第20話 異常発生!
よーし!辻斬りならぬ、辻回復だ!
「ステイタス異常回復ーっ!!ついでに体の不調が有れば飛んでけ~。」
きゅぼぼぼぼぼッ!
「うお!?」
「な、何だ!?」
レイニーさんが【チンピラ】と言っていた二人組の背後に近づいた僕は、そのまま両手を突き出し、二人まとめて回復魔法をぶち当てる。
二重の光の環が二人の男の身体を包み込んだ。
「こんばんわ、ご気分はいかがですか?」
「へ?…えっ??」
「体が軽いけど…何だったんだ??」
スキンヘッドさんと緑の髪のおっさんは不思議そうに肩をクルクルさせたり、しきりに首を傾げている。
「あ、僕通りすがりの回復術師です。
ちょっとお二人がお疲れモードに見えたので、疲労回復のサービスなのです!」
「へぇ?気が利くな。…なんか、肩こりも無いし…体が楽になったぜ。」
「おお、確かに。ありがとな。」
別に、何のトラブルも無く、にっこり笑うおっちゃん達。
「じゃ、失礼しまーす。」
深く追求される前に、てててて、と次のターゲットである料理人さんの元へ向かう。
二人組の方は、サンキュー、と言う感じで僕に向かって手を振ってくれた後、また二人でお酒を飲み始めた。
【チンピラ】と言われた割に、素行は良く、特に悪意は無い感じだ。
そして、そのまま、ちょっと疲れた様子で皿洗いをしていた料理人さん…
3人居るけど、どの人が【一般市民】か分からなかったので、一括で3人とも辻回復の餌食にしてやりましたよ。
まぁ、こちらも特に問題は無く…
むしろ、ちょっと感謝されて、甘酢漬けのサボテンの葉みたいな何かをサービスしていただいちゃいました。
わーい、パリパリ甘酸っぱい。
「で、どうでした?」
レイニーさんに尋ねると、小さく指でOKマークを出してくれた。
どうやら、全員、異常は回復出来たらしい。
よしよし。
まだ他の【上級市民】【ハーレム】【俺の嫁】は回復できるのか分からないけれど、対抗手段の一つにはなりそうだ。
あ、いただいたサボテンの葉の甘酢漬けは、みんなで美味しくいただきました。
ごちそうさまです。
「ま、最悪これで何とかなるっスかね~?」
「問題は、あのステイタス異常がどうやって添付されたか…だ。」
「オレ、【俺の嫁】は、ナニをしたか分かるっスけどね~。」
「ぶっ!?」
リーリスさんがニヤニヤとメモを見ながら呟く。
そりゃ、性交って書いてあるもんな。
「あ、エル君?いきなり噴き出してどうしたんスか?
何を想像したんスか?顔、真っ赤っスよ~。」
「や、やかましいわっ!!」
エルをからかっていたリーリスさんが、唐突にほっぺを膨らませながらぼやく。
「あーあ、兄貴ィ…この町ってば『迷宮都市』なのに花街の一つも無いなんてつまんないっスよ~」
普通、迷宮都市と呼ばれるような冒険者が多い町には絶対と言って良いくらい立派な花街の一つや二つ存在しているのだ。
「基本は命がけ」が冒険者の常であり「宵越しの金は持たない」と言う気性の人も少なくない。
男女比率は、やはり男性が7割と…かなり男性率の高い職業でもあり、時には大金を得る事もある。
そんな奴らが、たまたまお金を持って、無事に町へ帰ってきたら…やる事なんて一つしか無いでしょうが。
生物の三大欲求の一角ですよ?
「それも、代官がウォーン・コリカンに変わってから、廃止されたようだ。」
「よし!!これは倒さないとダメっス!!絶対に!!」
おお、リーリスさんのやる気に妙な形で火が付いたな。
「じゃ、明日は内区の方も偵察してみるか。」
「そうですね…もし、女の子がいたらステイタス異常を治せるか試してみたいですし。」
そんな訳で明日に備えることにしたんだけど、この宿屋のベッドよりもハンモックの方が寝心地が良かった。
だって、なんかダニ?
