第15話 フォルス伯爵領へ
翌日はリーリスさんと、【受け身】の練習とかくれんぼの続きをしながら【隠伏】の練習。
一応、【受け身】の方は学校の体育で柔道を習っていたので、何となく覚えていました。
【隠伏】よりはコツが掴みやすい…と、主観では思ってるんだけど…
「いいっスか?ナガノくちゃんは、危ない、と思った瞬間に硬直して目を閉じちゃう癖があるっス。
受け身の時も同じなんスけど、ぶつかる瞬間、目をつぶっちゃうんスよ。
そこは、直した方が良いッス。」
「あ…はい。」
…との事。
うーん、遺伝子にまで刻み込まれたビビリの才能がこんな所でも開花している模様。
まぁ、アレですね。
小学校の頃ドッチボールですぐやられて外野に行っちゃう頼りない男子って奴ですよ。
…とほほ。
むしろ、ダメ出しは【隠伏】より【受け身】の方が出されてるよう…な…?
「特に、回避は、まず目で見て認識できないと、体も動かしようがないっスよ?」
「ううう…どうすればいいんでしょう?」
「うーん、こればっかりは、慣れと練習っスね。
まぁ、今回の依頼は対人戦がメインっぽいっスから、下手な魔獣よりは経験を積みやすいと思うっス。」
「へー…そうなんですか?」
「キマイラとかヒュドラとかは最悪っスよ。
…動きの予測が難しいんス、ああ言う複数頭があって、しかも賢い奴らは。
それに、見た目でも本能的に【恐怖】をまき散らしたりするんスよ。」
おお…確かに、ただでさえビビリだから、それはやばいな。
つーか、僕の場合、例え見た目がゆるキャラの着ぐるみでも、深夜の暗がりで、両手に血みどろの包丁もって佇んでいらっしゃったりしたら、悲鳴を上げる自信があるもんな。
え?お化け屋敷?
…ごめん、ちょっと何を言ってるか分からないよ。
そんな感じでこの一週間は無事準備を終わらせ…
『月兎の星待ち亭』へと足を向けたのだった。
さて、その装いだが、オズヌさんとリーリスさんはそこそこ動きを損なわない程度の防具を身に着け、荷物のほとんどは時空袋に入れてある。
まさに、ザ・冒険者と言う装い。
僕とレイニーさんは、防御力は捨て去り、動きやすさと疲れづらさを重視した軽装だ。
一応、レイニーさんがこの世界では標準よりはちょっと高価な品を扱う商人さん風の格好、僕がその弟子っぽい衣装だそうです。
これなら、護衛を複数名抱えていてもおかしくない恰好らしいんだけど…
僕たちの格好は元の世界だと、山登りに行く装備っぽいかもしれない。
通気性とか防水性とかを考えられている軽くて暖かいローブに、歩きやすくて丈夫な靴。
ま、同じように例えるならオズヌさん達の装備のイメージは自衛隊みたいな感じかな?
武器については、オズヌさんは刀身が真っ黒の大剣がメインで、パーティーの前衛を務める。
また、もふもふ形態になると、僕たちの足にもなって貰えるし、実は手先も器用なので、罠等の解除もお手の物、との事。
しかも、この男、料理も上手いんだ。
いや、僕だって自炊は出来ますけど、キャンプ飯をスムーズに作れる程、手慣れてはいませんぜ?
…案外、火打石からの着火って難しいんですね…
オズヌさん…この人はできるヤツですよ。
次に、リーリスさんは弓メインの遠・中距離型だが、一応、近距離には短剣二刀流も可能、と言うマルチなタイプ。
無精ヒゲも奇麗にそり落とされ、イケメン3割増し。
また、森の中の移動に関しては一日の長があるそうで、逆に、砂漠とか木の全く生えていない岩だらけの大地とかは苦手なんだって。
そう言う話を聞くと「あ、この人…エルフだったんだっけ…と」大変失礼な事が頭をよぎる。
そして、レイニーさん。
彼は基本的に非戦闘員。
一応、武器として「魔導書」の所持はしているらしいけど、そもそも「魔導書」ってモノ自体が冒険者にはあんまり向いていない武器なんだって。
魔導書は、町中で研究とかに明け暮れるタイプの術者ご愛用の品らしい。
まぁ…ぶっちゃけ「本」だもんな。
水に濡れたりしたらふやけるし、火がついたらすぐに燃えるし…
冒険をバリバリこなすガチの魔導士さんの武器は「杖」か「指輪」みたいな物が好まれるんだそうです。
使える魔法は「光」と「風」。
ただし、実際の所は攻撃用と言うより自分や僕が逃げる時間稼ぎ用や補助用と考えてほしい、との事。
僕は…と言うと、何とかギリギリ【隠伏】の方は合格を貰えました!
