第3話 異世界キャンプ飯はお味噌の香り

そして、話は冒頭に戻る訳だ。


「…で…もぐもぐ…オズヌさん達のような方々を…ふぅ~、ずずず…

ここでは『冒険者』とお呼びするんですね。」


「ああ。だが…お前さん…食べるか話すかどちらかにしてくれ。」


…もぐもぐもぐ。

僕は、オズヌさんの準備してくれた携帯食料をいただく事に集中する。

ひと匙、ひと匙、味わって食べるよ!


「食うのが優先かよ…」


なお、オズヌさんは、調理の段階でもっふもふのキーウィ形態から、シュッとしたイケメンの人間形態に戻っている。

ちなみに「もふ蔵さん」とお呼びしたら、それは婚姻の場くらいでしか呼ばれない正式な一族名らしく「オズヌと呼んでくれ」との事だった。


変身時は「もふ蔵」って感じするんだけどな。

超もふもふ蔵。


ちなみにこの汁、回復してくれたお礼として、オズヌさんが持っていた材料で調理してくれたものだ。


いやぁ、元々オズヌさん達が持っていた荷物が爆風にやられていなくて本当によかったよ。

凄い手際よく、荷物の中から火打石?と飯盒みたいな鍋を取り出し、あれよあれよと言う間にぽかぽかのお汁が出来あがっていました。


元の世界だったら、ネットの『キャンプ飯作成動画』とかで絶賛される手際ですよ。

小さな赤い石と小ぶりなナイフを叩いて飛び散った火の粉を、綿くずから枯葉、そして炭のような携帯燃料へと鮮やかに着火してゆく特殊技能は男ならちょっと憧れるヤツだ。

オズヌさん、すげぇ…!


出来あがったスープは「ギィラピ汁」。

地球の料理で例えると「モチっぽいジャガイモのニョッキとビーフジャーキーと野草入り汁」と言った所か。


ジャガイモっぽいけどモチモチの食感の何かが、ビーフジャーキーっぽい干し肉の出汁を吸い込んで美味しい。

お正月のお雑煮とは違う味だけど、温かさとほっこり感はお正月に勝るとも劣らない。


ちなみに、このイモもちは「フォス芋のラピ」、

ビーフジャーキーっぽい肉は「ギィ」のお肉だそうだが…

…まだ、僕の異世界レベルが低すぎて、よくわからないよ…


もぐもぐ。


…うん。確かに、牛とはちょっと違う風味は感じるけど…

干された肉をさらにスープとして煮られたら、僕の舌には『ほぼ牛』だよ。

あのビーフシチューみたいにほろほろ肉が繊維みたいに裂ける感じとか特に。


そこに、セリっぽい野草のシャキシャキ感がさらに食欲をそそってくれる。

あ、これ、根っこの部分まで煮込まれていたので『セリ』と表現したけど、風味はむしろ『水菜』に近い。


そして、個人的にうれしいのは、この味付け!

オズヌさんが、竹筒みたいな入れ物から、お団子状の丸薬を一つ汁に溶かして味をつけてくれてたんだけど…たぶん、あれはお味噌!!!


マイ・フェイバリット調味料お味噌!!

アイ・ラブ・お味噌!!


お味噌で味を付ければ、大概の汁は最高の味になるのですよ!!

