第12話『名探偵と親友と泊まりがけの小旅行をしよう』

 収穫祭が賑わうのは、王都の外側から農村部にかけてだった。もともとは島ではなく大陸の北部に位置する広い国土。そのほぼすべてが同じ時期に盛り上がる。

 離れれば離れるほど温度差が出る代物かと思ったら、そうでもない。なにせ「収穫祭に掛かった費用は経費」という扱いらしく、地方ほどなぜか派手になるという傾向が強い。寒村であっても地方領主が経費を割り振ってまで派手に行う。

 そこで貧しい村々はここぞとばかりに、厳しい冬を乗り切る。盛り上がるほど冨が再分配される仕組みのようだった。

 このしくみの考案者はインヴィス=ガーランド。歴史的にはあの彼の先祖らしいが、実際の所は彼本人だ。幾世代も自分を重ね、馴染んでいるのはさすがといったところだ。


「でもなんで王国に活気を与えるようなことをするのだろう」


 いま隣国、海を越えた魔法王国から潮の流れに乗り、東の港に空砲鳴らし着いた一艘の舟がある。潮風にも頼らずに進むことが魔力によって可能という戦艦で、この世に一艘の大巨艦だ。そこから上陸用の小舟に乗りつつ物資と共に王国に降り立ったサラ=エンティマイヤが大きく伸びをしながら僕に話しかけてくる。中身はシロエだ。今回は見た目も物語に合わせたサラのものだ。


「僕は半分楽屋裏だから、独り言話してるようなもんだけどいいのかい?」

「魔術師はみんな変人だ、問題あるまい」

「サラってそんな話し方だったの?」

「尊大くらいがちょうどいい。魔術師はみんな尊大だからな」


 そういうものなの?

 しかしこの国民領民総出で喜べるイベントの立案者が、かの魔神ガーランドなんだから疑問に思うのも当然だろう。

 でも僕だって答えが分かるんだから、いまのサラシロエにならわかるだろう。


「よ、名探偵。そこは軽く推理してみたら?」

「む? ……ああなるほど、人間えさは多く元気であった方が美味いということか」

「さすが名探偵、平安名へんな光太郎」

「推理じゃない。思考をキャラに寄せたら下衆な考えが分かっただけだ。まったく人間というのは……」


 でた、「まったく人間というモノは」系発言!

 寿命が長く賢く大きい竜みたいな長老種がたまに言うセリフ。きっとシロエ(赤ちゃん竜)も、いいたかっただけなんだろう。かわいいね。


「サラちゃん、顔赤いよ?」

「おおおおお、っほおほほおゥ!」


 港で急に声をかけられたサラは奇声を上げる。帰省だけに。

 サラが帰郷するというので船を待っていたアリシアが、この人混みの中で親友を見つけて声をかけていたのだ。いや、僕は知ってたけど。


「アリシア! なんて可愛く育ったんだ……。やっぱり、お前に憂いの表情は似合わんな。脳天気な図々しさがなければいかん。うん、うん。ただいまだ、アリシア」

「ちょ、そんなにぐりぐり撫でないでって! なんかすごく私のこと好きすぎない!? んにゃー」


 大型犬を思い切り撫でてるような絵面だ。

 うらやましいなあ。僕がやったら事案確定だ。衛兵呼ばれる。

 サラは小柄な、金装飾が豪華な漆黒のローブを纏った少女だ。髪は深い紫、装いそのものは紺のワンピースに近いが、足の露出は……すげえ……ミニスカっぽい丈で、黒のニーハイソックスで固めている。足首まで革のブーツで鎧っている。ああ魔術師だなあって装いだ。鐔広の帽子被っていたら完璧ではないだろうか。


「まあ私も色々あったのだ。この一年、な」

「そっかあ。でもなんか口調が凄く偉そうじゃない?」

「魔術師だからな」

「そだよね~」


 ほんとに納得した。

 アリシアのほうは人妻時のようなゆったりとした服装ではなく、晩夏秋口に着るようなベージュのワンピースだ。生足にサンダルという町娘スタイル。いやはや美人だな。発育具合はサラより素晴らしいものがある。


「サラ、どこ睨んでるの?」

「いやなんでもない」


 こええ。


「ともあれ、ただいま。久しぶりだなアリシア」

「おかえり、サラ。あれから随分と腕が上がったみたいね」

「金の飾緖はマスタークラスの証だからな」


 そう、ローブの肩口に下げられた飾緖は金。魔法王国でそれなりのスタートラインに立たなければ受領できない代物だ。去年はペーペー魔術師だったが、いまはマスタークラス。どの国に行っても高級で召し抱えられる身分だ。

