第11話『親友の少女に成り代わろう』

 物語の中で時間が急に飛ぶなんてことは日常茶飯事だ。なかなかに大雑把な範囲だが、クロエ先生が考えたのは恐らく『ガーランドとアリシアの結婚の阻止による、魔の孕みの阻止』だろう。範囲にして四年。


「ガーランドを滅ぼしてしまうのはどうだろう」


 シロエなどはこんな過激なことをいう。

 確かに魔が生まれ地獄と繋がった、あの王都に於ける真の魔神ガーランドでさえ設定を上書きしたシロエに倒されたのだ。この時期の猫を被りまくっているガーランドならば問題なく倒せるだろう。


「それは僕も考えたんだが、いきなりこの時代のアイツを殺しても、物語的に急すぎる。つまり、設定がそれを許さない。魔筆によって書き換えるコストはものすごいものになる」

「やってやれないことはないと?」

「登場人物がろくな説明もなくいきなり死んで退場したらどう思う?」

「駄作認定もやむなし。ギャグならともかく」

「な? 世界が許す許さないの気持ち、わかるだろう?」

「筆者って結構気を遣うんだなあ」


 分かって頂けますか。

 ともあれ、大まかな流れとキャラ設定、状況設定を読み込むと解決策が見えてくる。解決策というか、改稿案というか。


「シロエ」

「なんだ?」

「男になるつもりない?」


 あ、凄い顔してる。


「ガーランドの恋敵になってアリシアを奪う方向のほうが綺麗にまとまるんだよね。ほら、アリシア幼少の頃からの男友達がいただろう。彼と代ってこの収穫祭で告白・交際の流れにした方がナチュラルにガーランドも失恋だろう」

「ああ、去年こっぴどく振られたっていう、あの青年か?」


 好青年なんだけど、成人式を兼ねた収穫祭の行事でアリシアに告白。しかし玉砕という、なんともなアレなソレだった。


「ガーランドを上回るナイスガイに設定を上書きするのか? いやいや、一年の期間があるのだからそういう成長もあるだろう。彼に直接設定を上書きすればいいんじゃないのか?」

「それは容れ物が持たないんだ。シロエほどの竜が素体じゃなければ、たとえ魔筆ナグルファルといえども、もともと抱えてる設定以上のものは背負わせられない」


 文字通りキャラが崩壊する。

 世界ものがたりが許さない改稿だ。

 自分が構成したものならいくらでも無理は利かせられるし、納得させる状況に持っていくことができる。しかしこれは他人の物語。彼らの魂の答えを見つけるパズルだ。


「で、シロエに設定っけた方が早いんだけど、どうかなっておもったんだけど怖い顔して睨むからやめようと思いますハイ」

「わかればよろしい。TSモノだっけ? そういうモノに理解はあるが、自分がそうなるのは……なあ……」


 シロエが女の子だから悩んでる解決策がこれだったが、まあ断られるだろうなって思ってた。


「じゃあどうする? ……って、筆者がキャラにそう聞くのは野暮だな。シロエ、とりあえず女の子ならオッケーなのかな?」

「誰でもじゃないが、妥当なら吝かではない。……いっておくがニンゲンのオトコになれないわけではないのだぞ? ただでさえ竜の身をこうしてるだけで、他種族であることには変わりはないのだ」

「あ、そうだったね」


 性別までコロッコロ変えたら、それこそ本物のシロエのキャラクターを改変しかねない。自然に載せられるモノにとどめなければ矛盾が出るか。設定の矛盾は突かれない限り大丈夫だが、突かれたら壮絶な弱点になり、この物語自体が永遠に止まったままになりかねない。


「そうなったらリソースの回収どころか、キャラクターの解放もままならない。完全に滅びる。死ぬより悲惨だ。書き換えることも続けることもできない。書き直すには膨大なリソースが必要になる。リトライとは訳が違う」

「事実上のゲームオーバー。なので載せる設定、そして私を誰の代わりに物語に登場させるかを慎重に選べ。この止まった目次の世界で」


 目次の世界。

 便宜上、物語の始めに栞を挟んだときに付けた名前だ。

 僕はそれぞれのセクションに見出しサブタイトルを付け、全体の文量を俯瞰してる。一覧を兼ねてキャラクター紹介を追加する。


「ううーん、そうだなあ」

「いっそわたしがアリシアになってガーランドをこっぴどく振るのはどうだろう?」

「主人公の改変には膨大なリソースがな~」

「つまりダメってことか」

「レベル不足です。はい」


 まだクエストいっこクリアしたてのペーペーですからな。ここは確実に筆者としての経験で、このブツ切れの物語の着地点――アリシアとクロエ先生が無念と思う瞬間を見極め、ハッピーエンドに導かねばならないのだ。


