第16話 疾走!魔物の森!


「貴様等アァッ!!

これじゃ全然先に進まないだろっ!!」


ですよねー。


「特にそこの酒飲みエルフッ!!貴様の顔がデカすぎるんだよッ!!!」


「酷いっス~、そこは顔が広いって言って欲しいっス~。」


昼ご飯を食べ終わった頃に、エルヴァーン君の忍耐力が尽きました。

あ、お昼ご飯はリーリスさんの友人のパーティの方から分けて貰っちゃいました。

こちらの携帯食料が減らずに済んでラッキーです。


移動速度については…

まぁ…僕の足でも、ちょっと進むペース遅いかな…?

と感じたくらいだから、他の皆さんからすると、輪をかけてそう思うんだろうな~。


「しかも、いちいち話し込みやがって…!」


「にゃははは…悪いっス、悪いっス。

オレが町の外に出る依頼なんて久しぶりッスから…

つい、近況報告をこう、ね~?」


リーリスさんが悪びれた様子なく、心のこもらない謝罪を口にする。


「今日は街道沿いの村まで行かないといけないんだぞ!?

分かっているのかッ?!」


「わかってるっスよ~。でも、契約上は、そこまで急ぎでは無かったはずっスよ。」


「…ぐっ…」


そう、この手のクエストって、一応期限が切られているんだけど、今回のアルストーアの依頼は割とアバウトな期限の切り方だったんだよね。


多分、お姫様の予言がそこまで細かくは、指定がされなかったんだと思う。

ちなみに、今回は『夏が終わるまで』と言う期限の切り方だった。


「だが、少しは急いだ方が良いかもしれん。」


オズヌさんがエルヴァーン君に助け船を出す。


「そうデスね…ココでこれ以上仕事をしてしまったら、もう証明書と領収証が発行できなくなりそうデスし…」


それを聞いて当初よりだいぶ薄くなった魔導書を眺めてレイニーさんが呟く。


いや、僕としては、魔導書を引きちぎって領収証に変えてる貴方の行為の方が驚きですけどね!?

つーか、魔導書ってそう言う用途でも使うアイテムなの!?


誰もツッコミを入れないって事は、そういう文化なんだろうけどさ!


「鑑定士!お前もこんな所で何で仕事してんだよ!」


「……臨時収入デス!」


「どや顔するな!」


「まーまー、若いのにカリカリすると老化が早くなるっスよ?」


「貴様らが俺様の老化を促進してやがるんだッ!!」


ダンダン、と地団駄を踏むエルヴァーン君。


「もっと急いで進んだ方が良いに決まってるだろっ!!

俺様は貴様等と遠足に来ているんじゃないんだぞッ!!」


「そうだな。いや、急いだ方が良いのはそれだけじゃない。

さっき、ユーエナが心配してたから、俺も道すがら調べてみたんだが…『大発生』の予兆が僅かにある。」


「大発生?」


大発生とは、その名の通り野性のモンスターが、一時的に倍増する事象を指すらしい。


あ、ちなみに、モンスターと魔獣の違いは、生態系を持つか持たないか、だそうで…

どういう訳か…魔力の歪み(?)とか淀み(?)とか瘴気とか(?)

…なんかそう言う、理性の追及を拒否した感じの、ふわっとしたものから発生するのが『モンスター』。


逆に、親から子が生まれて、生態系を形成しているのが『魔獣』と言うらしい。


そして、「大発生」を起こすのは『モンスター』のみ。

どういう理屈か分からないけど、時折、起きる自然現象なんだとか。


「…何故、大発生だと?」


隊長さんがオズヌさんの発言に対して、ぴくりと眉を動かす。


「ほら、アレだ。」


オズヌさんが指さす先には小さく可憐な、青いほおずきのような植物。


「ヒカリホタルブクロの青色発光が始まってる。

発光色が黄色や赤にはなってないから、まだ多少時間はあるだろうが…

巻き込まれると厄介だ。」


「…ふむ。では、フォルス伯爵領まで走るか。」


は!?走る!?