 しかし本場魔法王国では、そこがスタートライン。


「お義父さまはお元気か? バランどのは」

「はんぶん引退したとは言え、まだまだ元気。兵士長を継ぐ者が現われないから名誉職になっちゃったみたい。サラのご家族もお元気よ? 手紙が少ないっていつもぼやいてる」

「筆無精でね」


 さあ行こうと、ふたりは連れだって賑やかな街並みを歩く。港を抜け、屋台の流れを抜け、商店街を抜け、橋を渡り、郊外に近いなだらかな草原を望む平野へと降り立つ。

 彼女たちの育った地域だ。酪農家が多い。右半分はそれで、左半分は住宅街。その道を進みながら、話は弾む。

 設定の後押しが会話をスムーズにしているようだ。いやあ、口調ばかりは直してもよかったかもな、なんて思うけど。

 アリシアの家族は、育ての親であるバラン兵士長のみ。彼はいま仕事で城に行っている。

 サラ=エンティマイヤの家族は父親と、年の離れた弟。父はバランの戦友で魔法使い。魔法使いは在野の魔術師の総称で、彼は後ろ盾がない成り上がりの傭兵のひとりだったという。彼もまた城に赴いている。


「弟さんは元気よ。お姉さんと同じ魔術師になるんだって、魔都への留学を目指すために呪術街のお爺ちゃんに弟子入りしてるんだもの」

「あの糞爺、まだ生きてるのか。まあ腕は確かだが、可愛い弟に何かしたらおしおきしてやらないと」

「修行だけは真面目で厳しい方だったからねえ」


 アリシアもサラもまた、その老爺を師として魔術を学んだ経緯がある。トップはいつもサラで、アリシアは次いで二番目だった。

 アリシアは同じように王国騎士団を目指すカーシャと引退剣士の道場に通い合う中で、これはいつも鎬を削るほどの上位者同士だったという。

 文はサラ、武はカーシャ。

 そして文武両道はアリシアだった。


「今回はゆっくりしていくの?」


 自宅に向かいながらアリシアは「うちでお茶飲んでく?」と誘う。

 サラは頷き「そういうと思って、魔都むこうの焼き菓子を持ってきた。お土産に、そこの鞄の中にいっぱい入ってるからそれを食べよう」とニンマリと笑う。

 彼女からしてみたら、魂の影法師とはいえ、かけがえのない友人と話す大切な時間になるだろう。


「それはそうと、きてるのかい? アリシア」

「何の話?」


 さあ、選択肢だ。

 僕はこの収穫祭当日までの予定を、選択肢を増やし、捏造し、そっちを選ぶことで物語の流れを変えようと試みる。


「バランさん宛てに、イシイスの兄ちゃんからきてるんだろう? 家族を別邸に招待したいというお誘いが」

ええ、きてるわ。あの話ねきてないわ。なんの話?」


 ちょちょいのちょいと。

 アリシアは自分の発言がねじ曲げられたことにほとんど気がついていない。彼女の頭の中には、サラがいったようにガーランドからの別邸への招待の話がすり込まれているし、事実ガーランドは彼女とサラの実家に対してそのようなお誘いをしたことになっているのだ。

 いま、僕が物語を書き換えた。


「私たち姉弟も招待されている。バランさんやうちの父上は仕事なので、知己あるガーランド家に収穫祭の間お邪魔することになるみたいだ。収穫祭の間は親は警備に狩り出され、女子供しかいない両家、収穫祭で物騒なことも多い。なればこそのお誘い――だったな、確か」

「まあ、そうだったの? 明日からも一緒なのね」

「そうなのだ」


 嬉しそうなアリシアに、サラはにっこりと笑う。なぜ帰郷したばかりの彼女がそんなことを知ってるのかさえ疑問には思わない。そう、疑問に思ったら物語が始まらないからだ。

 ガーランドの別邸は、外れにある山間の中。橋ひとつで繋がった清閑な場所に建つ館だ。


「たのしい休日になりそうね、サラ」


 収穫祭までの休日。

 孤立しやすい静かな山の館。

 主は魔神で、策謀を巡らす悪。そこに、名探偵を背負ったキャラクターと親友が泊まりがけで遊びに行くのだ。


「何もないはずはない……よな? ふふ」


 シロエサラは笑う。それでも楽しいからだ。

 まあ密室封鎖エリア(になる予定の場所)に名探偵と来れば、ファンタジー異世界だとしても、そらまあコメディキャラの平安名光太郎だからこそ、起こるでしょ。

 事件が。

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