「ぶっ倒せばオッケーだっただけ、最初の物語は楽だったな」

「あの世界に、かつてのこの世に、あそこまでの戦士はいなかったからな。物語の主人公クラスの勇者など、ふつうは現われないからな」


 ふつうは現われないか。

 だからこその、創作なんだよな。うん。

 だからこそ『もしここにこんな人がいたら』を用意し、シロエに書き込み、登場させる。


「根本的に、この世界ものがたりを救っても、この世が滅びたことには変わりがないか」

「だからこそ、新しい世界を作らねばならないのだ」


 そういうもんなのだろうな。

 死んだ者は生き返らないし、死んだ世界は戻らない。


「でもこうしないとリソースの持ち主は納得しないんだろう?」

「そこが問題なんだわホント。あそこまで頑なにアリシアの無念を晴らしたいと思うとは。我がことながらよくわかる」

「よく分かるんかい」


 そらそうだろうな。

 だってシロエ友達少なそうだもんな。


「わりと失礼なこと思っただろうハヤテ」

「友達いたの?」

「ストレートに聞いてきたな。正直にいえば思い出せん。たぶんいっぱいいただろうな、ふふん」


 強がりすぎる。ツッコむのも大人げなさそうだ。


「……そのなかでも、アリシアは最後の、大事な友達だったんだな」

「うん」


 ……じゃあ決まりだな。


「アリシアには、親友がいた」

「親友?」

「あ、シロエじゃないよ? ごめんね、でも蹴らないでね」

「一回だけ蹴る」

「痛ぇ! ……尻はやめて、腰に来る」


 話を戻そう。


「カーシャじゃないよ? 兵士長バランの家の近くに住む、魔術師の娘だね。彼女も昨年成人した後、この収穫祭前にいっかい里帰りで王都に戻ってきている。名前はサラ」

「サラ」


 そこでフムとシロエは考え込む。白いドレス姿の中学生女子が尻尾を振りながら思案顔をしてる。ファンタジーだな~しかし。


「サラ=エンティマイヤ、か?」

「覚えがあるのかい?」


 僕はサラの家名を言い当てたシロエにキャラクター一覧を見せながら聞くと、覗き込む彼女は「やはりそうか」と頷きながら鼻息をフンとばかりに薄めの胸を反らす。たぶん胸を張ったのかもしれない。


「腰が弱点だったなハヤテ」

「滅相もない」

「まあよい。そのエンティマイヤだ。彼女は私がいる――私の神殿があった魔法王国にアリシアと一緒に留学してきた才女だ。大人になって赴任したのはその魔法王国。彼女は長い戦いの果てにアリシアを倒した大魔女だ。……未来のな」


 そうなのか。

 世界は世界で、悪腫そのものになったアリシアとガーランドを滅ぼした勇者、魔女サラを作り出したのか。いまこの世界ものがたりにおいて読み取れる設定はないだろうか。彼女のキャラクターを呼び出して読み取ろうか。

 いや――。


「この時点では未来の情報は決めてないだろう。ともあれ、そのサラさんはいいだろう? 適任だと思うんだが」

「じゃあソレで行こう。なあに、魔法の暴発でガーランドを吹き飛ばしてもアリっちゃアリだろう?」

「ねえよ」


 ばっさりと。

 しかし、でもなあ。


「じゃあ、シロエことサラ=エンティマイヤに上書きする設定はどうする? つまり、僕の持ちキャラから誰のスキルが欲しい? このまえは戦いが重要だったから『陽炎の戦士たち』から不死の戦士シグレだったけどさ。なにがいい? 持ちキャラのがリソースも喰わないし」

「そうだな」


 彼女ははっきりと答えた。


「『名探偵 平安名へんな光太郎』の、光太郎」

「うわ僕の作品の中でもドマイナーな上にド下品なあの作品から!?」

「マニアなめんな? ん? まああの探偵自身はそうでもないだろう。ただ、あの特技は使えそうだ」


 ふむ、確かに。

 平安名光太郎、名探偵。その持ち味は

 確かに使えるかもしれない。

 それに、名探偵の探偵らしいスキルはまだまだ載せられる。


「よし、じゃあそのラインで登場させよう。いいかい?」

「任された。……この物語も、きっちりクリアして解放、リソースの回収と行こうじゃないか」


 じゃまあそういうことで。

 僕は魔筆を抜き放つ。

 のんびりした世界だが、ここもまた、裏ではああなる下準備が進んでるのだ。……だが、世界を救うのが目的じゃない。歯がゆいところだな。


「じゃあ行くぞ」

「よしきたッ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る