第14話『散策しながら作り話を披露しよう』

 いやはや、ベランダに出るや風光明媚とはこのことかと嘆息する。緑多き郊外、その小高い山から望む王都は視界いっぱいに広がっている感じだ。都市部の広がりとしては、規模こそ違え僕の知る都会に似ている気がする。


「すごいな、まるで街を掌握してるかのような気分になる。あの山が王城で、ううむ、川に沿って南北に広いのがよく分かる」

「こんなに素敵なお屋敷に招かれるなんて。……使用人の方々は少ないようだけど」


 それはね、登場人物は少ない方がいいからなんだよアリシアちゃん。

 しかし館の運営は滞りなく行くんだ。そこは気にしてはいけない。

 ともあれ彼女らは割り当てられた部屋に荷物を置き、広いベランダから一望できるそれに嘆息する。やはりいい景色、それに風。晩夏初秋の香りのする爽やかなものだ。


「失礼、お嬢様がた」


 そこに控えめなノックがされる。

 ふたりが「どうぞ」と応えると一拍おいてガーランドが顔を出す。


「お部屋の方は気に入りましたか? 何か要りようなときは先ほどの者に申しつけてください。近くにある使用人の控え室に届く、そこのハンドベルを鳴らして頂ければすぐに来るでしょう」


 楽器演奏で使うような大きいものじゃなく、婦女子が摘まんでチリンと鳴らす可愛らしいものが用意されている。

 備え付けの棚には弱めのお酒が並び、ポットには水が満たされている。お茶などはキッチンで煎れなければならないだろうが、それは『申しつけてください』ということなのだろう。


「明日は近場の森を散策いたしましょう。夏も終わり、秋の息吹が文字どおり花咲く丘がございます」

「それはさぞ美しいのでしょうね」


 アリシアの言葉に「それはもう」と頷くガーランドだが、この爽やか好青年の中身は命を吸い取ることしか考えていない悪魔なのはよく知るところだ。……ううむ、こうして創作物の登場人物キャラクターを間近で見てると、そら恐ろしいものがあるな。こんな凶悪な存在が指呼の間合いにいるなんて、事実を知ってたらとてもじゃないが平静ではいられないはずだ。

 かつてはリアル。しかし、今のこの物語は限りなくノンフィクションを原案にした限りないフィクションだ。


「歩きでは少々堪えます。馬を用意しますが――」


 と問うのは婦女の足下を心配しての言葉だろうが、乗馬の経験を問うものに他ならない。この悪魔、本性を明かさぬことにかけては特級だ。異界の侵略先兵としては有能な方だろう。


「用意する馬の数が二頭なら心配はない」


 サラは肩をすくめていう。


「なるほど」


 と、ガーランドもその意を汲み取る。

 二頭なら、どうせ馬の扱いに長けたガーランドの後ろにアリシアが乗るのだろう。サラが言うのは「自分は乗れる」という返しだ。当のアリシアは首をかしげているが、彼女もポヤンとした印象から伺えないが国でも随一の戦士であり魔術師だ、乗れぬことはないのをガーランドも知っている。


「三頭用意しましょう」


 それを聞き「いいんですの?」とアリシア。「軍馬は高価でしょう」と、割り当てられるのが軍馬と考えているあたりにサラも悪魔も肩をすくめる。


「サラなら後ろに乗せてあげられるわよ」


 そっちか。


 ガーランドも「はは」と苦笑する。頼れる男として見られるにはもう少し必要だろうな。僕にも経験がある。結婚までに費やしたあれやこれやは朧気ながらも覚えている。失敗したものは特に。

 それはそれとして、『アリシアのハートを射止めようと画策する悪魔の思惑を阻止する』のが大命題となる。


「………………」


 本来ならこの屋敷に呼んでいないサラがいることに首をひねる悪魔だが、呼んだことになってるのだから仕方がない。婦女子の警戒を解くには間に入る同性の存在は重要だ。それがなければ義父の許可も出なかっただろうと納得させた。

 いやあ、便利だなこの魔筆。リソースとスキルさえあれば世界を書くのも可能というのも分かる。すっごく苦労するだろうけど。


「ではごゆっくり。私は少し街に戻り、所用を済ませて参ります」


 馬の手配もあるのだろう。

 僕が急に思いついたプランに辻褄を合わせさせるのは、キャラに勝手に動いてもらうことで次の話を整えるために他ならない。文章稼ぎと言わないで欲しい。欲しい。うん。

 そして部屋を辞した彼を見送ると、ふたりはとりあえずお茶にする。ベルで使用人――気を遣ったのか、女性だ。さくっと調べたが、総て人間で五人ほど。過不足ないだろうが、悪魔が紛れていないのがいかにもガーランドらしい徹底ぶりだ。