そんな感じの小さい虫がめっちゃ居たので、部屋中ガンガン虫よけの薬草を焚いて燻してやりましたよ。
森の中より、掃除の行き届いていない室内の方がヤバイとは…
とほほ~。
翌日、朝ご飯はやっぱりちょっと寂しいポテトサラダと具の無い黒く濁った色の汁…のみ!
こ、これ…飲んで平気なのかな?
コーヒーみたいな透き通る黒さとは別の濁った黒さだよ!?
しかし、皆さん文句も言わず、その黒い汁にふぅふぅ息を吹きかけ啜っている。
美味しいのかな?
……ふー…ふー…ずずず…
苦ッ!!しかも、えぐくて臭っ!
う、うーん…体に良い漢方薬だと思えば…
…飲めなくは…ないけど…。
朝食にこれかぁ…微妙な味…。
でも、案外皆さんこの汁をきっちし飲むんですよね~。
体に良い効果でもあるのかな?
フォス芋嫌いのレイニーさんも、ポテトサラダには全然手を付けないけど、こっちの黒い汁は飲むみたいだし。
…お芋よりも、こっちの方が絶対癖が強いと思うんだけどなぁ…
「あの…オズヌさん、この汁って…何ですか?」
「ん?…子供は飲みにくいか?」
「あ、スイマセン、気づかなくて…。
良かったら、これを入れて飲んでくだサイ。
はい、エル君も。」
「フン…こんなものを一粒入れたからと言って何が…あれ?…」
レイニーさんから貰った丸薬の様な物を入れると、あら不思議。
黒くて熱くてえぐくて臭い苦い汁が、ほろ苦いけど優しい甘さのミルクコーヒーみたいな味に。
エルの奴も、俺様は子供じゃない、とか言い出さず、大人しくミルクコーヒーみたいになった汁を啜っている。
うん、これならいけるわ。
匂いも中和されたのか、全く気にならないし。
この偉大なる丸薬はエリシエリさんのお手製なんだとか。
流石、薬師様さまです。
ただ、この店のポテトサラダと合うかと言われると…微妙。
そんな訳で僕たちは、ちょっと寂しい朝食を済ませると町へと繰り出した。
しかし、あの宿屋…あの料理、あの寝室で一人8000ゴンはぼったくりだと思う。
この宿に泊まると心が挫けそうになるから『クジケ荘』なのかな…?
一応、あの宿の唯一の売りは浴場が付いていた事なんだけど…
あ、この世界…と言うか、ダリスの庶民の自宅に日本の浴室のようなものは無い。
なので、入浴と言うと、行水のような大き目のたらいにお湯を準備し、
そのお湯で髪や体の汚れを落とす、のが一般的なのだ。
一応、町には「銭湯」のような施設も有るらしいのだが、そこそこ良いお値段なので、そちらに行くのは7日~10日に1回くらい、が普通だそうで…
僕もまだ、行ったことはない。
つまり、入浴は庶民のプチ贅沢なのである。
だが、こちらフォルスの町では、地下に炎の迷宮があるだけあって、多くの地域で温泉が湧いているらしく、この宿もそれが付いていた。
…うん…付いては、いた。
それでも…ね…?
あの、掃除が全くされていない濁り湯って何か…怖いよね…?
しかもレイニーさんが一目見るなり「やめましょう、入らない方が良いデス」って言い出す浴室だよ!?
川の水の方がよっぽどマシと鑑定士から言われる浴室とは…!
うごごごごご…!
キャンプの方が快適って宿としては死んでるよね。恐るべし「クジケ荘」!
そんな訳で、昨日、少女の群れを見た内区への門をくぐる。
時間的には…人々が活動するには丁度いい時間帯なはずなんだけど、人影は少ない。
町の様子は外区よりは奇麗と言うか、多少お金がかかった感じの街並みにはなっているんだけど、活気の無さは外区と殆ど変わりがない。
「この時間なら、冒険者達がダンジョン入りするには丁度いいはずなんスけどね~…。」
一応、隊長さんが持っていた内区の地図によると、冒険者事務所があるらしいので、その方向へ足を進めていた時だった。
?
