第6話『たぶん黒幕だった悪魔を倒し意趣返しをしよう』

 王城地下への、隠されていたであろう通路――に、僕が魔筆で仕立て上げたかきかえた場所。

 聖剣の霊山という、国の北を守り見下ろす霊峰が彫り込まれた巨大なレリーフが破壊されていた。数世紀、数十世紀の間、王城の地下への道を封じていた封印は、こちら側からあちら側へと崩されている。厚さがゆうに2メートルはある分厚い石壁を、おそらくは一撃の下に破壊しめている。ものすごい力だ。


「こりゃすごいな。いくらご都合主義でつなげたとはいえ、ここはもう物語の一部だった場所だ。だとしたら、この破壊はそのなんだ、アリシアちゃんがやったものなんだろうかね?」

「だと思う。悪魔に魅入られた娘が、悪魔となって国を滅ぼしてるんだ」


 痕跡から判断するが、恐らくは悪魔的な何かの力なのはやはり間違いないのだろう。少女の力じゃないよ。物理的に破壊したというより、魔術や、魔術を帯びた機械の類での破壊だろうか、どうにも判断はつかない。


「もしくは肉体自体が変異してるかだな。シロエ、あの糸、覚えてるかい?」

「命を吸う糸か。おぼろげに記憶してる。さっき見たものと恐らく同じだろう」


 しかし見事。火口へ続く自然洞窟が、城塞の建設に伴い、厳重に封印されたとみるべきか。この入り口の存在は、後々、鍵となるのではないかと考えるが、僕がそれを活かせるかどうかは


「この下か」


 シロエはぼくら黒煙を大きく吸い、吐き出す。

 シロエはぼくらの前では、障気の濃く混じる黒煙すら清涼な空気と変わらない。熱で乾く洞穴内部を見据える目は黒煙すら見通し、瑞々しく光る。これが、主人公の力だ。

 かつて、太古に人の手が入れられたのであろう、なだらかに蛇行し奥底へと伸びる洞穴を下る石階段を早足で降り始める。

 石を叩く足音が、重い空気の中、瘴気の振動でかき消される。


「この商売長いけど、こういう手合いの冒険はほんと恐ろしいんだな。裏で見てる僕でさえこんななんだ、主人公たちの気持ちはいかばかりか」

「演るのと書くのじゃえらい違いというあたり、勉強だな」


 お互いに、と彼女は苦笑する。

 確かに。

 シロエはぼくらの眉根が、ふと、しかめられる。

 自然洞窟の外壁が、徐々に、人の手が入っていたかのような人工的なものへと変わっていくに連れ、異様な障気の濃度に、肌を刺すような純然たる敵意が混じり始める。


「いかにも古代遺跡という感じだが、はてさて」


 青白い光を放つ石壁から感じるのは、人外の力の流れだ。良く知っている。理解こそできないものの、人ならざる者の力が帯びられている。物語の主人公となったシロエにはそれが感じられるのだ。

 それからどのくらい降りたであろうか、シロエはぼくらの前に現れたのは広大なドーム状の一画。そこから地上へ続く吹き抜けよりこうして降りてきた形だ。


「やっ!」


 三十メートル余りを飛び降り、シロエは壁同様青白く発光する床へと降り立つ。


「――わけもない。さすがは不死の戦士の設定」


 ドームのほぼ中央で周囲を見回す。

 濃密な障気と黒煙はここでひとつにまとめられ、地上へと吸い上げられている様子だった。人が立ち入ることのできない、まさに魔の中枢。

 この黒煙の対流を止めなければいけない。

 彼女の目は、この装置たるドームとは別の、厳重な呪力で閉じられた石扉を確認した。


「あそこか」


 反対側の南の壁。

 肌をピリピリと刺す敵意は、一足ごとに強くなる。

 ――相手もシロエに気が付いたようだな。

 彼女は疾走するまま呼吸を整え、拳を構え、石扉へ到達するや否や掌打を叩き込む。その一撃で呪力の中枢である赤黒い宝珠は割れ散り、激震は大きくそれを振るわせてつがい部分を弾き砕く。

 人のそれ用に作られてはいない、それは巨大な取っ手を掴むと、無造作に開け放つ。


「なるほど、ここは隔離された部屋か」


 外れかけた石扉を申し訳程度に締めると、シロエは大きく息をつく。


「まあ、そうなる」


 彼女の呟きに答えたのは、重くのし掛かるような重圧感を纏う、まるで臓物が蠢くかのような声だった。


「……ガーランド――とやらか?」

「人の頃の名前だが、確かに。……外の障気濃度は、さしもの私たち魔神も難儀する。人であるように見えるが、貴様は何者だ?」

「お前こそ、人には見えんが人の言葉を話すとは……なんていう遣り取りは無駄かな?」

「ひょうげた奴」


 玄室。

 そこにいたのは、南に続くであろう一画からシロエを迎えようと出てきた男。男、であろう。赤銅色の肌をした、姿形は人のそれに似た、身の丈三メートル近い――悪魔だ。彼の言葉を用いるなら『魔神』という手合いだろう。


