第13話『館までの車中で雑談をしよう』

 送迎といえば豪華なリムジンというイメージがあるけど、ファンタジー世界に於いてはやはり馬車だろう。にぎわう街道を縫うように二頭立ての馬車が小ぢんまりとしてるがしっかりとした籠を引き轍を刻んでいる。


「ほんとうに、お金があるところにはあるものなのねえ」


 アリシアが普段着のまま、場違いに高価な馬車の籠に揺られているのを客観的に見て呟いたのがそれだった。


「そんなものかねえ」


 サラはあっさりしている。

 ガーランドが迎えに寄越した馬車に揺られること、小一時間だろう。遠目に王都を望む山道に入ると、馬車は斜面を蛇行するように上る坂を進み始める。このあたりからやや揺れ、がたごとと音も出る。


「ところで、そのガーランド卿から結婚を申し込まれていると聞いたが、受けるつもりなのか?」

「耳が早いわね」


 御者が聞き耳を立てている心配もない。サラ=エンティマイヤことシロエはざっくりと聞いてみる。


「魔術の腕を見込まれたみたい。あと、王宮での御前試合の結果を見て、『その技量で支えてもらいたい』って、正式に挨拶にいらっしゃったわ」

「……まんざらでもない?」

「イシイス=ガーランドさまは、とても素晴らしいお方よ? 武者修行時代から援助もしてくださったし、お義父さまやおじさまもしっかり支えてくださってるし」

「金持ちだしな」

「ふふ、そうね。優良物件ってやつ?」


 揺られながらもアリシアは苦笑する。


「お義父さまも、喜んでくださったわ。男勝りで頭でっかちな娘の貰い手がついに見つかったって。失礼しちゃうわよね」

「娘を娶ろうとするオトコに対して、男親は断固殺意を燃やすものと物の本で読んだことがあるのだが、そうじゃないのか?」

「サラのお父さんも、あなたを嫁に貰う殿方がいれば、頭を下げてでも逃がさないっていってたわよ?」

「どういう意味だ?」

「それだけ嫁の貰い手にならないと思ってるんでしょう?」


 あっはっはっはっはっはっはっは。

 わかる。

 中身シロエだもんな~。


「ぶっ殺す」


 ごめんなさい。


「もう、相変わらず口が悪いんだから。……でも、反対してくれるとは私も少し思ってたなあ。お城でよく仕事する間柄だからかもしれないけど。でも、カーシャは『気に喰わない』っていってたなあ」

「人を見る目があるな」

「もう、あなたまで」


 いやま、ぶっちゃけ正体を知ってるからなあ。

 あとはいかにしてこの物語に於いて、この恋路? っぽい縁談をご破算にするかだ。クロエ先生もシロエ同様にガーランドの殺傷による排斥を考えてた形跡があるが、それはたとえクロエ先生の著作物であろうとも、大本のキャラクターたちが許さないだろう。

 作者って意外と万能じゃないのよ。

 特に史実に沿って創作する場合なんかは縛りが結構ある――らしいよ?


「しかし親友が体を許す相手だ、じっくり吟味せねばなるまい」

「か、体を許す!?」


 シロエの目がいやらしいなあ。そらアリシアちゃんだって胸を隠して内股になるよ。赤ちゃん竜のくせにえげつないエロ本とか読んでるからなこの子。


「そりゃあ子作りくらいするだろ。何言ってるんだアリシア」

「目がやらしい! 言い方はそっけないけど!」

「しないの?」

「そりゃあ、結婚したら……するの……かしら。サラは経験あるの?」


 いるわけないだろ、父親にあんなこと言われるくらいだぞ? な~んて思っても口には出さない。怖いから。


「ないなあ、たぶん」


 サラの答えはきっぱりと。ただ語尾は小さい呟き。


「安心しろアリシア、カーシャも蜘蛛の巣族だ」

「蜘蛛の巣族って?」

「あそこに蜘蛛の巣が張るくらい出入りがないという言葉だ」

「ひっどい……」


 でも頷いてるあたりアリシアもなかなかになかなかだ。


「とまあ順当にいけば嫁の貰い手がいるのはアリシアだけだし、するだろう、子作り。な? だから殿方の素性や趣味嗜好は徹底的に暴かんといかん。親友の相手だからな。こういうことは

