第3話『想像の翼を広げよう(尻尾もあるよ)』

 想像の翼を広げよう、とは……たまに耳にする言葉だ。想像力は力であり、飛躍的に発想を伸ばし広げることを上手く言い表した言葉だなあと、思っていたんだ。


「背中から、こう広げるのだ」

「うわほんとに生えてきた!」

「竜は力在る星の精霊、在り方はともかく外見や性能などは観測次第でどうとでもなるのだ。えっへん!」


 想像の翼がシロエの背中から生えた。ニョキっというか、ぶわッっというか、たぶんドラゴンの翼があったらこういうのだろうなというのが。ちんまいシロエの身長の二倍以上の差し渡しを持っているが、翼竜のそれのように綺麗に畳まれるのを見たら「なるほどな~」としかいえない。


「つまりその外見も圧倒的に『作り物』と? 可愛い外見だけど、やっぱりほんとはその翼みたいにドラゴンって感じなのかい?」

「母はかつてそうだったらしいが、私を産んでこの世界にポイしたときから私はこのような姿だったよ。その星でいちばん融通が利かない話が分からない生き物に近い姿になるらしい」

「ああ、なんかわかる」


 人間に近い外見なのは、人間こそいちばん話が分からない乱暴ないきものだからだろう。星の中のいきものにとっては、だけど。

 言葉を必要としすぎるというのも、つまりはそういうことなんだろう。

 だからこそ面白いんだけどね。


「で、対話できないと理解すら難しい種族の人間や獣人の姿を取っているのは、適応した姿といえる。この先、何千何百と世界を看取って、自分も生まれ直していくうちに、いろいろ姿を変えていくことになるのかもしれない。いやたぶん変えていくだろう」

「そんなことが可能なのか? って、そうか、物語を書き換える力か」


 無意識に魔筆の上に手を当てる。

 竜にとっては現実はそれこそ物語なんだろう。魂で書き換える――いや、魂で画いていけるからこそ、書き換えることもできるんだろう。


「火ィ吐いたり財宝抱え込んだり冒険者に立ち塞がったりするようなドラゴンとは思わんで欲しい。これでも世界の守護者、見守り看取りの竜なんだからな」

「でも赤ちゃんじゃん」

「ぐぬ」

「これが初仕事だとか」

「ぐぬぬ」

「こんな劣等種族のロートル作家に助けを求めるくらい困ってるし」

「そこは自分の作品に自信を持って欲しいトコなんじゃがな~」


 ナイスフォロー。


「でも、なんで僕だったんだい? 他にも大作家はいただろうに。それこそ世界中、異世界中に」

「生まれたてのこの身と世界、近いのがそっちだけだったからの」


 やっぱり赤ちゃんじゃん……と思った瞬間に脛を蹴られた。


「次は無理矢理ストレッチさせるぞ」

「暴竜め、体へし折れるわ」


 凄い痛い。


「困ったことになって数年、ちょうどよく命を終えて肉体から解き放たれた魂があったから、こう、魔法で捕まえたわけだ。魂には鮮度があるから、離れ際に助けを求めなければすぐに世界に吸収されてしまう」

「つまり数年間、頼めばチョロそうな僕に目を付けといて死ぬのを虎視眈々と待っていたと?」

「有り体に言えばナっ!」

「――妻よ、いま逝く」


 僕は瞑目しながらベランダから数十メートル下の灰の大地にダイブしようと思ったが、あっさりシロエに羽交い締めにされた。

 と思った瞬間には空を飛んでいた。


「ほーれ、このまま南に向かうぞ。空を飛べばすぐじゃぞ、すぐ」

「脇! 脇! しまって苦じいいいいい」

「おっと、いかんいかん。この弱小脆弱な種族め、ふふふ、じゃあこうしてやれば苦しくあるまい?」


 シロエはドレスから伸びた綺麗な足――ただし子供レベルのスタイルのそれを僕の腰に巻き付ける。腋下から胸に彼女の腕が、腰は腹まで足ががっちりホールドしてくれる。


「昔見たロボットの飛行ユニットがこんな感じだったな」

「苦しくない? 大丈夫か? じゃあ向かおう。なあに、すぐじゃよすぐ。ほんの三週間くらい飛べばクロエの国じゃ」

「死ぬわッ」


 干からびるわ。


「命のスパンもう少し考えような」

「すまんすまん、冗談冗談。に、二週間くらい?」

「――妻よ、いま逝く」

「暴れるなッ! 冗談冗談大冗談、本気で飛べば二時間も掛からん。それに、空の冷たさと空気の薄さ、自分の命は魔筆ナグルファルで護れるだろう?」

「ああ、そういうことか。そっかあ、この僕も物語かあ。なんてメタなキャラになってしまったんだろうか。そういうのあんまり書いてなかったんだけどなあ」

「じゃ飛ばすぞ」

「ちょ待」


 首がもげるかと思った。

 なぜかシロエの尻尾が見えたのでほんとに首が折れたのかもしれない。

 気がついたのは、クロエの国が広がる南半球、その手前の、命なき死に絶えた海上だった。

 明らかに灰色の島だったものが遠くに見えるが、ああ、なんかおかしい。


「緑が見える」

「そろそろだぞ」


 なにが? と思ったら、空気が変わった。

 言うなれば、そう、命の匂いだ。雑味に溢れた、有機的な匂いだ。


「いちばん近い、クロエの領域。もう私たちが入ってきたのも察知してるだろう」

「あそこにクロエが?」

「いや。あそこは作った世界のひとつ。試行錯誤の果てに端っこまで流されてきた思念の残り香みたいな世界だよ。……どんなものを相手にするのかを体験するにはちょうどいいかもしれん」


 もしかしたら、彼女は何度かこの島にきていたのかもしれない。そこで、自分の半身が作った世界に直面し、何をしたらいいのか分からなくなったのだろう。


「最初のクエストってわけか。チュートリアルに最適なレベルなんだろうね?」

「ん……。『陽炎の戦士たち』や『神仙境の四姉妹』でいうところの、冒険者や侍たちが命を散らす魔境の類いかもしれん。幾度か人が滅びかけた悪神との戦いが繰り広げられた世界――それが圧縮、切り取られ、あの島に再現されている。降りるぞ」


 ――妻よ、いま逝く。


 妙な実感の中、僕は肝の冷える感覚を覚えつつ、シロエと共に北岸の岬へと降り立ったのでありました。

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