「む? その翼は自前か?」


 シロエは問う。


「向こうの世界にも、空はある」

「向こうの世界からこっちには、何をしに来たんだ?」

「人は生きるために喰う」

「なるほど分かりやすい」

「お前は、何者だ?」

「アリシアを救いに来た」

「あの魔女を?」


 そのとき悪魔は非常に人間らしい表情で目を丸くする。


「倒しに来たのではなく、救いに?」

。すでに、救えんとよく知っている」

「ふふふ、人を食った奴だ。で、どうする? 彼女を救うとなれば、この先に降りねばならん。降りるからには、彼女を解放するのだろうが、それは困る」

「つまり?」

「この先に進むなら、俺を倒さねばならんということだ、人間」

「そういうことになるわな」

「ここまで来られたものを侮ることはせぬが、しかし正直、今この場に人間が居るのが信じられん。この国には、そのような技量を持つ者はいない。隣国にも、何の装備もなしに来られる者は皆無だろうよ」

「いいたいことは分かる。だが、私が来たところは、ここでも隣国でもないんだ……といったら信じる?」

「ほほう? 訳ありかね。……どうだ? あと二日もすればアリシアは用済みになるのだが、それまで待つというのは」

「申し訳ない、急いでいるのだ悪魔よ」

「そうか、残念だ」


 シロエは、左半身に構える。両拳を正中線上に置き、ややあごを上げぎみに息をつく。この戦士は、剣を持っているが格闘戦が強いのだ。

 格闘戦そのの構えに、悪魔ガーランドは眉を寄せる。


「……残念だよ」


 間抜けを見るかのように呟くと、悪魔は左腕を振り、黒炎を放つ。

 地を蹴る彼女の体が飲み込まれ、突如周囲を揺るがす大爆発を起こす。


「さよならだ」


 肉を焼き骨を食い尽くす魔界の炎。ガーランドの持つ技の中では、比較的強力なものだろうな。即物的で、勝手が良い。見栄えも最高だ。

 再び悪魔が左手を振ると爆煙はかき消える。

 いかな障気を越えてきた者でも死体も残らぬ確信があったろう。それをうかがわせる表情だ。すまんな。

 それだけに、構え――三体式という拳法の構えのまま立っているシロエの姿に驚愕する。いや僕もびっくりだ。この世界においても僕のキャラはやはり戦えるんだなあ。


「……馬鹿な」


 と、悪魔が呟いたときには、すでにその間合いにシロエは半歩入り込んでいる。接近戦の間合い! 右足を踏み込み、同時に右の肘を悪魔の水月みぞおちに叩き込む。いい肉体の開きじゃないか、すごく様になってるよ。

 ――フンっ

 呼気一閃、肘のもたらした衝撃は悪魔の強靱な腹筋から内臓を存分に震撼せしめる。その体はビクンと一度沈み、青白い体液を口から迸らせながら軽く浮き上がる。

 声もなく悶絶する悪魔の体が地に着く寸前、軸足を入れ替えた彼女の左掌底が悪魔の水月を再び突き上げる。

 宙空で肺を損壊させられた悪魔は言葉にならぬ呻きと共に、翼を以て間合いを大きく離す。

 両手を握りながら、シロエは確かめるように頷く。


「ん、いけるか」


 そこで「なぜだ」悪魔はその相貌を凶悪に歪めながら叫ぶ。「なぜあの爆炎で死なん」と、当然の疑問を投げかける。


「こっちの台詞だ。肺はおろか心臓だって破裂してるだろうに。タフだな、魔神さんとやら」

「――!」


 ――目も眩むほどの電撃。

 悪魔の体から放たれた、空気を電離させるほどの野太い電撃。思わず僕も身をすくませてしまう光景! 四方50メートルはあろうかという玄室そのものを満たす地獄の中、シロエは確かめるように大きく息を吸うと、無人の野を行くが如くスルスルと間合いを詰める。


「馬鹿な!」


 と、ガーランドの呻き。

 僕もそう思う。

 彼女が間合いに入る前に、悪魔は大きく、それこそ電撃を止め、シロエから逃げるように部屋の反対側へと飛ぶ。天井付近まで浮かばないのは彼の残されたプライドであるかのようだった。