ん?何だ?
今、一瞬…うっす~いビニール袋を破ったような…
小さな違和感があった。
「待ってくだサイ!?今…」
「どうした?レイニー?」
「今、皆さんに『ステイタス異常』が付いていマス。」
「「「!?」」」
「…と、言われても…別に何か変わった感じは無いっスね。」
「ふんっ!」
そう言われて、エルも腰の剣を抜いて軽やかにステップしながらその剣を振り回す。
特に動きのキレが落ちているとか、そういう心配も無さそうだ。
「…そうだな、俺様も特に変わりはないぞ?」
「一応、ワタシとナガノ君が【一般市民】、他の皆さんは【チンピラ】デス。」
「いつ影響するか分からないし、治しておこうぜ…ナガノ。」
「はーい、ステイタス異常回復~!」
オズヌさんの指示に従い、僕は全員ひとまとめで回復魔法をかける。
すると、すぐにその効果は発揮されたらしく、僕たちに付与された異常はきれいサッパリ消え去った。
スッキリ!
しかし、事態は意外と面倒くさいことになっていたのだった。
暫く進むと、また同じステイタス異常が発生する。
なので、すぐに治癒する→すると、しばらくして異常発生→治癒する→また異常発生→治癒→異常発生…
これの繰り返しなのだ。
「あ…またデス。また出ました、ステイタス異常。」
「くふふ…どうやらこの『ステイタス異常』を発生させる能力…領域型の様だ。」
「領域型?」
隊長さん曰く、領域型とは、スキルの効果範囲が術者…
もしくは起点とする何かを中心に「ある程度の領域」で「自動的」に「何かしらの効果が発揮される」ものを総称して言うらしい。
このタイプのスキルは比較的防衛に向いている、との事。
逆に考えると、こちらから攻め込む場合はかなり厄介な能力と言う事になる訳だ。
確かにね。
回復しても回復しても、一定期間ですぐに異常が発生するって…
まるで、テレビゲームで毒の沼地を歩いているみたいな気分になってくる。
「ん~?でも、そんなに神経質にならなくても…
あんまり影響無いっスよ?このステイタス異常。」
それも一理ある。
ただ、酒屋のマスターは突然おかしくなる、って言ってたんだよな~。
異常を得てから一定の時間が経過したらおかしくなる症状が発症、…とか…そういう可能性もある。
そのため、異常が現れたら、すぐにでも治癒するようにしているんだけど、これが本当にいたちごっこ。
3分とか5分置きくらいに状態異常回復を使っている。
この調子で一日回復魔法を使いっぱなしだと、流石に僕もヤバイんじゃないかな?
と言うか…僕は今まで魔法の無い世界で生活してたじゃろ?
…だもんで、困ったことに…魔力残高と言うか、残りマジックポイントと言うか…がなかなか自分で認識できないんだよね。
以前、死者蘇生をした時もそうだったけど、魔力を使い尽くしてぶっ倒れるまで特に大きな異常を感じていなかったのですよ。
普通、マラソンでも潜水でも「もうこれ以上は無理!」ってラインが有るはずなんだけど、魔法の場合、その「無理!」ってラインが…ね。
レイニーさん曰く、そこは慣れと経験だそうな。
…慣れてくるとなんとなく分かるらしいんで…精進あるのみですよ。
「そうデスね…ナガノ君の魔力も大分減ってきていマスし…」
【鑑定】できるレイニーさんの方が、僕自身より、僕の魔力残高にお詳しいと言う訳の分からん状況。
「何か異変を感じるまで、このまま進んでみるか?」
体調も大して変化が無いし、自分のスキルの利用についても特に制限などは無いらしく、レイニーさんの【鑑定】も、僕の【回復魔法】も、ごく普通に発動している。
しかし、隊長さんは何か不満気に眉間のしわを深くすると、確認するように呟いた。
「エルヴァーン・ジョウ、【空中走り】や攻撃系のスキルも発動するか?」
「!た、試してみる…!」
