第17話 闇夜の戦わない


僕らがアホな会話をしているうちに、オズヌさんがターフを張っていてくれました。

その下に皆で協力してハンモックを吊るす。

しかし、その数が一つ足りない。


「あれ?オズヌさん、ハンモックはこれで全部ですか?」


「ああ、一人は夜警に回って貰う。」


そうか、ここは一応、夜の魔獣が強い森なんだっけ。


「最初はリーリスとエルヴァーン、次は俺、最後はナザール、と言うローテーションだ。

レイニーとナガノは休んでてくれ。」


「何だか悪いですよ?」


「非戦闘員が余計な事をして体力をすり減らすものではない、ナカジマ・ナガノ。」


「そっスね~、レイニーも体力無いんスから、下手に疲労を持ち越される方が都合が悪いっス。」


「をひょっ!?」


唐突に後ろから掛けられた声に驚いて振り向くと、リーリスさんと隊長さんが立っていた。

リーリスさんは鶏くらいの鳥…なんだけど、尻尾の部分が蛇っぽい動物を2羽、背中に背負っている。


この蛇鳥はすでに頭頂部を切り取られ、羽毛が毟られ、見た感じ内臓もえぐり取られているっぽい。

隊長さんの方はあの白い刀にピンク色の肉の塊。

…こっちも大きな鶏肉に見える…を突き刺したものを持っていた。


かなり大きな獲物から、美味しい部位だけを切り取って持ってきた、と言う感じだ。

…切り口がスッパリと角が立ってる辺り…

流石、斬る事を生きがいにしてらっしゃるだけあるわ…


「リー兄ちゃん、早かったデスね?」


「コッカトリスの肉か?」


「そうっスよ~。やー、ナザール隊長が居てくれて助かったっス。」


「くふふ…やはり、肉を断つ感触は良いものだ。

アレが人型であればもっと良かったが…まぁ、文句は言うまい。」


などと、生粋の人斬りが戯言を申しております。


「肉を切るのがそんなに好きなら、ついでにその刀に刺さってる塊をスライスしてくれ。」


オズヌさんが呆れた顔でそう切り返す。

確かに、この塊状態だと中心部まで火を通すのが大変そうだ。


「モフゾウ・オズヌ、私は死んだ肉を切り刻む事に興味は無い。

生きた肉を切り裂いた瞬間広がるむせかえるあの香りが良いのだ。」


え?じゃ、その塊ってもしや、生きてる状態から斬り取って来たの…?

獲物になったコッカトリスがちょっと気の毒に思えてくるな…

そんな訳で、隊長さんはその大きな肉の塊をエルに渡すとその純白の刀を鞘へと納める。


「コッカトリスの肉なら、ココロコの実とツツー草を併せて揉み混んでおいた方が良いデスね。」


レイニーさんがなにやら、時空袋の中から聞きなれない物を取り出す。

見た目はコショウのツブっぽい赤い木の実と乾燥させた草だ。

ほら、あの『実家のオカンは使わないけど、テレビの中の奥様はよく使っていそう』な乾いたハーブに見える代物だ。


「レイニーさん、それは?」


「これデスか?

コッカトリスの肉には僅かながら『石化』の魔力が残っている場合があるのデスよ。」


「えっ!?そんな物を食べちゃって平気なんですか!?

体が『石化』しちゃったら…!?」


「いえ、食べた側が『石化』する訳ではないデス。

肉の身の一部が『石化』してしまう場合があるので、食感が悪くなるのデスよ。

それを防ぐ薬草デス。」


えっ!?そっち?

いや、まぁ…確かに、料理に小石とか入っていたら、噛んだ瞬間、ゴリッとして嫌だけど…

そんな訳で、レイニーさんとエルが協力してその薬草と味付けのお塩を肉の身に刷り込んでゆく。


その間にリーリスさんは焚火台のようなものを設置し、調理およびキャンプ用に火をつける。


「あ、地面に直接火を熾したりしないんですね。」


「そうなんスよ。

こういう大きな木の近くで直接火を熾すと大樹に嫌われるっスよ~。

…あ、ナガノちゃん、ランタン持って来て欲しいっス。」


「はーい。」



夕ご飯が出来あがった頃には、すでに日がとっぷり落ちていました。

僕の身体の方も、夕ご飯前にはリラックスモードの女子ボディにチェンジ。

実は、味覚も女子の方がちょっとだけ鋭いような気がするんだよね。

…美味しいと良いなぁ、夕ご飯。


今日のメニュー!