やったね!
もともと姿が見つかっていない状態ならば、かなりイイ線まで行っている、との事。
しかし、【受け身】の方は習得に至らず。
あれぇ?
おかしいなぁ?
「背中を強打して数秒してから床をべしべし叩いても意味無いっス!」と何度言われた事か…
いや、同時に叩いてるつもりなんだけどね??
それに、でんぐり返しだって普通に出来てたはず…
なんか、気づいたら変な所に転がっていましたけど…
体育の成績は5段階評価で3だったから、元の僕は普通の運動神経だと思うんだけどな?
このボディちゃんが運動音痴なのか??
つまり、【回復魔法】が無ければ『ちょっとかくれんぼの上手な割とどんくさい子供』と言うのが僕の正当な評価ですな。
そして、自分の装備は自分で管理するのが基本なので、調理用にも使えるナイフは貰いましたが、子供の手にも持ちやすいように、小さくて軽いので…
まぁ、ちょっとよく切れる果物ナイフみたいな感じかな?
戦力としてはカウントしないで下さい、と言っているようなものだ。
さて、僕達が待ち合わせの宿に到着すると、すでに隊長さんとエルヴァーン君が外で待っていた。
「来たか…」
「…フン。」
「ああ、よろしく頼む。…で、コイツがもう一人の仲間、リーリス・リンだ。」
「よろしくお願いするっス…って、ナザール隊長の依頼だったんスか!?」
「え?知り合い!?」
リーリスさんの素っ頓狂な声に、殺戮時以外は、表情筋が死んでいる隊長さんの眉がぴくりと動いた。
驚いたのは隊長さんだけではない。
全員が、ニコニコと気安く肩を組んでは、その死神の様なほっぺをぷにぷにつつきながら
「や~、お久ぶりっス~、相変わらず表情筋が死んでるっスね~」などと言い放つリーリスさんにくぎ付けである。
あーあ、エルヴァーン君なんて、目をひん剥いちゃってるよ。
「…依頼書に私の名は記してあったはずだが…?」
「いや、だって、オレ、隊長さんのフルネームは知らないっスよ。
知ってるのはレーチェの酒場で『べらぼうにお酒に強いナザールって名前の隊長さん』って事くらいっス!」
それを聞いて、エルヴァーン君が驚いた声を上げた。
「まさかッ…!お前、隊長と飲み比べして唯一勝ちやがったエルフか!?」
そんな事してたんかい。
つーか、リーリスさん、あんた、本当にエルフじゃなくてドワーフだろ!?
「にゃははは、いや~、アレはいい勝負だったっス!お陰様でご馳走になったっス!」
「リー兄ちゃんと…いい勝負?…貴方、本当に人間デスか?」
レイニーさんが驚いた目で隊長さんを見つめる。
え?そっち??
「く…くくく…そいつはご愁傷様だな。
リーリスはこの町じゃ、ドワーフの酒豪より酒に強いエルフって有名なんだぜ。
【
「ラグナ…酒の神か…なるほど。
くふふ…この私に、酒の飲み比べとは言え勝つ男が居たとは、世界の広さを思い知ったよ。」
明らかに笑ってない笑顔で隊長さんが呟く。
リーリスさんってそんな祝福まで持ってるほど筋金入りのザル…いや、これはもう枠…だったの?
どういう肝臓してるんだ?
「…それよりも、戦力の詳細を申告してもらおうか?」
ちなみに、隊長さんの武器は純白の刀を操る接近型で当然、前衛である。
一応、土系の攻撃魔法も使えるらしいんだけど、魔法は手ごたえが無くて嫌いなんだとか。
趣味が人斬りみたいな人だもんな…そりゃそうだよね…。
エルヴァーン君は以前見た通り。
中距離~接近型で、特に鬼族に変化すると、防御力が相当上がるらしく、拠点防衛に向いているタイプなんだとか。
そのうえ、狼型になれば追跡や移動に有利だし、炎と雷の魔法も使えるし、剣技だって一人前、と言う万能型。
あれ?意外とバランスの良さそうなパーティになるんじゃないかな?
