第15話『好奇心をくすぐって危険な橋を渡らせよう』

 連れだった三騎が横並びに進める道からしばし。それなりに手入れをされている道を進むと、右手はこの先へ進む街道への枝道、左手はなだらかな下り坂。


「こちらにいくと、川辺へと出られます。うちの館ふたつ分くらいの崖を見上げられますよ」


 その通り。

 この道は少し南の小道を強引に繋げたものだが、普段利用しない、生活に馴染みがないガーランドには違和感を与えない。


「崖といったら上の方へ出るかと思ったら、下の方だったのか」


 ぼそりと呟くサラ。


「『崖』と聞くと、どうしても落ちちゃいそうな方から思い浮かべるよね。切り立った崖、って書くと下の方かな? って思って貰えるけど、わりと表現には気を遣うかなあ」


 そうサラに呟く僕は、実は彼女の馬のお尻のとこにあぐらを掻いて座っている。普通ならすぐに落馬する場所だが、なんか知らないが安定して乗ってられる。楽屋裏というか作者目線って凄いな。


「崖っぷちとかだと、落ちそうな方をイメージする」とサラシロエ

「単純に追い詰められた場合だと、両方ありうるものなあ。……今回は地層を見るわけだから、見上げる場所の方が都合がいいだろう。水、川の浸食で削れたような場所を用意した。どの程度かは、適当だよ」

「うわあ」


 うわあ言われた。

 大丈夫。キャラはそこまで気にしない。なにせ、描写しなければいいのだから、楽だ。そう、してはいけないといっても過言ではない。いわなきゃ想像してくれるし、いったとしても「この世界ではそうなんです」と言い切る図太さが必要なのだ。

 そこを気にさせるように書いてはいけないという意味もある。


「水の音ですね」

「川辺に出ます。このまま北に回り込めば、日の当たる斜面に綺麗な切り立ちを見上げることができます。足下が悪くなります。馬に水を飲ませがてら、少々きついですが徒歩で参りましょう」


 アリシアにそう促すと、ガーランドはむわっとする水気あふれる川辺、その砂地の溜まった比較的足場のよいところで馬を留めると、彼はふたりを促して降りる。

 乗馬服姿の三人はそのまま砂地を進み、砂利混じりの湿った川辺を北に進む。常考えるなら手入れのようなものはされていないのだろうが、進んでもらわないと困るから邪魔な倒木や岩の類いは排除してある。


「ここですね。というより、このあたりからですね」


 と指し示す東側の壁は、なだらかに隆起した比較的真っ直ぐな岩肌。徐々に北に回り込むと見上げるような岩壁なのだが、白褐色のそこには比較的見やすい縞模様が確認できる。


「崩れた土の層が覆っているけれど、ほら、あのあたり」


 サラ=エンティマイヤが指し示すところは、よく見ないと分からないが白っぽい層。小石でできた層と砂でできた層、そして粘度でできた層などが重なっている場所だ。


「火山の石土とが水の浸食と相まった年代は、このような土が層を成す。ここからは、混ざった小石の角も丸いし粒も小さい。水による摩耗だ。粘土層も程よい水気の賜物。――あっちのほうは? っと、たぶん小石の角もとがってるし粒も大きそうだ。全体的な白味は火山灰だろうね」


 単なる火山灰ならこの山が火山である説明にはならないが、年代的に近場に火山があったことは説明できる。たとえば王城の山とか。


「……なるほど、興味深い」


 じっと聞いていたガーランドが、「聖剣はひとつではない、か」と呟く。彼としては穴が多ければ圧力の分散を懸念するところだろう。もっとも、リアルの世界では結局のところ、王城の山からの噴出に留まったわけだから問題はないのだろう。


「人類が生まれる遙か前からあったのだろうな。気も遠くなるような昔の話だろう」


 この世界の人類史は分からないが、シロエがそういうなら層なのだろう。赤ちゃんなのに、何十億年も生きてるんだろうか。すごいスパンだな。


「ん~。おや?」


 と、ここでシロエことサラ=エンティマイヤが仕掛ける。


「なんかあそこ、不自然に断層ができてる。というか、巨石の断面か?」

「あらほんとうだわ。御影石のような黒さだわ」


 ちょっと退屈そうにしていたアリシアが興味を引かれたように食いついてくる。やや茫洋としてる彼女が食いついた理由は分からないが、いかにも人為的に配置されたっぽい形跡を用意したのには訳がある。