聞いてみたら、こいつの名前はド直球。

「オミーソ」と言うらしい。


嬉しいなぁ、お味噌が存在しているって事はきっと町に行けばお醤油もありそうだ。

うむ、うまし。


あー、体の奥からあったまる~。

一応、オズヌさんの元パーティメンバーの荷物から、無事だった寝具を加工してフード付きのポンチョっぽく全身に纏っているけど、ぺら布一枚の下はだからね、

そりゃ、あったかい汁が幸せを運んでくれるよね。


ちなみに、あのキーウィ形態は、オズヌさんの戦闘形態だそうで…

僕の目には、とてもじゃないが戦闘力が上がった姿には見えなかったのだが…


むしろ、もふもふのでっかくてカワイイ絶滅危惧種。

…ゲフンゲフン。


ともかく、人間形態よりずっと力がアップするらしい。

しかし、昔、冒険で無茶をして嘴を折ってしまってからは、あの形態に変身することができなくなっていた、との事。


また、人間形態に戻っても、全身に鈍い痛みとしてダメージが残っていたらしいのだが、回復魔法の祝福ギフトで元通り変身できるようになったそうだ。


よかった、よかった。

凄く感謝されて、こうしてご飯もご馳走になっているしね。

嗚呼、「回復魔法」をリクエストして良かった。


ずずずずず。

器に盛られた汁一滴も残さず飲みつくす。

…しかし、イイ出汁出てるなぁ…。


「っあ~、美味しかった~。…ご馳走様でした。」


鍋の中身は奇麗にカラッポ。

パーティでちょうど食べきれる量を作るのは、冒険者の必須技能だそうだが、オズヌさんって相当ベテランの冒険者さんだなぁ…。

僕なんか、自炊を始めたばっかりの頃、カレーを作り過ぎて、ほぼ一週間カレーを食べてた事があるぞ。


「ま、あれだけ魔力を使えば腹だって減るだろ。…で、お前さん、これからどうするんだ?」


「そうですね…とりあえず、僕…欲しいものがあるんです!」


「欲しいもの…?」


オズヌさんが怪訝そうな顔をする。

そう、僕が今、猛烈に手にしたい物…


別名、『紳士の嗜み』、『理性の外皮』、『放送倫理の砦』、『常識の最終防衛ライン』

…様々な二つ名を持つそれ!


…もうお分かりですね?

左様でございます。


「おパンツ様ですよ!!おパンツ様!あとシャツも…着替えも欲しいです!!」


できれば通気性と肌触りの良いヤツがいいなぁ…木綿とか…

今は贅沢言えないので着用しているこのポンチョっぽい布、結構な剛毛だからね?

猛烈に素肌がチクチクするのですよ。


「…そういう事じゃねぇよ…。

もうちょっとこう、長期的なヴィジョンは無ぇのか?」


呆れた様子で頭を小突かないでください。


「急に長期的と言われても…

そうですねぇ…一応、回復魔法が使えるので、それを使って生活費でも稼ぎながら、拠点として暮らせる街を複数見つける事…ですかね?

『放浪者』の強制ギアスも持ってるので…」


「なるほどな。なら、お前さん、俺とパーティを組まないか?」


「それって、僕も『冒険者』になるってことですか?」


「ああ。」


聞けば、『冒険者』になるには、登録料と住民税みたいなものを支払えば亜人でも誰でもなることができるらしい。

ちなみに、この辺りを治めているのは『アルティス』と言う王国で、かなり亜人に開放的。

亜人差別の無い国に当たるようだ。


「…お前さん、どう見てもオリジナルのマリクル族だろう?

冒険者登録と住民登録をしておかねぇと、攫われて、奴隷として売り払われるのがオチだぞ?」


「?!マリクル族ってどんな亜人なんですか?

問答無用で奴隷にされるような悪事を働いた一族なんですか?」


「はぁ!?お前さん、鏡見た事無ぇのか!?

つーか、何で自分のことを俺に聞くんだよ!?」


あ、この文化圏に『鏡』は有るんだな、と結構失礼な事が頭をよぎってすいません。


「えーと、まぁ、はい…何ていうか、異世界転生ってわかります?」


「何だそりゃ?」


異世界転生はメジャーじゃない概念なのかな?

お姉さんの話だと、結構前例が有るっぽかったけど…


「えーとですね、僕は以前住んでいた、この辺りとは全然違う文化圏の記憶しか無くて…

つまり、こちらの常識や概念を知らないと言うか…」


説明が面倒くさいからそういう事にしておこう、と心の中だけで付け足す。


「ふーん……つまり、ここに至るまでの間の記憶が無いって事か」


なにやら、深いため息と同時にがしがしと頭を掻くオズヌさん。

え?そんなに変な事言ったのか?


「あー…まぁ…長期保存状態から復帰するとそんなもんなのか…?」


そうそう、そんなもんだと納得してください。


「…すいません。ご迷惑おかけします。」


「いや、良いけど…俺もそんなに詳しくないぞ?」


そう前置きして、オズヌさんは話しだした。


「『マリクル族』って言ったら、本来は東の方にある『最果ての島』に住む少数民族なんだが…

こういったダンジョンで発見される場合、そのほとんどが『緋の人形師』と呼ばれる伝説の魔法使いが創り出した『ドール』の可能性が高いんだ。」


「…はぁ?」


おう、よくわからない単語がいっぱい出てきたぞ。



順を追ってオズヌさんが説明してくれた内容によると…

『マリクル族』の最も有名な特徴としては虹色に輝く髪や瞳、そして…


「昼と夜で性別が変わるぅ!?」


おう、思わず声が裏返ったぞ。

何その性質!


地球にもお湯だか水だかをかけると女になっちゃうふざけた体質、

みたいな漫画あったけどあれはあくまでフィクション。

…リアルに昼夜で性別変わってたら、妊娠出産ってどうなっちゃうんだろう?


なお、オズヌさんも「俺もそこまでは知らん」とのこと。

ちなみに、僕の場合、今は昼間で…体は男なので、夜は女になるらしい。


…なるのか?


マジで??


確かに、『亜人だから最初は体に違和感が…』とか言われたけど…けど…もう少し、そこ、説明が欲しかったっス…

女神のお姉さん…!!

