第2話 音だけのサスペンス劇場

僕があの灰色の事務室(?)で女神のお姉さんと会話していた記憶はそこで一旦途切れる。


それから、一瞬だったのか、それともある程度時間がかかっていたのか…

よくわからないけど、次に意識が浮かび上がった時に最初に感じたのは「遠さ」だった。


暗くて…なんとなく温かいような海の中?にいる…気がする。

だけど、呼吸は出来ているっぽい。


何だココ?


無重力室とでも言えば良いのか?

ただ、触覚も、聴覚も妙に遠くにあるように感じるし、何よりまぶたが重くて重くて…びくともしない。


なんとなく、今が魂と肉体接続中なのかなー、とぼんやり考える中、まず最初にクリアに近づいたのは聴覚だった。


くー…くるるる…


初めて僕が感じ取った異世界での音は、自分の腹の虫だった。


実際はそれを理解するまでにちょっと間があったけどな!

最初はせめて「光」とか、何か、そんな感じの視覚的なものを想定していたんだけど…


現実は無慈悲なり。


うん。まぁ、…元気だな…我が大腸は。

よきかな、よきかな。


次いでとっとん、とっとん、とっとん…、とひたすら刻まれるリズム。

…僕の心臓の音?


ちょっとここで「先にこっちを感じ取るべきなんじゃね?」と心の中でツッコミが入ったのは秘密だ。


いやー…周りが静かすぎると自分の体の音がこんなに大きく聞こえるんだね。

体は動かそうと思っても全く動かせる気配が無い。


しかも、無重力なのかな?足の裏にも、背中にも床を感じない。

体は伸ばして寝てるんだろうけど、浮いてるみたいなんだよね。

不思議。


まぁ、最初の30分はこんな感じ…だとすると、30分って結構長いナー、とぼんやり自分自身が生きている音を聞いていた。

ところが、なんとなく心臓の音を400ちょっとまで数えたあたりで別の音が耳に飛び込んできた。


ゾック、ゾック、ゾック…


?足音…かな…?

砂利のような道を何かが踏みしめるような音が複数…。

徐々に近づいてくる。


ゾック、ゾッ…


あ、止まった。

…うーん。なんだろう?


まぶたは…まだ動かない。


うわぁ、ドキドキするなぁ…

ヒグマみたいな、人間を襲う獣や異世界産の怪物だったらどうしよう…!

お姉さん、「迷宮」とか言ってたし!


異世界に渡ってしまえば基本的に僕の存在なんて用無しっぽかったもんなぁ…。

ここに来て、急にやっぱり「回復魔法」よりも「ゴリ押しで生き抜く系の能力」とかにしておけば良かった、と言う後悔が噴出した。


やばくない?


冷静に考えたら…僕、攻撃能力無くない??

ある程度の力があるからこそ、中立って宣言できるものだったよね?

うわーっ!?そうだよね?ダンジョン内って言われたし…

現代日本みたいな平和じゃ無いんだった!

『異世界転生、そして即死』は勘弁してほしい。

元の世界で8回分も死んでるらしいから、そこはもう御免こうむりたい。


ぞろぞろと近づく足音とぼいん、ぼいん、と水中で何か…薄いアクリルでも叩いているような音。

こぽこぽ、と水中特有のくぐもった音に混ざり、人の声のようなものが耳に届いた。


「…ーー!……ーーー!」


ちょっと聞き取りづらいし、よくわからない単語も混ざっているが…

どうやら言葉を使う知能はある生物っぽいぞ!

亜人とかが居る世界らしいから、人間かどうかはわからないけど、それでも、問答無用でガブリ、とかは無さそうだ。

良かった!


「…ス…」「…だ…」「ーー!」


しかも、複数人居るみたいだな。

なんだろう?

興奮しているような…喧嘩しているような?

何か揉めている?


ホッとしたのもつかの間。


ザッ…!


「ぐぁッ…!な、何…を…」


ドサリ。


え?