「あんなものが? 私は知らないぞ……」


 そうそう。このガーランドの呟きが欲しかった。あとこの顔ね。


「人工物、っぽいな。御影石といえば、封魔の呪術に用いられる媒体。もしかしたら、聖剣が本当に突き立つ領域へ降りる迷宮の一部だったりしてな」


 はははと笑うサラだが、その迷宮への入り口は僕がちゃんと用意してある。すごいよね、何でもありだ。


「……もっと北だろうか。いや、それともこの上からか?」


 ガーランドはこの姿でも人知を越えた力を宿している。しかし、魔力そのものを行使するには著しい制限がある。超人的な身のこなしはできるが、呪術的な探査などを行使するにはいささか本性を発揮するための力が足りないのだ。

 強力な悪魔だが、猫を被るための代償だろう。病巣とはそのようなものだ。気付かれず進行し、宿主が気付いたときにはもう遅い。そんなものだ。


「回り込んでみましょうよ。何もなかったら、馬まで戻ってこんどは上から調べてもいいですし」

「そうですね」


 アリシアの提案に乗り気なのはガーランドも同じだった。上手く乗せられたとばかりにサラも頷く。


「そんなに面白い話だったか?」

「だって、王城近くに古代遺跡よ? もしかしたら未踏派の迷宮があって、お宝が眠ってるかもしれないじゃない」

「ああ食いついたのはそこか。まあ確かにあってもおかしくないけど」


 と、サラがちらっとこっちを見る。

 はいはい。それらしいのも用意しましょうね。


「うかつだったな」


 ガーランドの呟き。

 だよね。そう思うよね。

 となると、アリシアたちを勝手に迷宮に向かわせたりできないだろうし、特にサラ=エンティマイヤという『何かを知る』魔術師をそこに赴かせることはできなくなる。

 ここに来て不確定な要素が出てきたら、確認せずにはいられないだろう。疑いもせずに疑う。作者のてのひらだ。


「この先が怪しそうだな」


 と、先導してるのはサラ。嬉嬉として付いていくのはアリシアちゃんで、そのふたりを視界におさめながら先を見回しているのがガーランドだ。相変わらずにこにことした優しい笑みを浮かべているのは長い年月で培ってきたポーカーフェイスだろうか。

 しかし長い年月人の世で暮らしてくると、やはり人に感化される部分はあるのだろう。擬態ともいえるが、かなり人間らしい枠組みの悪に変貌するのがこの手の侵略者なのだろうか。

 少し歩いたあたりで、見上げるサラが「あのあたりにアーチが見えないか?」と、ガーランドを振り向きながら壁面の一点を指さす。


「アーチ、ですか?」

「ガーランドさま、あそこです」


 草木に覆い被されるようなその壁面上部、確かにアーチ状の石材の名残が伺える。通路が分断されたかのような断面だろう。というか通路が分断されたものなんですよあれ。

 明らかに入り口っぽいアーチの奥底から木の根などが浸食してるが、人が入れない大きさではない。つまり、そこから入れそうだということだ。

 さて、ここで新キャラに登場してもらおう。


「そこで何をしておる!」


 鋭い声に、三人は振り向いた。背後には山歩き用の股引きに加護を背負った老婆の姿。近くの村落、山住の住民だろうと三人は見て取った。


「これはこれは。わたしはイシイス=ガーランド、怪しい者ではありませんよご婦人。友人らを連れて川辺の散策をしていただけですよ」


 しかし、ガーランドの名を出してもその老婆は態度を改めない。


「あの洞窟に近づいちゃなんねえ。あの穴っぽこは、地獄への入り口だ。埋めることもできねえからああやってほっぽってあるけども、上から降りて入ってったヤツは、大人も子供も、誰ひとり帰ってこねえ。悪魔が住む洞窟だ。近づくと呪いが掛かるぞ。はよ、ね! さ!」


 剣幕は鋭さを増す。

 いるでしょ? こう、推理ものとかホラーとかミステリーなんかだと、意味深な因習とかタブーを教えてくれる、ちょっと危ない系の生き字引的老人。それがこの人。

 近所の普通の村人なんだけど、魔筆でプスっと設定を変えてやって、一役演じてもらった。


「降りられるの?」とアリシア。


 よく見ると穿った足場のようなものが見られるが、ほとんど朽ちている。取ったのかもしれない。そこは決めてないけど、何かしら奉ったあとのようなものもそこかしこにある。よくよく見なければ気がつかないだろう程度には見つけにくい。


「貴族さまやお嬢さんがたが入っていい場所じゃネェ。あのあなっぽこの下から見るのもあかん。見ただけで死んだ子もいるでな」

「見ただけで?」


 問い返すアリシアに老婆はつかつかと近づくと、見上げるように睨み付けると「そうじゃよ」と先に立って歩き出す。そこはその洞窟の入り口の真下、その数歩手前くらいだろう。


「あっしの兄が死んだのが、このあたり。キュっと息をしたかと思ったらばったり倒れてそのままだったらしい。一緒に遊んでた坊主たちが見上げたら、あのあなっぽこから黒い霧とか煙がでてたそうじゃよ」