「魔術師ってそんな仕事もするの?」

「魔術師による」


 平安名光太郎、職業――名探偵。

 まあ名探偵たらしめているのは僕が書いてるご都合主義に依るところが大きいんだけど、今回は大いに猛威を振るってもらおう。

 シロエが追い込み、僕がその裏付けを設える。

 捏造ともいう。物語が許す範囲でね。


「さあいったいどんな秘密があるかなガーランド卿に。ふふふ、腕が鳴るわい」

「悪趣味じゃない?」

「止める?」

「止めないけど」


 やっぱりこの子、なかなかになかなかだな。

 そんな中、馬車はだんだんと山林を縫う道を上り、ついには山間の館を臨むところまで来る。けっこう大きい屋敷だったはずだが、小ぢんまりした館に改造してある。あんまり大きくてもどうせ物語に出てこないし、使わない設定は作らないのがリソースをうまく使う手だ。


「みえてきたわ。あそこね」

「なんだ、行くのは初めてか」

「そりゃあそうよ、いままで殿方の家に泊りがけで行くなんてなかったもの。さすがに成人するまでお義父さまだって許さなかったし」

「で、この一年、猛烈な口説きに合ってるってわけだ。これは私をダシに呼び出し、収穫祭までに決めようって魂胆だな」

「そ、そんな、困る……」


 困るよなあ。

 でも強引なアタックもサラという防波堤があるせいか、少しばかり余裕があるのだろうか、うれしくないわけではないみたいだ。

 女心は分からん。

 やがて馬車は邸宅の車止めに入ると、御者が静かにドアを開ける。


「ようこそ、お嬢さまがた。ごきげんよう、アリシアさん。そして……初めましてかな? サラ=エンティマイヤさん」

「そうでもない」


 サラはシロエの顔でそういうと、ふふんと笑う。

 メタなやつめ、それはだめだ。

 なので、少し魔筆で設定を弄る。


「そういえば以前、魔術討論の会でお会いしましたか」


 ガーランドが、はたと思い出す。いま僕が脳に書き込んだんだけどね。

 シロエがむっとしてるが無視だ。


「それでも何年振りか? まあアリシアのおまけのようなものだ。おまけだが、恋敵の顔くらいは拝んでおきたいと思っていたのだ」

「こ、恋敵!?」


 と、これはアリシアの狼狽。


「アリシアは大事な親友だからな。ろくでもない男だったら私がもらうと覚悟しておいてほしい」

「これは手厳しい」


 はははとガーランドは人間の顔で笑う。好青年だなあ、悪魔だけど。いや、いっそここで滅ぼしたほうが楽だなと僕も思うくらいあくどいなこいつ。ちっともアリシアを誰かにとられるなんて思っていない顔だ。


「では収穫祭が始まるまでの数日、わが屋敷でごゆっくり。部屋はいくらでもありま…………ん?」


 おっと。

 僕はガーランドの脳に魔筆をざくっと。魂のインクを流し込み、認識を書き換える。


「…………本宅とは違い、部屋は限られていますが。まあ、ごゆっくりしてください」


 首を傾げる悪魔だが、魔筆にはかなうまい。なんてったって、お前の設定はすでに最終形態ですら僕の掌の上なんだからなあ。かわいそうに。


「荷物をお運びしましょう」


 ガーランドは使用人に促すと、改めて一礼。


「ようこそ、わが山の別宅に。歓迎します」

「お招きいただきありがとうございます」と、アリシアも一礼。

「ふむ。では時間もあるし、いろいろと楽しませてもらうか」と、こちらはサラ。中身がシロエで、背負ってるのが変人名探偵の設定だ。始末に負えない。僕のキャラだけど。


「いやあ、どんな事件わくわくが起きるかなあ。たのしみだなあ」

「もう、おきないわよッ」


 アリシアがたしなめるが、起きるんだなあ。

 起こすんだなあ、僕が。

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