「む。高級茶葉というヤツかこれは」

「おいしいわよね。たまに頂くわ。ここまで美味く煎れられないけれど」

「アリシアはガーランドと結婚するのか?」

「その話? ううーん……」


 考えるそぶりが、こんどは深い。

 その仕草から「ああ、これは乗り気ではないにしろ、乗らなければいけないのではないかと思案してる顔だ」ということをサラ――シロエは読み解く。

 彼女の中に魔筆の力を加味して書き込んだ名探偵のスキルは、その推理がアリシアの、この物語の意に沿うならば的確に射るものになっている。


「政略結婚なのかもなあ」


 と僕が呟くが、聞こえるサラだけが「邪魔をするな」とばかりに目配せをしてくる。場所シーンを外せとい目がいってる。ふたり水入らずで話したいのだろう。それがたとえサラとアリシアの間柄によるものだとしても、シロエの知らない彼女の残滓から伺える魂の思い出との対話だ。

 ここは若い者に任せるとしよう。

 僕はそのシーンから離れ、魔筆を使い次の場面へと切り替える。

 夕食のシーンは飛ばし、森と丘の散策へと飛ぶことにしよう。

 それじゃあ、ごゆっくり。

 僕には一瞬だけどね。




***




 いい天気だった。

 葦毛の三頭にそれぞれ騎乗したサラたちは、みな乗馬服だった。ああしないとお尻が痛くなるらしいし、服も傷むとか。ちょこんと後ろに乗るならまだしも、ワンピースで乗るもんじゃないのは僕にも分かる。

 ガーランドが街に戻ったのは、乗馬服を女子ふたり分用意する目的もあったのだろう。気が利くヤツだ。


疾駆はやがけしたい気分です」


 アリシアは上機嫌だった。もともとがああなのだろう。だく足で先行しながら大きく息を吸い、楽しんでいる。自由気ままに駆け回ることができた子供時代から大人の仲間入りを果たした去年。彼女は将来を戦士でもなく、騎士でもなく、魔術でもなく、誰かを支えるための淑女才女としての道を選んだ。

 道を選ぶことを決めた。

 そこが、ひっかかる。


「ベランダからも一望できたが、この山間からの景色もまたいいものだな」

「でしょう」


 魔術師的な尊大な言葉遣いを気にするようなガーランドではない。サラのその言葉に首肯すると、景色とは違う思惑を胸に悪魔はもう一度「いい景色です」と頷く。

 彼の目には、熟していく果実のように見えているのだろう。この王国は世界的に見れば小国だが、この国から広がる悪魔の侵略は国どころか世界を滅ぼしたらしい。アリシアの一件は引き金だが、ぽっかり開けられた地獄の門からは、その後も先兵だけではなく本隊も侵略に赴いたことは想像できる。門も、ひとつだけでは済まなかっただろう。

 まさに、病巣そのものだ。


「何を話してるの?」

「わたしが殿方と話してると、やはり気になるかアリシア」

「そうねえ。あまり楽しいお話しができるとは思えないものねえ」


 言いおる。

 だが、サラはコメントを控えるガーランドに「では、ひとつ昔話を披露しよう」と仕切り直す。


「昔話ですか?」


 昔話にかけては引けを取らないガーランドが興味深げに伺うと、サラは名探偵の顔で「然り」と一望する王都を指して話し始める。


「かつて聖剣を打ち立てた山に城を建てた。更にその昔に、気が遠くなるほど昔に、あの山の地下には地獄の門があったという」


 動揺が、かすかに悪魔を揺らす。


「地獄の門?」とアリシア。

「そう。これはに残った文献を見て知ったんだが、なかなかに怖い伝承が記されていた」

「その伝承とは?」と、これは興味深げなガーランドだ。


 サラ=エンティマイヤはシロエの胆力で「神隠し」とニヤリと笑い、名探偵平安名光太郎の口調で語り始める。


「実にその中腹より人の手が造りし迷宮へと入り、数万丈の奈落を降りた先に、魔神の手が作った地獄門があるという話。――聞きたい?」

「そんな話、聞いたことないわね。私がお義父さまから聞いたのは、悪い悪魔を聖剣で突き刺した勇者が、その監視を兼ねて王城を建てたのが王朝の始まりっていうやつ? みんな知ってる建国譚くらいだけど」

「――――」


 具体的な話に、魔神は聞き入った。

 人の手の迷宮――迷宮ではないが、かつての人類が作った遺跡だ。

 数万丈の奈落――かつて自分が這い上がってきた魔界からの路だ。

 魔神の地獄門――言うまでもなく自分の故郷へ通じる異界の門だ。

 無視できる内容ではないだろう。

 彼が歴史の闇に丁寧に覆い隠してきた事実。聖剣の話を基にしたフェイクを使い、長い年月をかけて隠蔽してきた事実。王朝が始まる遙か昔から仕掛けてきた発端が、魔法王国に伝承として残っているとは。