「毒の気体か」


 老婆の言葉に、サラはガーランドに聞こえるように呟く。


「あながち、的外れではなかった様子。――アリシア?」

「なあに?」

「暇だから覗きに行こうと思ってないか?」


 サラのツッコミに老婆がため息をつく。


「地震がなければ、危なくはないだろうよ。村の者が何度か黒い煙を見たが、みんな地震の後だ。地面の底で、悪魔が寝返りでも打ってるんだろうて。おお、怖い怖い。……中がどうなってるかわかんね。帰ってこないのも事実。変なこと考えちゃなんええ。ヤブヘビになるでよ?」


 そういうと、老婆は「ふん」と鼻を鳴らして引き返していく。

 なんだったのだろうという顔をしている者はいない。ふたりは思案顔で、サラだけはやる気の顔だ。

 そらまあ、そうなるよね。

 探偵だもの。

 ファンタジーに探偵職がどう動くか疑問だったが、こうやって好奇心をくすぐってキャラを動かすにはもってこいかもしれないなあ。ああ、機会があったらそういう作品も書いてみたかった。……というかもう詐欺師の類いだな探偵ソレ


「収穫祭まで間がありますし、どうかしらサラ」

「なにがだ?」

「洞窟探検とか」

「いけません。お預かりしている大事なお嬢さま方を危険な目には合わせられません。ここは、しかるべき者たちに調査を――」


 と、さすがに制したガーランドだが、ふと彼を見るふたりの視線に気がつく。


「冒険者の経験もある名うての戦士と、魔術師のふたり。問題があるだろうか」

「装備さえあれば、ねえ」


 うふふ、とアリシアが微笑む。

 確かに、頼むとすればこのふたり以上の人材はなかなかにいないだろう。それに、いまは王都のアレコレが忙しい時期、余分な人員は確保できまい。

 そうなれば「またの機会に」とか「あとにしましょう」といった具合になるのだが、好奇心は待ってはくれない。そうなると、自分の目の届かない場所で探られるのは危険であるし、なにより悪魔魔神の子を孕む大事な大事な娘を死なせるわけにもいかない。

 強引な手も使えぬとなれば、答えは限られる。


「男である私も行きましょう」

「あら、ガーランドさまは文官の長。さすがにいけませんわ」

「そうそう。装備だけ用立ててくれればあとは我らだけで済ませるというもの。なあに危険があればすぐ撤退する。魔法王国の魔術師、金の飾緖を信じては頂けまいか」


 そういわれると、いかんともしがたい。


「魔術師はみんな変人だから、信用しろと言われてもねえ」

「ここに来てそういうかお前」


 いうよね、アリシアちゃんなら。

 さて、ここでもうひとつエサを撒く。というか置いておく。ほれ、シロエ――じゃなかった、サラ、気付け。そこ、そこだって。


「おや? これは――」


 洞窟の真下に落ちていたそれをヒョイとサラは拾い上げる。

 表面は汚れ程よく酸化が進んでいるようだが、しっかりとわかるそれ。白く、鋭かったであろう牙のようなもの。


「なぜそれが……」


 拾い上げるそれを見て、ガーランドが呻く。

 獣の牙ではない。

 大型の獣のものでもここまで大きくはないだろう。

 彼だけは知っている。そしてシロエと僕も知っている。ガーランドなら感じられるだろう。

 それは、魔獣に戻ったときにへし折られた君の牙だよ。

 いま、設定を掘り返して魔筆ナグルファルで作った。おかげで創作魂をわりと持っていかれたが、かまわない。


「魔獣の牙だな。それも、恐ろしく強大な」


 見上げるサラ。その視線はふたりの意識を促す。


「いるな、あの奥に。なれば放置はできまい」

「そうね」とアリシアも表情を引き締める。いっぱしの――いや、カーシャにそっくりな凜々しい顔つきになる。やっぱ姉妹なんだな。


「なぜ、これが」


 ガーランドは呻く。

 これは放置できる問題ではなくなった。なんとしても自分も調査に乗り出さなければならない。


「すぐに準備をしましょう。王都には、私が一報を打ちます」


 知らせるつもりはないのだろうことは分かる。冒険の準備だけ済ませる気だろう。

 三人はそのまま馬留に戻り、すぐに館へと引き返していく。


「さて、僕は僕で少し洞窟の中を作っておくかなあ」


 でも気がつかれないものだなあ。

 人が通れる大きさの入り口の下に、巨大な魔獣の牙だよ? 通れるわけでもないし、ましてや牙をたたき折れるほどの戦士がいると思うのかね。

 いやあ、思わないんだなこれが。

 好奇心、キャラを殺す。

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