夜鳴き鬼

片喰藤火

夜鳴き鬼

夜鳴き鬼                   


 むかし、総国(ふさのくに)の山間にある小さな村で、女の子が産まれました。

 その女の子は、働き者の耕夜と心優しい未知との間に産まれた子でした。

 そして二人は涙花と名付け、たいそう可愛がったそうです。

 しかし、涙花という名前の通り、朝から晩まで泣くので、

耕夜と未知は涙花をあやすのが一苦労でした。

 その泣き方もまた奇妙なもので、泣き出してしばらくするとはたと泣き止んでしまい、

またしばらくすると泣き出すのです。

 こんな幼子に嘘泣きなど出来るはずもないし、沢山泣くのも仕様がない事だろうと

思って、耕夜と未知は只管にあやす事しか出来ませんでした。


 涙花はすくすくと成長して三つになった時、耕夜は涙花に訊いてみました。

「涙花や、何がそんなに悲しくて泣くんだい」

「おっとう、おらにもわからんよ。どっか遠くから泣きたくなる気持ちが

やってくるんよ。でもな、そんな気持ちがしばらくすると、とたんにふっと

消えてしまうんよ」

 なんだか悪びれて話す涙花を見て、耕夜は涙花の頭を撫でました。

「そんな顔するな。なに、お前は未知の優しさを強く受け継いで、人一倍他人

の悲しみが分かる子なんだよ」

 未知も涙花を膝の上に乗せて抱きしめました。


 涙花はさらに成長しました。しかし五つになってもまだ「えーんえーん」と泣き、

 近所の子らに「泣き虫。泣き虫」といじめられていました。それを心配して、

耕夜と未知は神社で宮司様に相談をしてみることにしました。


 宮司様に相談をすると、涙花の噂はすでに届いているとの事でした。

「何か憑いておるやもしれぬな。確かめてみようぞ」

 宮司様は涙花を拝殿へと案内しました。そして涙花の周りに御札を置き、大麻を

振って祓詞を唱えました。すると、涙花の身体からうっすらともやが現れ、

徐々に形がはっきりとしてきて人の形になりました。

 容姿は涙花と殆ど変わりませんが、小さい角が額に生えていました。

 どうやら涙花に取り憑いているのは鬼のようです。


 宮司様は大麻を鬼に向け、強い口調で問いました。

「この娘が毎日昼も夜も泣くのはお前の仕業か?」

 鬼は特に表情も変えずに答えました。

「違う。コイツはよなき。俺はよなき。コイツが生まれて俺が生まれた」

 宮司様は「よなき」と言う言葉に夜泣きの事かと気にしながらも鬼を睨みました。

「退治されたくなければ早くこの娘の身体から出ていきなさい」

「悲の飯は美味い。だけど腹がいっぱいになってきた。だからもうすぐ出ていく」

 そう言うと鬼は娘の身体の中に戻ってしまいました。

 宮司様は悲しみを喰らう鬼かと結論づけながらも、とにかく鬼が「もうすぐ出ていく」

と言ったのだから、無理に退治せんとも良いだろうと思いました。

 社殿の外で待っている耕夜と未知に事情を説明して、三人を見送った後、

先程鬼が言っていた「よなき」という言葉が気になって、墨を擦って筆を取り、

紙に書いてみることにしました。しかしどの字を書いても鬼が何を指していたのか

わかりませんでした。


 一月程して娘が泣く回数が減ったと神社に報せが届きました。

 そしてその夜。甲高い鳴き声が国中に響き渡りました。

 宮司様は涙花の身体から鬼が出ていったのだろうと思いました。

 国の人達はその鬼の鳴き声が何を意味しているのか分からず、飢饉かなにかの

凶兆ではないかという事で、何時もより多く食料を蓄えたりして不安に過ごしていました。

 程なくして総国に大きな地震が訪れました。

 多くの者が命を落として悲しみに暮れました。

 耕夜と未知と涙花は、なんとか生き残ることが出来ました。

 村の生き残った者達は、当然涙花は大泣きをするだろうと思っていましたが、

涙花は少し涙を流しただけで、逆に皆を元気づけていました。


 遺体の供養も終わり、崩れた建物も直して、元の暮らしを取り戻して来た頃に、

村人達は大地震の前の事を話したりしました。

「鬼の叫び声が大地震を呼んだ」とか、「鬼が大地震を教えてくれた」とか、

「涙花の鳴き声が地震を起こす鬼を呼んだんだ」などと、村人たちはいろんな原因を

話しあったりしていましたが、どれも確固たるものはなく、涙花の明るくて元気な

姿を見ていると、そういった話もしなくなりました。


 宮司様はその話を聴いて、前にいろいろ漢字を充てて書いた紙を戸棚から出して見ました。

その中に「予泣き」と「夜鳴き」という言葉に目がいきました。

「この娘はこの災害を予知し、予めその悲しみで泣いていたのだろうか。

 もしそうなら悲しみを食う夜鳴き鬼がいなければ、悲しみに暮れて涙花は幼い時に

命を落としていたのかも知れない。だとしたらあの鬼に感謝すべきかな」

 以来総国では、予泣きの子には夜鳴き鬼が宿り、夜鳴きの鬼が叫んだ時は、大地震が

起こる前触れだと言い伝えられているのです。


―おしまい―



夜鳴き鬼……悲しみを喰う鬼。子鬼から鬼に成る時、夜に鳴く。

       鬼は唯悲しみを喰うだけだが、予泣きに憑く事が多いので、

       その鳴き声は凶兆となる事が多い。

予泣き……未来の悲しみを予知して泣いてしまう子。


みちびき地蔵から構想を得ました。


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夜鳴き鬼 片喰藤火 @touka_katabami

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