あっさりと、隊長さんがとんでもない事を言い出しました。


「今からでもヨーニャの森を抜けた方が『大発生』に巻き込まれるよりはマシだろう?」


オズヌさんは暫く考え込んでいたが、どうやら隊長さんのご意見に賛成らしい。


おうふ…マジですか…


「雑魚モンスターなら良いんだが…何が発生するか分からないからなぁ…」


結局、午後からは高速移動モードで魔獣の多いと言われている『ヨーニャの森』を突っ切る事になりました。



まず、オズヌさんがもふもふキーウィモードにチェンジ。


今回は、高速移動の可能性を踏まえて、何と、鞍のようなものを準備していてくれました…!

こ、この男、紳士すぎるッ…!!


鞍をオズヌさんの背に乗せ、僕はリーリスさんが座った前に乗せて貰う。

見た目はお父さんが子供を抱えて滑り台とかを滑る感じになってるけど…

うん、後ろに人が居ると安定感が違うね。


馬とは違い、手綱がある訳ではないんだけど、一応、鞍にこう、掴まっていられる…ジェットコースターの安全バーみたいな?

なんか、そんな感じのパーツと中心部にはカバーの付いた丸いお玉みたいなポケットが付いている。


そのポケットへ小鳥になったレイニーさんがちょこん、と収まる。


これなら、レイニーさんが吹っ飛ばされる心配もない。


よく考えられてるわ…この鞍。

…お玉の部分絶対特注品だよね?


リーリスさんがテキパキとすべての荷物をオズヌさんの上に乗せて括り付けている間に、エルヴァーン君の方も狼形態に変身を遂げている。


「エルヴァーン君は狼形態の方が走りやすいんスか?」


「…フンッ!当然だ!」


と、当然のように隊長さんがエル君の背に跨る。


「エルヴァーン・ジョウ、問題無いな?」


「もちろん!ヨーニャの森程度の魔獣、俺様の敵じゃありません。」


自信満々、笑みを浮かべ宣言するエルヴァーン君。


大きい狼って、笑うと某アニメーション映画を思い出してしまうのは日本人の性だよね…

あの監督、元の世界で100年後には肖像画がお札になってるんじゃないかなァ…


「…よろしい。」


「じゃ、行くか?」


「…フンっ!俺様について来れるか、キーウィ剣士?」


「くくく…全く、元気なガキだ。」


ダンッ!!!


それを合図に、1匹と1羽の獣たちは、森の中へと…道なき道を駆け出した。



「…うおッ…ッと、…ッ!!」


相変わらず物凄い速度!!


だが、今回は鞍の安心感に加え、道の様子も以前のキノコ山に比べると高低差も少ないし、後ろからリーリスさんが支えてくれるお陰で安定感が違う。


「にゃはは、キモチ良いっス~」


リーリスさんの言う通り、森の木々が僕たちの後方へと吹っ飛んでいく様子は、爽快だ。

耳元では風がびょうびょうと唸り声をあげている。


「…なかなか走れるじゃないか、坊主。」


「…フンッ!…この程度…俺様には問題ないね。」


狼とキーウィが肩を並べて森を駆けると、前方では野生動物たちが驚いて脇へ逸れて行くのが目に飛び込む。


前と比べると、多少は風景を見る余裕があるなぁ!


おお、大きな角のあるシカの群れが驚いたように左右に散る。

どうやら、この森は生命の豊な森なのだろう。


すると、正面奥の洞窟のような所から、鬼のような角の生えた黒い熊らしき生き物が顔を出した。


「グレイウィッグ・グリズリーか…?」


灰色鬘グレイ・ウィッグの名の通り、頭頂部の毛だけは輝くようなグレーに染まっている。


「フンッ!この程度の魔獣、俺様の雷撃魔法で…」


エルヴァーン君が周りに小さな雷を生み出す霧のようなものを纏い始めた。


ところが…どうやらこの勝負、熊の方が賢かったらしい。

…力量を見極める能力、と言う意味で。


そう、熊さんは、僕たち…と言うか、高速で駆け寄ってくるエルヴァーン君とオズヌさんを目にするなり、顔を出したばかりの洞窟へと、一目散に逃げ去ってしまいました。

あんなに泡を食って逃げ出す熊を見たのは始めててです。


「…ッチ

…グレイウィッグ・グリズリーめ…

命拾いしたな。」


どうやら、魔獣とは言え、必ずしもこちらに襲い掛かってくる訳ではないようだ。

森はさらに深くなり、あちらこちらから何か命の気配は感じるものの、特に襲われる事も無く進み続ける。



「さて、そろそろこの辺りでキャンプの準備にするか?」


「……ふ…ふんっ、ハァ、ハァ…つ…疲れた…のか?」


いや、多分…エルヴァーン君の方が疲れてるんじゃないかな…?