「けっ…てめぇの出番はここまでよ。…汚らしいチキン野郎が。」


「そーだ、そーだ!」


「……ガ…き…さま…ッ!」


ザザッ、ゴッ、バキっ


おいおいおいおいおい!?

音だけでも完全に不穏な感じなんですけど!?

何か、こう、後ろから誰かがチキン野郎(と、呼ばれた誰かさん)を不意打ちしたみたいな??

しかも、続けて複数の男の下卑た笑い声が響く。


「す…げぇな!…こいつはマリクル族…だぞ?」


「マジか!!うひょ〜、売り飛ばせば高値が付くぜ!!」


「しかもこの財宝も見ろよ!俺たち3人で山分けにしても一財産だぜ!!」


どうやら、彼らは…声の数的に、殺された人含め4人程度?

…宝探しを業務にしてるっぽい人たちで、目的のお宝を見つけて大いに喜んでいるらしい。

ちなみに、大変遺憾ながらその「お宝」の中に、僕自身が含まれているようだ。

うわぁぁぁぁぁ…「奴隷」とか「売り飛ばせば高値がつく」とか現代日本では比喩表現かアニメ・マンガでしか聞かない単語が飛び交っているんですけど…!?

勘弁してくれ、どこがまろやかなの!?

人権無視のめっちゃ暗黒時代やんけ!


このあたりで、僕はようやく重〜いまぶたを持ち上げる事に成功した。

ぐぎぎぎぎぎぎ…


「おっ…起きた!?」


おっさんの驚く声がした。

…もやぁぁぁん。

薄明かり…天井のライト?

…あっ、だめだ。


見えない!!!


もしや視力が0.01以下?

薄暗い部屋(?)の奥に赤黒い塊が1つと、手前に茶色っぽい塊が2つとグレーっぽい塊…

腕と足(?)は生えていて二足歩行をしているような気はするけど、顔まで識別できるほどの視力が無い。

えっ!?このボディ…近眼なのかなぁ?

うわぁ…そこまでお姉さんに確認するのを忘れてたよ…

とほほ〜。

困ったな…

この世界、眼鏡が発明されていれば良いんだけど…

人間って情報の8割は視力に頼っているから、視力がここまで弱いのは大問題だぞ。

とっさに目を擦ろうとして、まだ指がわずかに動く程度しか体が動かせないことに気づく。

…おっと、瞳以外の部位に意識を集中したせいで、自動的にまぶたが下がってしまう。

まだ30分経過してないってことかな…?


「いや、寝てるだろ?」


「本当だって、さっき一瞬起きたって!」


「封印も解いてないのに起きる訳ねーだろ。」


「俺、一度マリクル族をヤッてみたかったんだよな〜」


まてこら、何をする気だ!?


「よせよ、手垢が付くと値段が下がるぜ。」


「何言ってんだよ、マリクル族は男も女もどっちも相当名器だって話だぜ?よく知らねぇけどよ。」


「そうなのか?」


「そー、そー。発見者の特権ってヤツだから構わないってゴムレスさんも言ってたぜ。」


ゴムレスさん!!どこのどなたか存じませんが覚えてやがれ!!!


「…っち、開かねぇな…どうやって開けるんだ?コレ…」


「ぶち壊しちまえよ。」


「切るなら、コイツの体を傷付けないようにしろよ?」


チャキっと刀(?)を構えたような金属音。

うおおお!?

これは、…コレは本気で逃げねば色々とやばい事になるシーンなのでは!?

『エロ同人誌みたいに!エロ同人誌みたいに!!』ってヤツですよ!?


「よし、行くぜ?」


「おう。」


ああああああ、ちょっと待って、おい、マジか!?

馬鹿な事考えてる暇じゃ無いぞ!?

くっそぉ!

ハチに刺され、クマにどつかれ、電車に引きずられ、川に落ちてなお、生き延びようと毒キノコを口にする僕の魂の意地汚さを舐めんなよ!!

攻撃能力が無くたって、歯くらいは生えてるんだ!