『コッカトリスのもも肉と雑穀雑炊』

『コッカトリスの雛の丸焼き』

『そのへんの草』


以上!


いや…そのへんの草は、多分、生で食べられる野草なんだと思うんだけど…

だって、リーリスさんが、ごはんになる直前に

「あ、ちょっと待って欲しいっス~」と言うなり、結界のすぐ脇に生えてた草をえいっと、毟って、ちょっと洗って、そのまま、ほい、だよ?

『そのへんの草』以上の表現が見つからない程、完全なる『そのへんの草』です。


「では、いただきまーす。」


ちなみに、食べた感じだと、生の春菊をもう少し苦くて、えぐくしたって感じで…

ちょっと、大人の味と言うか、独特の香りが…まぁ…うん。

好きな人にはたまらないんじゃないかな?…ってお味です。


リーリスさん以外の全員の顔が、無言のまましわしわになる味って言えば伝わるかな…


…察して?


でも、コッカトリスのお肉を食べる時は、何故か、必ず先にこれを食べないといけないんだって。

リーリスさん曰く、エルフに伝わっている伝承らしいです…


レイニーさんはコッカトリスの肉に食べた側を石化する能力は無い、って言ってたけど、やっぱり、コッカトリスって食べると石化の呪いが僅かに発生するんじゃ…?


ほら、例えば、すぐには人体に影響ないけど、食べすぎたりすると尿路結石になりやすい、とか胆石が作られやすくなる、とか、その手の効果ですよ。


それの予防なんじゃないかな?


このまず…もとい、えぐい草。

…まぁ、僕の勝手な推測だけどさ。


「…フン、雑炊か…。」


エルは受け取った椀から、ひと匙その雑炊を口に入れる。

一瞬目を見開くと、猛然とその雑炊をがっつきはじめた。


「…はふっ、あちっ、はふっ…んむ、んぐ。」


僕もその勢いに誘われて雑炊を啜る。

コッカトリスの味は、割と野性味の強い鶏肉って感じだ。


雑穀が柔らか~く煮込まれて、滋味の効いた…割としっかり味のスープを吸い込んでいる。


これに麺入れたら、ナンチャッテ鶏白湯ラーメンみたいな感じになるんじゃないかな?

そんな感じの白濁スープ。

あまり長時間煮込んだ訳でも無いのにスゴイよね。


日本の居酒屋の〆で食べる雑炊みたいな感じで懐かしい味だ。

エルのヤツが猛然とがっつくの分かるわ~。


「そっちの国ではあんまり雑穀って食べないの?」


「…フン。アルストーア皇国の主食はパンだしな。

だが、アルティスでも割と珍しいだろ?

この辺りの主食って言ったらフォス芋だからな。」


「あれ?そうなの?」


フォス芋って確か、オズヌさんが最初に作ってくれた芋モチの原料だよな?

でも、エリシエリさんの家では雑穀ごはんが普通っぽかったけどな。


「にゃはは~、まぁ、レイニーの坊やがフォス芋嫌いっスからね。

兄貴が雑穀飯を準備してたんスよ。」


「いいじゃないデスか…リー兄ちゃんだって、何にだってお酒をふりかけて食べるじゃないデスか…」


レイニーさんは好き嫌いを指摘されたのがちょっと気恥しいらしく、ふいっと横を向きながら雑炊を口に運ぶ。

その脇でリーリスさんは、にゃはは、それもそうっス、と笑いながらお酒を振りかけた雑炊をかっ込んでいる。


オズヌさんは、全員に雑炊の椀を渡すと、今度は雛鳥の丸焼きを切り分けてくれた。


焼きあがった雛の丸焼きは本当にジューシーで、石みたいに硬い所は一切ない。

肉自体の味は、雛の方が癖が無いから、こっちの方が日本人の舌には食べやすいかもしれない。


親の方は、あの、地鶏をもう少しパワフルにした感じの歯ごたえで、味は良いけど、弾力マシマシ。

割と細かく切ってくれてあるので食べやすいけど、あんまり大きな塊だったら歯が立たないかもしれない。


隊長さんは小さなナイフで雛鳥の肉を奇麗にスライスし、ナイフに突き刺したままその肉を口に運ぶ。


隊長さん…

…ぺろぺろと美味そうにナイフに付いた肉汁を舐めとるのを止めませんか?

この肉汁、すごくいいお味だから、気持ちは分かるけど見た目が殺人鬼だよ。

普通に齧り付いて食べようぜ。


僕は切り分けられた雛鳥の腿の部分に齧り付いた。


その瞬間、リーリスさんの声が響く。


「ご馳走様っス!」


はやっ!