前衛メイン二人に後衛二人、回復系一人に、ある意味偵察特化一人。
そんなパーティの現状を把握すると、目的地であるフォルス伯爵領までのルートを決める作業に移る。
…まぁ、僕はまだこの辺りの地理は全然なので、全部オズヌさんにお任せである。
いや、一応、エリシエリさんにこの国…アルティスの地図とか見せてもらったよ?
でもですね、この世界の地図って、縮尺とかがハッキリしてないから、ぶっちゃけ現代日本人からすると、距離感とかが全くつかめないのですよ。
あの、知らない土地の地下鉄の路線図を見せられて、距離を掴むような感じ、と言えばニュアンスは伝わると思う。
東京駅から神田と新宿では神田の方が新宿よりは近い、と言うのは分かるけど、
では、何キロ?と言われると分からない…みたいな。
「ここから伯爵領までは、ヨーニャの森を突っ切るのが最短距離のはすだが…?」
「いや、そこは夜行性の魔獣が強い。
安全を取るなら、ヨーニャの森は迂回してソミリス街道を周って、街道沿いの村を経由してこう抜けた方が早いだろう。
まぁ、行程は4日くらいになるが…それに、そこまで急ぐ訳でも無いだろう?」
オズヌさんが何やらC字を描いて説明をしている。
「…フン、ヨーニャの魔獣が強いだと?
何をぬるい事を言っているんだ?
ヨーニャを抜ければ1日半程度だろう?」
「お前さんは良いかもしれないけどな。
それだと、ヨーニャで泊まりだぞ?」
「オレも別に夜が有利って訳じゃないっスから、ソミリス街道の方が良いっスね~、楽で。」
「…ふむ。」
ちらり、と隊長さんがこちらを見る。
「そうだな。…安全策を取るとしよう。」
こっち見て決めるなよ…
足手まといみたいじゃないか…!
いや、足手まといなんですけどっ!!
そんな訳で安全策で進むことになりました。
このソミリス街道と言うのは、アルティスを東西に分ける割と大きな街道ではあるものの…
まぁ、雰囲気は江戸時代の中山道とか熊野古道とかを連想していただければ良いと思う。
確かに、人工的な「道」では、ある。
あるものの、基本的には大自然がでーん、と鎮座していて、その隙間を縫って行くような道だ。
ただ、この世界の動脈の一つなだけあって、意外と人通りは多い。
大体30分に1組くらいの割合で別のパーティとすれ違ったりする。
ただ…驚いたのが…
「あ、ユーエナさん、お疲れッス~。
あ、オレ?仕事っスよ~。にゃはははっ、珍しいっしょ~。」
「どーしたんスか、ウェッジの旦那!
ああ、そうなんスよ、カルダでは珍しいカードゲームが流行ってるって噂っス!」
「よ!フェイレン!例のユキイロナキギツネは捕まえられたんスか?」
すれ違うパーティの3組に1組は…リーリスさんのお知り合いだと言う事…!
しかも、リーリスさん、何気に相手の仕事内容をそこはかとなく知っているらしく、かなり話が弾んでいる。
すげぇ!リーリスさん、超・顔広いッ!!
多分、この手のタイプって、ちゃらんぽらんに見えて、営業職やらせたら成績上位叩き出すんじゃないかな!?
ちょっと調子悪そうな人とかを、ささっと見つけて、さりげなく僕の紹介をしてくれたり、
僕から回復魔法を使いましょうか?と言い出しやすいような会話のやり取りをしてくれるし、
結構相手に喜ばれてるし…
まぁ、ちゃっかりお酒を奢って貰う約束を取り付けるあたりはご愛敬だが。
中には見慣れないアルストーアの隊長さんやエルヴァーン君をうさん臭そうに見つめる人が居たり…とバリエーションは有るものの、基本的には皆さん大変友好的。
少し進んでは立ち話、別れてからしばらくすると、別の知り合いとバッタリ・らん・いんとぅー。
…つーか、どさくさ紛れにレイニーさんに鑑定を頼んでくる人も結構居るし。
レイニーさんも割と顔が広いんですね。
…まぁ、町に6人しかいない鑑定士なら顔が知れてて当然か。
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