変な事しようとしたら、テメェのタマ食いちぎるぞオラァ!!

漢の生きざま見てろやコラァ!!

…と、心の中で啖呵を切るものの、まだ指先がピクピクする程度しか体は動かない!


ゴッ!!ドゥンッ!!!!


全身を震わすような衝撃が来た。

いや、全身を震わすような、ではなく、確実に何か…

衝撃波っぽいのに吹っ飛ばされて壁に背中がぶつかったぞ!?


「ごぼぼっ…どぇっ!」


唇から思わず声…と、空気(?)が漏れる。

こんな時なのに、自分の声が子供に戻ったみたいに高い声に変わってるなぁ…と認識している僕の思考回路をいっぺん洗い直したい。


…チーン!


しかし、その瞬間、何か、こう、カチリ、とハマったような感じがして、パチリと瞳が開くのと、手が、足が、全身が、力を取り戻したのが一緒だった。


30分経過したんだ!!!!

長かったあああああ!!!!

僕は、急いで床に両足を付いて立ち上がる。


ざばっ!


見れば、無色透明な水の中に居たっぽい。

天井部分がうっすら明るいな。

なにこれ?

LED?

しかし、目の前のガラス…いやアクリル(?)容器に大きく亀裂が入っており、そこからどんどん水が漏れていっている。

あ、やっぱり水の中に居たのね。

だから、視力もあんなに低かったのか。

なんだ、よかった。

今の僕にメガネの心配はいらない!

きちんとピントの合う目で周りを見回す。

この裂け目、内側から押すとかなり簡単に歪んで裂ける。

これなら、ココから出られそうだ。

よし!!

逃げ……え……あれ?



ふと、冷静になるとさっきまで不穏なまでに賑やかだったおっさんたちの声が途切れている。


「えっ?」


水が減り、外の空気が半分以上入ってきたことでハッキリと感じ取れる鉄サビのような一種異様な生臭さ…

バシャー…という、水の流れる音だけが妙に耳に響く。


「えー…と…」


ちらり。


僕の居る容器の向こう側…。


「うわぁぁぁ……」


どうやら先程の衝撃はおっさんが容器を破壊したものではなく、容器を破壊しようと攻撃した瞬間になにやら爆発系の罠が作動した衝撃だったらしい。

先程まで下卑た笑いを上げていたおっさん達はそこらへんに内蔵をぶちまけ、一人は下半身を焦げとばし、一人は頭蓋骨を粉砕され、もう一人は胴体を引き裂かれ…事切れていた。


ぐ…グロい…

あ、事切れると大腸ってあんなにぺしょん、とするんだ…


とりあえず僕はその容器から抜け出した。

ぺしょ、ぺしょ、と水を滴らせ、洞窟内を歩き回る。


天井付近の岩場には、ちょうど爆風の直撃から逃れるように置かれていたのか、彼らが持ってきたと思われるランタンのような照明器具がオレンジ色に部屋を照らし出している。

部屋の中は石灰岩っぽい洞窟の一部を加工して部屋のようにしたらしく、僕が居た容器のようなものが壁にいくつか埋め込まれている。

ただ、中身が入っていたのは僕の居た所だけで、他は何も入っていない。


さらに奥には金や宝石のようなものが無造作に入れられた宝箱。

(空いているところをみると、おっさんたちが開けたのかな?)

何やら研究施設の名残のような机や椅子…

もはやカビてしまって読めない本だったんだろうな、と思える塊。

実験道具なのか、用途不明な錆びた金属の機械のようなもの…

見方によっては拷問道具にもみえなくもない。

いくつかのカバンや道具がさっきの衝撃で吹っ飛ばされて奥に転がっている。

そして、出入り口方向には4つのモザイク…もとい、遺体。


さて、困ったな。

当面、エロ同人誌みたいな危機は去ったものの、今の僕は裸である。

ガタガタ震えるほどではないが、地味に寒い。

むしろ、この水の中の方が生暖かいくらいだ。

…温泉だったりしたのかな?