まだ足は止まっていないし、速度もそれ程変わらないけど、声に張りが無いよ?


…でも、こいつ、疲労回復の魔法かけようか?って聞いたら「俺様にはそんなものはいらん!」って怒りそうなんだよね。


「ああ、そろそろ疲れたな。」


オズヌさんがそう宣言し、足を緩める。

これ、明らかにエルヴァーン君を休ませるための方便だよね。


「ふむ…エルヴァーン・ジョウ、あわせてやれ。」


「し、仕方ないな…

今は…な、仲間だからな。ハァハァ…

うん…俺様も休んでやるさ。」


気をつかわれているのを知ってか知らずか、その歩幅を緩めるエルヴァーン君。


丁度、小川の近くでわずかに小高くなっており、大樹が1本生えている所でオズヌさんは足を止めた。

隊長さんがエルヴァーン君の背から軽やかに飛び降りる。


休んでやる、とか言っていたエルヴァーン君だが、やはり疲れているのだろう。

狼姿のまま、舌をだらりと伸ばして溶けたバターのようにぺっしょりと大地に伏したまま微動だにしない。


ハッ、ハッ、ハッ…と言うわんこの荒い吐息が漏れている。

お疲れ様。


「じゃ、この辺りでキャンプにするか。」


「そうっスね~。」


リーリスさんがなにやらお手製の地図のようなものを見つつ、その大樹に耳を当てる。


「何をされてるんですか?」


「ん~…ちょっと、静かにっス…

うん……うん。

分かったっス!

もう、ここはヨーニャの森の中央部よりもフォルス伯爵領に近づいているっスね。」


「えっ!?そんな事が分かるんですか??」


「…エルフは森と会話をすると言うが…

リーリス・リン…貴殿、本当にエルフだったのだな。」


「どー言う意味っスか!?」


「言葉のとおりだが?」


まぁ、ちょっと隊長さんに同意できなくも無かったり…


「ナガノ君、キャンプの準備を手伝って欲しいのデス!」


「あ、はーい。」


僕はレイニーさんに呼ばれて、オズヌさんに括り付けられた荷物を降ろすのを手伝う。

全て荷物を降ろして身軽になったオズヌさんは、エルヴァーン君の隣に座って身体を休めている。

あ、もしかして、オズヌさんも本当に疲れてたのかな?

そりゃ、アレだけの距離をこんな大荷物に人間二人背負って駆け抜けたら、疲れるよね。


そうだ!

今ならオズヌさんもエルヴァーン君も同じような所に居るから…


「オズヌさん、回復魔法を使いますね?…

…ほい、疲労を回復させて!」


僕は、二人の傍でオズヌさんの返事も待たずにササっと回復魔法を唱える。

オズヌさんに向けて声をかけたものの、腕の間に現れた一重の光の環を大きく膨らませて、オズヌさんとエルヴァーン君、一気に二人を包み込む。


「おお、悪いな、ナガノ。」


「な!?何だ?」


光が収まると、オズヌさんは立ち上がって大きく伸びをした。


「サンキュ、楽になったぜ。」


「いえいえ、むしろここまで乗せていただいてありがとうございます。」


「ふ、ふん!俺様には回復魔法など不要だったんだぞ!

…全然疲れてなどいないからな!」


予想通りの反応だな。


「あーハイハイ。

そーですねー。

でも疲れていたオズヌさんが君の隣に居たんだから仕方がないでしょ?」


「…そ、そうか…あいつが疲れていたのか…」


「そーだよ。まぁ、別に掛かっちゃっても、回復魔法だし、悪い効果がある訳じゃないからさ。

気にしないでよ。」


「そうか…うん、それなら…仕方ないな。」


「結構暖かかったでしょ?」


「……ああ。」


はい、エルヴァーン君はこれで良し。

ぺっしょりわんこモードから、人間形態に姿を変え、しゃっきりキャンプ設置モードにチェンジだ。


「おい、貴様!

日が暮れる前に結界を張っておかないとダメだろう!

回復魔法も良いが、こっちを手伝え!!」


「はいはい~。」


元気になったエルヴァーン君が、偉そうに指示を飛ばし始める。


…こいつ…わざわざ回復なんて必要なかったか?