「リーリスさん、もう食べちゃったんですか!?」


見れば、雑炊も6等分に切り分けられた雛鳥の丸焼きも、奇麗に無くなって骨だけが残っている。

僕なんか、まだ、雑炊半分も残ってるけど…


「にゃははは。兄貴、交代するっス!」


そう言うと、リーリスさんは、今まで給仕に回っていて殆ど料理を口にしていないオズヌさんに声をかけ、弓矢を背負う。


「おう、リーリス、次頼むぜ。」


オズヌさんはリーリスさんと入れ替わるように食事をがっつき始めた。


すでに全員への給仕が終わっている今、リーリスさんはゆっくり森の奥の方を見つめている。

もしかして、オズヌさん…給仕しながら外敵の警戒もしてくれていたのかな…?


「オズヌさん、ありがとうございます。

お先にいただいてます。」


「ん?おう、どうだ?コッカトリスの味は?」


「美味しいです!」


その言葉を聞いて、オズヌさんは満足げに微笑んだ。


結局、充実の夕ご飯が終わった後、余った親鳥のお肉を片付ける。

白っぽいネトっとしたソースを塗りたくって、大きなフキの葉っぱみたいな野草で包んで、それを白い布でさらに包んで、そして時空袋へイン。


この白いソース…ちょっと味が塩こうじに似てたんだよね…。


レイニーさんがエリシエリさんから貰って来たらしいんだけど、肉類は何でもこれに漬けておくと柔らかくなる上に程よい塩気がついて美味しくなるんだとか。

明日の朝ご飯も楽しみです。



レイニーさんとお夕ご飯の後かたずけをしていると、もう辺りは真っ暗。

キャンプの中央で燃えている焚火だけでは、この圧倒的な暗さをかき消す事は出来ない。

そう考えると、日本の夜は明るかったなー。


「ナガノ君、ハンモックはどっちデスか?」


「え?ああ、あっちですよ。」


「えーと…?」


僕の指さす方向を見つめて目を細めるレイニーさん。


「こっちデスね…っと、うわっ!?」


「あ、そこ、木の根っこがあるので…」


結構、足元が危なっかしい。


「もしかして、夜に視力が落ちるタイプですか?」


「あー…あはは…ええ、まぁ…そうデスね。

家なら、家具の配置とかが把握できているので平気なんデスけど、こう暗いと…」


「でも、レイニーさんって光の魔法を使えるんじゃ…?」


「使えマスけど、持続時間は一瞬だけなので…目潰しみたいな使い方しかできないんデスよ。」


ちょっと困ったように頭を掻くレイニーさん。


「ちょっと待っててくださいね。」


丁度、トイレ用に使うランタンが空いていたので、それを片手にレイニーさんをハンモックまで誘導。


「ありがとうございマス。」


「どういたしまして。」


これで、後は寝るだけと思うと気楽なものですよ。


え?魔獣が心配じゃないのかって?

今は、ちょうどエルとリーリスさんが結界の外で見張りをしてくれているし。

オズヌさんはもふもふ形態になり、毛づくろいをしつつ焚火の前に鎮座しているし。

隊長さんは剣の手入れをしてくつろ…くつろいでるし。

…あの人切り婆が良く研いだ包丁片手にニヤニヤするような顔にしかみえなくても、多分あれは楽しく、くつろいでいるんだよ。

きっと…うん。


虫の声と…遠くから小鳥のような、ぴるるるる、と鳴く声も響いていて平穏そのもの。

オズヌさんに聞いたら、あれは、小鳥じゃなくてカエルの声なんだって。


片付けや歯磨きが終わったら、レイニーさんも僕も割り当てられたハンモックで横になる。

あー、昼間は動いて、美味しいご飯食べて、そしてゆらゆらハンモックでゴロリってしあわせ~。


いやぁ、なかなか…日本では味わえなかった贅沢な時間だ。

ふと、見ると、オズヌさんが焚火の淵に何か、やかんの様な物をかけている。


「オズヌさん、何を沸かしているんですか?」


「んー、ま、こいつは夜警連中のお楽しみだな。」


「ふーん…。」


…熱燗か何かかな?