おまけに、外に出ると足の裏がちくちくと痛い。


手足や体つきの感じから10代前半…というよりも、10才前後…と言われたの方がしっくりくる気がする。

…二次性徴もしてないし。

肌の色は慣れ親しんだ黄色人種っぽい。

…いや、それよりは色白か?

…触れた感じ、耳も…まぁ普通。

特にツノとかしっぽとか羽とか尖った爪とか鱗とか…

何かこう、ファンタジィな要素は無い。

首に何か…チョーカー(?)首輪(?)固いものが巻かれているけど、結び目みたいなものは無いし…

何だろう?

苦しくも痛くも重くもないし…まぁ、いいか。


鏡が無いから、顔立ちとか瞳の色はわからないけど、髪色はちょっと薄汚れた赤灰色?

…いや、光源がオレンジだから…白髪か?

…でも角度を変えると、黄色にも青にも緑にも光ってるような…?

白髪ベースのホログラムな髪?

子供の頃集めていたカードで、超レアとかが、こんな加工されてたような気がする。


チラリと見えたモザイクさん達は赤髪・茶髪・金髪・黒髪…だったので、これが高値が付くっていうナントカ族の亜人要素なのかな?

…にしても、こんな子供に欲情してたの?

このおっさん達?

もしかして心の病だったのかな?

…それとも、子供の頃に性的虐待でも受けてたの?

何か、こっちの世界常識や一般感覚が一気に心配になってくるなァ…。


とりあえず僕は、奥の財宝ゾーンから衣類や靴が無いか探す事にした。

軽く眺めた感じだと衣類っぽい物が見当たらない。


…弱ったな、衣類は人間の尊厳の第一歩だぞ。

宝箱の中に入っていたカバンを片っ端からひっくり返すも、残念。

大・中・小3つあったカバンのどれにも何も入っていない。

…この一番大きいカバン、柔らかい材質だし、穴を3つ開ければ上着がわりにはなるかもしれないけど…それだと下半身は丸出しだ。


ゲームだと、宝箱の中には装備品とか入ってるんだけど…何か無いかな?


がちゃ、がちゃ…ちゃり、ちゃり…


…宝石・真珠・宝玉・金貨と言った『THE☆お宝!』って感じのものが大多数。

ネックレスのように連なった宝玉の下からは…

お!これは…フルフェイスのヘルメット?


防具っぽいもの見つけたどー!


…しっかし、裸にフルフェイスのメットかぁ…コイツぁ変態がはかどるなァ…。

とりあえず、メットを脇に寄せてさらに箱の中を探す。


他には、ピアスとか腕輪みたいなアクセサリー類は複数入っている。

…あ、これ、杖…つーか、ロッド?いや…もうちょい短いかな?妙に節くれ立っていて、装飾過剰な双頭の蛇みたいな…あ、これ、底の部分開くわ。

ぱかっ。


はい!中身は空でした~。


えっ?

何なのこれ……筆箱?

…印籠みたいな薬入れ?

…それとも何かおどろおどろしい儀式とかで使う祭事用品???


何かを入れる用途はあるっぽいけど、結局のところよくわからないものが…複数。

まぁ、でも装飾に使われてる真珠とか宝石だけでもお金にはなりそうだ。

だが、求めている装備品ではない。

それもとりあえず箱の横に置いておく。


そして、箱の奥底に眠っていたのは長さ50センチくらいの黒く、つややかで、やたらとしなる杖。

何かの芯に皮を巻いて出来てるのかな?

振り回すと、ヒュン!と風を切るいい音を響かせてくれる。

…それくらいかー…


この宝箱の中身を装備するとなると…ココに入ってきたおっさん達とは、明らかに文化圏の異なる民族になることは間違いない。

そう、例えるなら、中世ヨーロッパ文化圏にインカ・マヤ帝国原住民族伝統衣装で殴り込みをかける感じかな。

ここまで徹底してるなら美意識的には悪くないだろうけど、果たして、すんなり受け入れてもらえるかは、甚だ疑問だ。


…となると…

…チラリ。

はぁ…。気は進まないけど…


あの、モザイクさんたちの装備してた品の中にマントが有ることは分かっていた。

あれが布であることは確かである。

しかも、相手の品は大人サイズ。

今の僕は子供サイズ。

真ん中に穴を開ければポンチョみたいに着れるだろう。

…ほとんどが血まみれだけどな。


ええ〜い!背に腹は変えられない!!