エルの奴が何度か空中を蹴り上げ、多分攻撃魔法だろう…
炎の玉を空中に打ち上げ、落ちて来た炎の玉を鬼に変化して叩き壊す。
ぼん。
結構良い低重音が響いたが、ちょうど周りに人も居らず、突然の行為を不審がられる事もない。
「…使える…な。問題無く。」
「俺も普通に【変身】できるな…」
「あれっ?…オズヌさん…異常が消えていマスよ?」
「「「!?」」」
「…どういう事だ?」
「もしかして…この異常って対象が人型のみ…なのかもしれないデスね。」
どうやら、エルが鬼族に変身した場合、異常に変化はなかったようだ。
確証を得るべく、レイニーさんも小鳥に変身して、パタパタとオズヌさんの頭の上に降りる。
「…そうみたいデス。こっちの姿なら、異常に感染しないデスね。
…エル君も狼の姿なら異常が消えるようデスね。」
次いで狼の姿に変身したエルのステイタスからも異常は消えたらしい。
「しかし…この姿だと目立つなぁ…」
確かに。
軽乗用車サイズのキーウィですもんね。
狼だって街中で出たら明らかに討伐隊が組まれるデカさだし。
逆に、レイニーさんは小さすぎて見失いかねないんだけども。
その時、パタパタ…と複数名の足音が聞こえて来る。
「…フン、誰か来るようだ。」
エルが狼から人間の姿に戻る。
オズヌさんとレイニーさんはそのまま、もふもふ形態で居るようだ。
どうやら、先ほどのエルの炎の魔法が破裂した音を聞いたらしく「何事だ!?」みたいな声が響いて来た。
しかも、どうやら声の主は女性であるらしい。
お、女性の状態異常を回復できるか試すチャンスかも!
僕達が女性の声と足音の響く方向を注目した…その時だった。
バキッ!
「…ッかふっ…!」
突如、左の脇腹辺りに強い衝撃を受けて、体が吹っ飛んだ。
ダッ、ゴッゴロゴロ、ごん。
衝撃に合わせて地面を転がり、何かに背中を強打して止まる。
激痛。
痛ッ……!!
視界がぼやけた。
「げはッ…!」
肺の奥から変な息の漏れ方がする。
口の中に鉄の味が広がった。
「な!?リー兄ちゃん何をしてッ!?」
レイニーさんの甲高い叫び声が途中でバキッと何かに殴られるような音と共に途切れる。
「おい、リーリス!落ち着けっ!?…レイニー、下がってろ!!」
オズヌさんの焦りを含んだ声が響く。
「『へへへへへ…何だァ?このデカイ鳥?』」
「『それより、何だ、このガキ…妙な色の髪だな?』」
声だけは、リーリスさんとエルっぽいんだけど、話している内容は二人の口から出ているものとは思えない。
もしかして、これがあの酒屋のマスターが言っていた「突然、おかしくなる」って事か?
ヤバイ、回復しなきゃ…!
脇腹を抑えて何とか起き上がろうとすると、近づいて来た誰かに突然、乱雑に胸倉を掴んで引き起こされる。
「…ッ…あぐッ!」
いったぁぁぁぁ!!
痛い痛い!そんな、急に引っ張られたら脇腹も首も痛いから!!!
「『へぇ?こいつ、亜人だろ?高値で売れるんじゃねーの?』」
そう言う隊長さんとバッチリ目が合う。
笑っているような表情筋の引き攣り方だけど、明らかに瞳の中に困惑の色が見える。
隊長さんも普段はこんな口調じゃないし!
つーか、この隊長さんがマジで戦うなら、絶対、即斬でしょ!?
いてててて!
回復魔法、発動したいんだけど、体が痛いわ、息ぐるしいわ、でなかなかスムーズに発動できない。
隊長さん、とりあえずはなせ!はなしてくれ!
「『おい、貴様等!?何をしている!!』」
遠くの方からは、駆け付けて来た女性らしき声もする。
ああもう、色々と忙しいな!!
その間に、何とか両手の間に回復魔法の光が輝く。
よし、これで…
どッ…
「おふッ…」
僕が回復魔法を放つのと、ほぼ同時に…視界が暗転した。
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