ふわり、と広がる香りが、アルコールを彷彿とさせる甘さを含んでいる。


「じゃ、オズヌさん、お先に失礼させてもらいますね。」


「おう、寝とけ、寝とけ。」


「おやすみなさーい。」




妙な夢を見た。

その日は嵐で、船は大きく揺れているのに、何故か小鳥の鳴き声が響き渡り、雷の代わりにブルドーザーが唸る。


『次は~長野、長野~…終点、長野でございます。

ご乗車のお客様はお忘れ物の無いよう、お手回り品の…』


あ、あぁ…何だ、終点か~。

呼ばれたのかと思ったよ。

何故か、JR風の船内アナウンスが響き渡る中で、重機がゴリゴリと船の床を削って行く。

あー…しかも石でも噛んじゃってるのかな?

ギャリギャリ引っ掻くような不快な音だ。

うるさいなー…周りのご迷惑を考えて船の工事をしてよ~?

そう思ったとき、大きな波が来て、僕は海に落ちた。




ふと、何か大きなものが体の下で動く。


「ん~?」


瞼をゆっくり持ち上げると、目の前は銀色の…毛玉?

まだ時刻は夜。闇の帳が一帯を包んでいる。


「………。」


もふもふしていてぬくぬく。

さっそく、その毛玉を全身でもふもふする。

案外毛が硬い。

まぁ、狼だもんね。

これがウサギだったら、もっとふっくらもふもふでや~らかくて気持ちよかっただろうに。


「エルの毛皮~…もふもふ度70点~…」


「あ!ナガノ君、起きマシたか?」


「ナガノ、貴様ッ!ようやく起きたかっ!!」


「え~…あれ~…まだ、夜じゃ…?」


ケギャギャギャギャッ!!!


!?


遠くの方から、ブルドーザー…とは違う何か大きな生き物の声が響き渡る。


「えっ!?な、何?何??」


「貴様ッ!寝汚いにも程があるぞっ!!

何度、俺様が呼んでやったと思っているんだ!」


エルの怒声が夜空に響く。


「へ?」


「それを…ぬぁ~にが、ご乗車のお客様はお忘れ物の無いように…だっ!!」


「あ、あれ、夢じゃなかったんだ…?」


そっか…冷静に考えると「船」が海無し県に行く訳が無い。


「いや…でも、あ、ある意味豪胆デスよ…

キマイラに…ッ…襲われているのに…寝ぼけていられるなんて…」


エルのイラついた声とレイニーさんの緊張した声が交互に聞こえてくる。

どうやら、キマイラとか言う夜行性の魔獣に現在進行形で襲われているらしい。


一応、結界の中なので、安全ではあるものの、バリバリゴリゴリ、何かを破壊する音が響きわたる。

エルの奴が僕とレイニーさんをハンモックから守りやすい中央部分に移動させてくれたようだ。

キマイラ級の魔獣の場合、下手をすると結界の魔力の弱い部分を見極め、紐を千切ってしまう事も有るんだとか。


え?

これ、割とガチで危険なヤツって事…?

なんか、寝ぼけていたせいで…この危機に現実味が無い。


魔獣が唸り声を上げながらオズヌさんや隊長さん達と大立ち回りを演じているすぐ傍で僕は

「うるさいなー…まわりの…むにゃむにゃ…工事してよ…」とか呟きながら寝ていたって事か?

…あ、あはは~…

僕は自分でも震度3程度だと目も覚まさないくらい眠りが深いとは知ってたけど…

いやー、疲れていたのかなっ!

…面目ないです…ハイ。


メキメキっバキっバキッ!


重量級の何かが、植物の細胞壁を破壊する音がする。

ただし、その音はどんどんココから遠くへ向かって離れて行っているようにも感じる。

暫くすると、辺りは静寂に包まれた。


「…終わった…のか?」


エルが鼻をひくひくさせて周りの気配と匂いを確認する。


「ああ。終わりだ、エルヴァーン・ジョウ。」


「隊長!」


「あーあ、逃げられちゃったっスね。」


「まぁ、誰も大した怪我無く撃退出来たんだ。十分さ。」


「リー兄ちゃん!オズヌさん!…ご無事で何よりデス。」


暗闇から、次々と頼もしい皆様方が姿を現す。


「ちょっとした擦り傷でもお怪我が有れば治しますよ~。」


後ろめたさも手伝って、大して怪我も無い皆に、一応疲労回復をかけてゆく。


「一応、大物は追い払ったから、今晩はこれ以上襲われることは無いと思うがな。」


「ふむ。それを期待したいものだ。」


しばらくは、そんな感じで警戒していたのだが…

こちらはハンモックではなく、エルの隣にちょこん、と座っていたせいで…

こんなぬくもふを、もふもふしてたら…ふぁ~…おっと、欠伸が…

もふもふが、もふなだけに、ぬくもふの、もふもふで…プシュるこふぁぁー…ZZZ



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