どっかの町まで行けば衣類を購入できる!

…はずだ!!

多分!!

きっと!!!

だって、宝探しを家業にしてるっぽい人たちが存在しているくらいだもん!


それに、最初に仲間割れで殺されたおっさんはバラバラに吹き飛んで居ないし、布の汚れも少ない!


そう考えて、一番奥に転がっている赤い髪のおっさんに近寄る。

うっ…違う…

赤い髪じゃなくて、血で金茶色の髪が赤っぽく染まってるんだ…

多分、後頭部を鈍器でかち割られちゃったんだろうなぁ…

怖ぇよ、異世界!!!


「ナムアミダブツ、ナムアミダブツ…申し訳ありませんが、こちらのマントをお借りします。」


僕が気休め程度に念仏を唱え、おっさんの服に手を伸ばした瞬間だった。


「…ぐぅッ…ガッ、はっ!」


ギロッ!!


「わああああぁぁぁぁぁ!?」


目ぇ見開いた!!!血、吐いたぁぁぁ!!

つーか、生きてる!?

このおっさん、生きてた!!!!


…ぜひゅ、ぜひゅ…


しかし、立ち上がる力は無いのか、血走った…というか、白目が血で真っ赤に染まった目で僕を睨むばかりで、ピクリとも動かない。


ヤバイ、ヤバイ!

このままじゃ、このおっさんは死ぬ!!

今だって、顔色ヤバイくらい土気色だし、耳から血出てるし、口元からは真っ赤な血が垂れて来ている。息の仕方だって何か異音してるし!

き、救急車!!110番は!?スマホどこだっけ!?

周りをキョロキョロ見回して気づく。

違う!ココ、異世界だから、そんなもの無い!!

…ない、けどっ…!


僕は魔法つかえる…はずだ!しかも、回復魔法を!


「えっと、ライブ!リライブ!ケアルーン!ホイミーン!…ダメか。えーと、痛いの痛いの飛んでけ〜!」


元の世界のゲームとか漫画で出てきた呪文っぽいものを連呼するも…残念ッ!!

何の成果も得られないっ!!

どうしたらいいんだ?

折角いただいた祝福ギフトを使いたいのに!

僕がそう思いながら両腕をふっと前に出した瞬間、腕の間に光の環が現れた。


ほわ!?

なんか出た!


光の環は、腕を広げると大きくなり、腕を近づけると小さくなる。

た、たぶん、これだ!

地球ではこんなもの腕の間に出た事ない!


その、光る環を急いでおっさんの傷口付近に近づけると、環から光の粒子がおっさんの傷口に吸い込まれ、傷が塞がっていく。


「が…ハッ……!」


だが、これだけでは足りない…!

だって、何か、頭蓋骨陥没してるのは治らないし、耳からの血も止まらないし…


「もっと強く!完全回復!!!

骨折も失血も脳内の傷も内蔵もそれ以外の損害も!!

全部!

キレイで!!

このおっさんが生存時最高のパフォーマンスを発揮できる体に戻す感じで!!」


僕がそう宣言しながら、再度両手を突き出すと、現れた光の環が幾重にも重なり…九重の環となる。

なるべく、おっさんの全身が光の環に触れるように僕は両手を広げて、その環でおっさんを優しく包み込む。


ぎゅぼぼぼぼぼぼぼッ!!


