ! カーシャ=キルヒス! キルヒスの家系もか!」

「応よ」と、サラはローブを翻す。

「……ばかな」ガーランドが何度目かの呻きを漏らす。


 ああなるほど、そういうことか。僕は先回りしてこの物語でのつじつまを合わせる。しかも、いなかったように思わせて、実はこの場に騎士見習いのカーシャも同席していたようにいきなり登場させる。


「私も誘拐の対象だったと!?」


 こんな感じで。


「問題はその先です、おじさま」

「こ、これは!」


 今度こそ、皆が彼が持つ書物に目を落とす。


「大聖剣の封印を解くための生贄、絶望で堕落させる聖女の名が――ア、『アリシア』!? ……まさか、まさか……」

「各地の聖剣を抜き放ち、瘴気爆発でこの国を滅ぼし、魔界侵攻の足掛かりにしようとしていた魔神は、まだ生きています」

「な、な、なんだってー!?」


 お約束。


「そう、犯人はこの中にいる!!」


 人生に於いて言ってみたい台詞のうちひとつだろう。やりきった顔でサラシロエはびしりと腰に手を当て、前髪をファサっと掻き上げる。


「だ、誰が犯人……犯人? 魔神……なんだ!?」


 街の治安を守る衛士長は声高に問い返す。受ける名探偵は皆の周りを歩きながら語り始める。これもスタイル。


「古より陰謀を練り上げ、人の世に紛れ込み、この館で虎視眈々と侵略の機会をうかがっていた悪鬼羅刹。――魔神ガーランド、犯人はあなただ!」

「嘘ぉおおん……」


 訂正。

 たぶん彼の生きた年月に於いて、いまのが一番の間抜け声だろう。


「これが証拠だ。喰らえ、呪縛魔法!」


 サラが高らかに呪文を唱えると、紫電が鎖となってガーランドを大地につなぎとめていく。恐ろしいまでの威力は僕が書いてます。ネーミングセンスはシロエです。


「ぐあああああああああ!!」

「こ、これは!!」


 徐々に巨大な狼へと姿を変えていくガーランド。魔神の本性がこうも簡単にむき出しになるも、その力は一般人ほどもなくなっている。というか、邪魔なのでなくしておいた。


「馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿な! なぜだ! なぜだあああああ!!」

「ガーランド一族は、魔神だったのか」

「正しくは、彼ひとりの犯行でしょう。なあに、力を取り戻す前なら、ほれこのとおり。封印の箱に固めてしまいましょう」


 キューブ状に力場を作り、その中へとガーランドを封じ込める。それはみるみる小さくなり、片手でつまみあげられるほどの大きさとなり、ばしゅんと音を立てて唸りが収まっていく。


「さあ、尋問するも処刑するもご随意に。後はそちらの管轄だろう?」


 サラがぽいっと放り投げると衛士長ははっしと受け取り、「うむう」と唸りながらも敬礼一発、「ご協力感謝します」と部下と引き上げていく。


「アリシア……」


 バランが義理の娘を抱きしめる。


「お義父さん」

「すまん、あんな男に御前を嫁になどと……」

「ううん、いいの」


 ……ん?


「ふふ。驚くのはそれだけではないぞ」


 いっしゅん違和感を感じたんだが、シロエ――じゃなかった、サラがそう切り出したのでまだ何かあるのかと魔筆を持ち直す。


「魔神が仕掛けた最後の最後、アリシアの生みの親が記されていますよ」

「ええ!?」


 天涯孤独、バランに育てられたというアリシア。

 そうか、ここで明らかにするのか。


「キ、キルヒス! まさか、アリシアは、わがキルヒス家の!?」

「うむ、あなたの妹だ、カーシャ=キルヒス」


 風雲急を告げる。

 家系の謎がつながり、こうしてこの物語せかいに於いてここで血の繋がりが明かされることになった。

 天涯孤独と思っていた、つまり最初の絶望を植え込まれていたアリシアに、安堵の笑顔が生まれる。


「これにて落着かな?」


 僕がそれを眺めていると、サラがシロエの顔でやってくる。


「こんな終わらせ方でいいのか? 案外シリアス方向だと思ったんだが、少年探偵コメディになってるな、このノリは」

「いいんだって。解決するのはアリシアの謎。お話の方向性ではないんだからね。……しかし、シリアスなキャラクターをジャンルで揺さぶるというのもありだな」


 ともあれ、完結を見るかどうかはもうちょっとだけはなしが続いたところにあるようだった。





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