まぁ…あの時聞いていたとしても…英語苦手問題があるからこっちを選んだかもしれないけどさ…


「どうした?何を落ち込んでんだ?」


「あ、いえ、気にしないで続きお願いします…」


…で、むか~し、こっちの大陸に渡って来たマリクル族の一人が『緋の人形師』という魔法使いの恋人になったそうだが、その人は若くして亡くなってしまった。


それに絶望した『緋の人形師』さんは、彼女(彼?)を蘇らせようと、その遺体を利用し、彼女(彼)によく似たコピーを創り出そうとする。


ただ、かなり特殊な一族のため、コピーでありながら個体差がかなり激しく…

失敗作が大量に作られてしまった。


…僕の感覚だと、オリジナルからかけ離れたコピーって「コピー」とは言わないような気がするんだけど…

そこは世界が違うからそんな物なのかな…?


オズヌさんもその辺の魔法には詳しくないみたいだから、これ以上は突っ込めなかった。


ともかく、そこで『緋の人形師』さんは、恋人に似ない失敗作をバンバン売り飛ばした。

その失敗作達は『ドール』と呼ばれ、外見こそ美しいが7,8割は意思も無く、文字通り『生きた人形』で有ることがほとんど。


…とは言え、『緋の人形師』さんが生み出した『ドール』達は、その美しい見た目から貴族階級の間で大変人気になり、一時期は愛玩用や性欲処理用として大ブームを巻き起こした。


だが、『緋の人形師』さんは、人気絶頂の時に姿を消している。


最終的に恋人とそっくりなコピーを創り出し浮世を離れ幸せに暮らした、とも、

恋人をよみがえらせることが出来ず絶望して発狂し死亡した、とも、

他の人形師に嫉妬されて殺された、とも…

諸説あるそうだが、真相は歴史の闇へ、ポイである。


その後、『ドール』達はそのほとんどが経年劣化により壊れて(死亡して?)ゆく中、

時折、自身の研究施設などで長期保存をしたり、その『ドール』を元にさらにコピーをして『劣化コピー』を作ろうとしたりする輩が数多く発生。


現在、『緋の人形師』さんが作成した、と鑑定が付いている『ドール』(通称、オリジン)が4体、

『劣化コピー』が数十体確認されているらしい。


結果、ダンジョン内で『マリクル族』を長期保存状態で見つけた場合、99.9%がオリジナルの『マリクル族』ではなく『ドール』であるはずだから、何をしても良い、と言うことになるのだそうだ。


「お前さんの場合は、祝福ギフトが有るから、『ドール』では無いんだろう?」


「へ〜?『ドール』には祝福ギフトが無いんですか?」


「ああ、『ドール』には祝福ギフトは宿らない。祝福ギフトは魂に宿るものだからな。」


…なるほど。


もしかすると、この体そのものは『劣化コピー』だったかもしれないけど、僕の魂がこの世界に来たから祝福ギフトが付与されたのかもしれないなー。


まぁ、女神のお姉さんに確認しに行くわけにもいかないから、真相は不明だけど、オリジナルの『マリクル族』である、としておかないと僕の人権が危険…ということは良くわかった。


「つまり、その、冒険者登録と住民登録をしておかないと『ドール』と判断されちゃう、って事なんですね?」


「ああ。で、さらにお前さん『放浪者』の強制ギアスもあるんだろ?

だったら、移動に大きなペナルティの課されない『冒険者』資格は持っていて損は無い。」


ふむふむ。


「ま、お前さんが別に俺と組みたくないなら仕方がないが…冒険者にはあの手の奴らも居るからな。」


オズヌさんの指差す先には3体のモザイク遺体。


「ああ言うのに騙されるなよ…って、裏切られて殺されかけた俺のセリフじゃねぇ…か…

一応、警戒はしてたんだがな…」


がりがり、と情け無さそうに頭をかく様子がちょっと気の毒。

あー…な、なるほど。世知辛い世の中なんですね…


「わかりました。では、僕もオズヌさんのパーティに入れてください。」


「ああ。まぁ、俺と合わないと思ったらいつでも抜けてくれて構わない。

どうせ回復魔法の祝福ギフト持ちなんて、どこのパーティでも引っ張りダコだからな。」


おー、それは気楽だ。

でも、オズヌさんと会話しててストレス感じないし、色々と冒険者技能が高そうだし、結構律儀で真面目そうだし、変身するとモッフモフだし、攻撃能力もこの世界の常識もない僕の事をきちんと一人前の人間扱いしてくれるし…

いい人だよな。


「はい、じゃ、よろしくおねがいします。」


「おう、よろしくな、ナガノ。」


にっと笑ったオズヌさんと、僕は小さくハイタッチを交わす。

僕の呼び方が「お前さん」から名前に変わったのがなんだか仲間っぽくて勝手に頬がにやけた。




こうして、僕の異世界生活第一歩が本格的に始動した。


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