「ぐっ、うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!???」


すると、凄まじい音と光る環から立ち上る逆さ滝のような虹色の何かに包まれ、おっさんが絶叫した。

まるで、見えない糸で釣り上げられたのではないかというような、不自然な立ちあがり方をして、直立不動で天に向かい叫び続けるおっさん。

光の粒子が打ち上げ花火を逆再生させたように、おっさんの周りに集まってゆく。

只今、目の前でスーパーなんたら超人が爆誕しております。


「お…おぼぼぼぼぼぼ…」


あ、あれ?もしかして、や…やりすぎた??


絶叫と光が収まると、そこに立っていたのは金茶髪のイケメンだった。


だ れ だ こ れ ?


最近の細身でシュッとした…ではなく、全身ガッチリ鍛えられた筋肉質。

…だがマッチョとは違う…獰猛な野生を思わせるガッチリ感。

もちろん、血の跡は愚か、傷跡も一切ないプルンプルンの肌だ。

しかし…このおっさん、こんなに若々しかったっけか?

顔とか…特に眉間や額にもっとシワが深く刻まれてて、手とかもかなりボロボロに荒れてて…

見た目40…いや50代くらいの壮年男性…だと思ったんだけど、今はどう見ても20代半ばにしか見えない。

下手したら、地球で死んだ僕より若くないか?


元おっさんは、胸元や後頭部を触ったり、両手を閉じたり開いたりしながら、己の体を確認している。


「…これは…一体…?」


ですよね~…そうなりますよね、僕だってびっくりしてますから。


「えーと…だ、大丈夫でしたか…?」


にへら、っとした笑みを頑張って顔面に貼り付けて僕はおっさんに声をかける。

こちらは、さっきの爆誕ハッスルに腰が抜けてへたりこんだままだ。

…仕方ないんだよ!

僕の基本姿勢はビビりの遺伝子がバリバリに組み込まれた日本の小市民なんだよ!

瀕死のおっさんが重力から逆らった立ち上がり方で突然絶叫すれば腰だって抜けるわ。


「あ、あの〜…僕、中島長野と申します。」


ぺこり。


「実は僕、祝福ギフトで「回復魔法」を使えるので、使用してみたんですけど…お体の調子はいかがですか?」


なるべく、敵じゃないよ~、大丈夫だよ~、だから攻撃したりしないでね~オーラを全開。

震えるな、声!

体がプルプルしているのは怯えではない!

寒いんだ!

裸だから!!

コレは寒さだ!!


「…回…復だと…?…まさか…」


ハッとした様子の元おっさんが真剣な顔で…吠え…いや、鳴いた?


「キーーィッ!!」


良く響く声が洞窟内にこだまする。


え?この人…何してるの?


僕が不思議に思ったその刹那、あれよあれよと言う間に元おっさんの金茶の髪がより深い茶色に染まり、上半身の衣類がバリバリと胸元の飾りに吸い込まれる。

と、同時に窮屈そうな革靴がその姿を恐竜のような大きな爪の立派な足へと形を変える。

そして上半身は、ふっくらとした羽毛に覆われた。

その頃には、腕が無くなり、その口元からは、2本の曜変天目茶碗で作られたような、奇麗な嘴が伸びる。


「う…わぁ…」


映画でもCGでもなく、初めて目の前で見る『変身』。

まごうことなき、立派過ぎる大きさの『キーウィ』がそこに立っていた。

…瞳がつぶらでもふもふしてる。

…めっちゃ、かわいいな…


「…ふむ。」


キーウィさんが、納得したようにその長い嘴で自分の体を撫で回す。


「ああ、すまない。…驚かせたか?

俺は、モフキウイ族のモフゾウ:オズヌだ。

…助かった。感謝する。」


ぺこりー。


言動から察するに、もふ蔵さんはさっきの爆死したおっさんたちと比べると…かなりの紳士だ。

これなら、突然突き殺されたり、奴隷としてポイっと売り払われたり、エロ同人誌みたいな心配はしなくて良さそうだ。


……ぷしゅ~……

あ~……も~、全身から緊張が抜ける音がするるるる~…


「…おい、大丈夫か?」


そんな声が遠くで聞こえた気がした。

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