 無視できる内容ではないのだ。


「カビが生えて朽ちかけた取るに足らない作り話だろうが、まあ面白いといえば面白い。まず、王城のあるあの山は、かつては火山だったらしい」

「火山? あの火を噴く?」

「そうだ、その火山だ」


 まさか~と笑うアリシアだが、ガーランドは思わず手綱をきゅっと握りしめてしまうほどだった。「何故知っている」という顔だ。地質学を心得ているなら判明しようものだが、そんな学者が国のことを調べることは許していなかったし、そもそもそのような系統だった知識を持ってるものはいなかった。


「山肌に残る土と、隆起沈下からできた断層から見て取れる。火山灰や溶岩の名残は石材の掘削搬出で多少は明らかになったらしい。あながち嘘とは言えまい。数万丈の奈落とは溶岩の流れ出る道だろうし、魔王の象徴こそ噴火なのかもしれない。聖剣を打ち立てたのは休火山になった理由付けかもしれないが、王城を建てたのはどんな意図があったのか分からん」

「そうなの?」

「火山といえば、なんだ?」

「硫黄かしら」


 才女アリシアはすぐに答える。


「温泉、硫黄、そして磁鉄鉱。火山の特色は色々なものから名残で見られるけど、この国にはそんなものないわよ? 休火山でも温泉とか出るだろうし」


 休火山は休んでるというだけで、あくまで地表に出ないだけで、溶岩などは地中で元気に活動をしている。サラが完全に活動していない『死火山』ではなく『休火山』といったのをアリシアは指摘したのだ。


「聖剣で蓋をされてるだけで、硫黄の瘴気も火の力も、地下で解放の時を待って圧力を高めている。その爆発力で地獄門を開き、この世界を支配しようという陰謀を企てる悪魔がいるというのがの出だしだ」

「そのような話が……」


 ごくりと息をのむガーランド。あくまでも喉が渇くくらい緊張するんだな。覚えておこう。


「心配しないで欲しい。ただのおとぎ話。聖剣を抜くと悪魔が復活するから、決して抜いてはいけないという、休火山ということを忘れるなという教示。を捧げることで聖剣は抜くことができるので、悪魔は国中の悪い子を探し出し、生け贄として地下に連れ去ってしまうという、神隠しの話が主題だ。よくある、悪い子を言い聞かせる親が使う脅し文句のひとつだったのだろう。それが残ってたというだけだ」


 おほんと、咳払い。


「どうだ、面白い話だろう?」

「内容はともかく話し方が面白くないわね」とアリシア。


 シロエ、長く生きてるらしいけど話すのあまり得意じゃないんだろうなあ。赤ちゃんだし。多少他の人格スキル背負ってるからだろうか説明が説明口調なんだろうな。

 面白く何かを伝えるのは難しいんだよ。いやほんと。


「ははは、悪い子は悪魔が連れ去るですか。確かに、子供に聞かせる話の類いなんでしょうね」


 ガーランドは焦るような事柄ではないとばかりに仕切り直す。

 が、そこは名探偵の言葉が許さない。


「聖剣は一本ではないらしい」

「え!?」

「は!?」


 ふたりは驚く。


「火山に噴火する穴が一個って決まりはない。というか、噴火する穴が盛り上がって山になるから火山なんだ。地盤が押し上げられてできる山とはチョイと違う。お前の悩んでたニキビみたいなのが火山で、下っ腹のたるみが普通の山だ」

「そこは胸っていいなさいよ」


 寄せて上げてるのだろうか。

 あ、薄い竜に凄い目で睨まれた。詮索はやめとこう。


「私の見立てでは――」


 名探偵平安名光太郎は、得意の当てずっぽうを披露する。


「この山も火山――休火山ではないかと推理するね。どうだろう、散策を兼ねて地層巡りというのは。この灰色の脳細胞に詰め込まれた雑な知識を披露できるなら、退屈しのぎにはなると思うけど?」


 シロエの笑み。

 アリシアは「それもいいけど、まずは丘でしょ?」と冷静だ。


「いやはや――」


 ガーランドが笑い飛ばそうとするが、先手を打つ。


「この先には切り立った崖がありますなにもありません。少し降りればのぼれば見ることができるでしょう」


 言わせないんだなこれが。

 花畑に行く道と、切り立った崖と川辺に行く道を僕があらかじめ用意しておく。彼女の推理を裏付けるのは、いつだって作者の筆一本だ。


「時間もあるし、見ていくとしよう」


 サラは先導するように進む。道を知ってるような歩みだが、実際知ってるのだから仕方がない。しかもふたりはそれに付いていく。不思議とも思わずに。


「さて、仕掛けていくかな」


 僕はシーンを先回りした。

 ご都合主義、ここに極まる。

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