ふと周りを見回すと、隊長さんとリリースさんの姿が見えない。

どうやらこんな事をしている間に、お二人は夕ご飯の獲物を狩りに行ってくれているらしい。

リーリスさんが居れば、夜の森でも多分迷わない、との事。


僕は、レイニーさん、エルヴァーン君と協力して、縄で出来た結界を張り巡らせる。

これ、複数人の魔力を籠めるとサイズが大きくなるんだって。

リーリスさんが聞き耳を立てていたあの大樹の下にくるりと結界を準備する。


「二人とも、魔力が大きいデスね。

ワタシも普通よりは魔力が多い方なんデスけど…」


「フンッ!当然だな!

おい、鑑定士、次はどうするんだ?」


「鑑定士…ワタシの名前はレイニー、デスよ。

エルヴァーン君。鑑定士は職業デス。」


「そんな事は分かっている!」


「??では、何故、名前を使わないのデスか?」


レイニーさんは鑑定の仕事がある訳ではないのに常に「鑑定士」と呼ばれる事が不思議だったらしく、エルヴァーン君に質問をぶつけている。


あ、それはね、たぶん、エルヴァーン君のヤツは『絶賛中二病発病中のツン気取りキャラ』だから気恥しくて仲間を名前で呼べないだけですよ。

そんなまっすぐな目で尋ねないであげて?

ほら、テンパってる、テンパってる。


「そ、それは…そのっ…」


「口内炎デスか?声帯ポリープデスか?発音が苦しいならリシスでも良いデスよ?」


「違うわっ!!何でこの世界の住人共は…ま、まだ…その、

と、とっ友達でもないのに…とか、そういうメンタル的な部分に注目しねぇんだよ!?」


いやいやいや、友達じゃないから名前を恥ずかしくて呼べないって言ったら、友達なんか作る方が大変じゃん!?


異世界関係無いよ!?

え?

そんなに不器用通り越して残念なヤツだったのか?お前…!

元の世界ではどうしてたんだよ!?


「いいじゃん、レイニーさんって呼んであげれば。

僕もエルヴァーン君のことは親しみ(笑)かっこわらいを込めてエルって呼ぶからさ。」


「え、エルヴァーン様と呼べ!エルヴァーン様と!!」


「…だが断る!!」


「なにぃッ!!??ナガノッ!貴様ァ!!」


「エル君デスね?」


「鑑…じゃなくて、れ、レ…レイニー、貴様も、軽々しく俺様を呼ぶなっ!!

お、俺様より年下のくせにっ!!」


「へ?違いマスよ?ワタシの方が年上デス。

エル君は12歳でショウ?前に鑑定したから間違いないデス。」


「~~ッま、前の世界では俺様の方が年上だっ!!」


「うっそだァ。」


「ナガノッ!貴様、何を根拠にッ!!」


あ、思わず本音が声に出てた。


「いや、だって…人様の名前もロクに呼べない大人が居てたまるか、だよ。」


「ぐっ…嘘ではないわッ…俺様は元社会人の年だっ!」


「でも、それじゃ社会人どころか、それじゃ学校生活だって支障が出るんじゃない?」


「が、学校などと言うところは、知能の低い馬鹿が集まる所だ!!」


「僕は楽しかったけどな~。」


「…ふ、フンっ!話にならんな!」


「僕、小学校の頃ひらがなの『あ』が書けなくてさ~、

書けるようになった時の事とか、めっちゃ覚えてるよ!

英語で小文字のbとdを区別できるようになったのは高1だしさ~。」


「おいまて。

想定していたバカのレベルが違うぞ!?

そこまでか!?

そのランクの奴らが集ってたのか!?」


「だから、こっちの世界来た時に、お医者様…じゃないけど、回復魔法使えてよかったな~、って何度も思ったんだよね。

ほら、前の世界だと医学に対して地頭が圧倒的に足りないから。」


「圧倒的過ぎるだろ!?」


「でも、読むほうは問題なかったし!…英語は別として。」


「???…よく分からないのデスが、お二人は確かに、同郷みたいデスね?」


「あ、一応、そうみたいです。」


「まぁ、積もる話はあるでしょうけど、まずは、キャンプの準備を終わらせるのデスよ。」


「…ふ、フン…そうだな。」


「はーい。」


レイニーさんの一声で、エルの正気値の減少は一応、停止したのである。

ヨカッタネ。

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