「そうでもない。不死の戦士の力だな」


 シロエは軸足を入れ替え、油断なく構え直しながら呟く。


「君らは人の殺し方が実に上手いが、死んだ者を殺す術理は持ち合わせていないようだ」

「何っ」


 僕はシロエの口を借りる。


「魔界、悪魔、多次元生物、魔神、悪鬼、様々な者が居るが、どれもこれも、生きた者を殺す術しか知らない。中にはゾンビや霊を使役している者もいるが、厳密に言えばあれらは残留した意識のかけらからそうするであろう可能性を魂に似せたもので括って操っているに過ぎない。厳密な死者と戦う術を知らない。、ガーランド」


 死人を殺す術は、世の理の外ということだ。

 あとはシロエに任せよう。戦闘シーンの完結は見えた。


「――死者、だと?」

「だが、悪魔といえど、その命そのものは生きている者のそれだ。おぬしを倒す術は無数にある。……効いてるだろう? 肘と掌打」


 ガーランドは己が水月に無意識に手を当てる。ぐしゃぐしゃになった肺と心臓が治癒していくのを心細く感じながら、息を飲んでいる。焦りと恐怖だ。


「その世界ものがたりその世界ものがたりで確かめるしかすべがなく、非常に面倒なんで試させてもらった。……そっちの攻撃は効かないと思うが、諦めてくれ。それこそ、おぬしらがこの国の人間にしたようにな」


 飄々とした言い回しの中だが、シロエは鋭く目を光らせる。

 明らかな、怒りだ。ここがクロエが再現したかつての悲劇の舞台であることを承知したうえで、それでもかつてできなかった自分への怒りの後押しで燃え上がる。


「時間が迫ってなければいろいろおぬしで試す所なんだが、仕方がない。今はアリシアを止めなくちゃならないからな。また、機会があれば試させてもらおう」

「貴様!」


 激昂する悪魔がその真価たる魔道魔術を行使する前に、彼女は間合いを詰め、ガーランドの左腕をむんずと掴むや、内捻りに関節を極め、背後に回り込み、背中合わせに担ぎ上げると、一気にその頭蓋を床へと叩き付ける。

 蘇生しかけた心臓と、破壊した脳核を確かめ、臍下の最奥、丹田部分にある三つ目の核を骨盤ごと踏み砕き破壊する。

 ここまで一挙動。

 悪魔の急所なんて知らないが、魔筆から充分な情報が流れてくる。


「成仏しろよ」


 呟き、悪魔の体が灰燼と化す前に、そのぐちゃぐちゃに潰れた脳に右手を沈める。


「その前に、ちょっと情報収集。おい、ハヤテ先生ッ」

「おお?」


 キャラクターシロエに呼ばれて物語に栞を挟む。メタだなあと思いつつ、ストップモーションになった世界で楽屋裏から顔を出す。


「魔筆で、この脳核を読み解いてほしい」

「キャラの分析か。よしきた」


 設定を吸いだそう。

 プロットがあれば、僕の書式で書きだし直す。


「さてさて……?」


 ガーランドの、思念――その表層を読み込む。

 集められる情報を、今は集められるだけ集める。

 魔筆ナグルファルから、ガーランドの思念が読み取られ、いつの間にか僕の脳内にあるプロット帳に整理されていく。


「さすがにノイズが多いな」


 それは、アリシアの影響だろうか。シロエの作りが甘いせいか。

 悪魔の体が霧散しきると、溜息混じりに立ち上がる。あまり読み取れなかったな。


「さて、アリシアは、この下……だと思う」

「さすがに吸いきれなかったか? ううむ、打ち捨てられた物語だからなここは……」

「そうでもないさ」


 僕はシロエを励まし、南の扉に目を向ける。

 ガーランドは、あと二日で彼女は用済みになると言っていた。それまでに、彼女はこの国の命を吸い尽くすだろう。当然、あの兵士長や、女騎士カーシャも含め。


「さあ、ご対面と行きますか。緊張してるのかい? シロエ」

「有体に言えば。――アリシア、か」


 ここからが本当の『初戦』であると表情を引き締める。

 僕には物語だが、彼女にとってはやはり体験できなかったリアルの幻想。ひとつの仮定、物語の真実。

 肌を刺す障気は、ガーランドが霧散した今も尚、衰えを見せてはいない。この国を蝕む本当の楔は、やはりアリシアなのだと確信する。


「救う、か。本当に救えたことなんか一度だってないけどな」


 肩を落とさず、シロエぼくら胸を張る。

 いつだってそうしてきた。

 これからも、そうするだろう。

 そのために、主人公は駆けだすんだ。

 待っている少女だれかの元に――!

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