8回分死んで異世界に転生したら最初の仲間がキーウィに変身するおっさんだったでござる。
伊坂 枕(いざか まくら)
第1話 瞳ひらけば…そこに、キーウィ
真正面に鎮座するのは、もふもふキーウィ。
ただし、その大きさは軽乗用車並み。
どうも、中島長野です。
あ、僕、わりと変わった名前って言われるんですけど、「中島」が苗字で「長野」が名前です。
なんでも、オカンが当時大好きだった俳優さんだかアイドルさんだか…そこら辺の高顔面偏差値さんから頂いたらしいです。
ただし、その方の苗字の方を名前としてつけてくれたんですよね。
なお、オカン曰く『名前の方は割と地味でありきたりだからツマラナイわ』等と意味の分からないことを供述しており…
つーか、受理すんなよ、お役所の窓口さん。
「…おい、大丈夫か?」
僕のしばしの現実逃避を容赦無く切り裂く声が響く。
眼の前に座り込む軽自動車サイズのキーウィみたいな生き物の口から流れ出たのは、まごうことなき奇麗な日本語。
しかも、かなりの渋いイケメン・ヴォイス。
長いクチバシにつんつんおヒゲ。
ふっくらもふもふ真ん丸ボディ。
つぶらな瞳に、きゅ?っと首を傾げる様子が超絶可愛いのに…
何この無駄にイイ声は…
…あー…うん、まじで異世界なんスね…
そう、僕は…30分とちょっと前。
来てしまったのです。
異世界に。
「本当に大丈夫か?」
「…はい、まぁ、大丈夫だと思います…ちょっと、急に…貧血かな…?」
「いや、
「え?
僕の一言に、目を見開いてクチバシを開く。
あっ…何言ってんだ?コイツ…って表情なんですけど、このもふもふ。
こちらの世界に来る前に女神のお姉さんから受けたレクチャーを思い出す。
…そんな説明あったかなぁ…?
『はい、こちら異世界転生課です。私、担当女神の小林と申します。』
異世界転生課?
気づくと僕は赤いA4用紙を一枚握りしめ、事務員風美女のお姉さんの目の前に座っていた。
尻の下にはおなじみのパイプ椅子。
そして、彼女と僕の間には、よく役所とか銀行とかで見かける受付用の不愛想な白っぽいカウンター。
その上には、事務机とかの上でよく見かける、緑のシートと透明なカバーが置かれていて、やすっぽい筆記用具がコードに繋がれ無造作に転がっている。
彼女と僕の周りだけが地味な事務室…みたいに現実臭を漂わせているのに、そんな物が置かれているのは半径1,5メートル以内だけで、それ以外は消失点までひたすら続く薄汚れたグレーの床と天井。
「えっ?」
何、ここ?
『えーと、中島長野様ですね。お持ちの書類を承ります。』
「あっ、はい。」
条件反射で手にしていたA4用紙を彼女に手渡す。
「あの、ここって…?」
『あぁ、異世界転生は初めてですか?』
にっこり。
例えそれが営業用であっても、多くの紳士諸君の心を蕩けさせること間違いなしのエキゾチック・スマイルが炸裂!
「えっ、あっ、はい。」
それは僕の後頭部と耳の上部の流血量が激しく上がっていることを自覚させるのに十分な威力だった。
こんなに優しくされたらほれてまうやろー、ですわ。
おっしゃってる話が一ミクロンも分からなくても脊髄反射で許しちゃいますわ。
『実はですね、最近は異世界転生が大流行しておりまして…
転生の際にこちらの「魔素」を魂に乗せ、持って行っていただけばこちらの要件は終了なんです。
そこで、ご納得いただいた方に、異世界で暮らす際に、ちょっとした簡単な祝福をお渡ししていたら思った以上に大人気になってしまい、こちらの世界の魂をむしり取りすぎてしまいまして…』
お姉さんがちょっと照れたようにぺろっと舌を出す。
かわいい!!
美女の「てへぺろ」いただきました!ありがとうございます!
『それで、こちらの神様から「普通に死亡した程度の魂を持ち出さないでください」と注意をいただいてしまいまして…』
「へー…大変ですね。」
『ちょっと前までは転生用魂収穫業者さんがよく交通事故の皮を被ってこちらに卸していただけていたらしいんですけどねぇ…
私が担当になってからは、大分、使える魂が減ってしまって困っていたんですよ。』
「ん…?ってことは、僕は…?」
『はい、そうなんです。中島様は少し特殊な亡くなられ方をされまして、こうして異世界転生可能な魂として、当事務所へご案内させていただけたんです。」
「僕、死んだんですか!?」
あれ?全っ然そんな記憶無いぞ!?
『はい。ただ…死亡時の記憶は、御本人にとってあまりに衝撃的だと、忘却されてしまうケースが多いんです。肉体と魂を無理やり引き剥がされる苦痛に魂が耐えられない場合もあるので…』
「そ、そうなんですか…でも、特殊な死に方って…?」
『はい。えーと、この書類によると中島様は…
ダンプカーに轢かれそうな子猫を助けようと、とっさに道路に飛び出し…』
なるほど。
それで僕は轢かれて死んじゃったのかな?
確かに自分の体がダンプカーに轢き潰されてゆく激痛とかを覚えていたいとは思わない。
…むしろ、忘れられて良かったかもしれない。
それに、かわいい小動物を助けられたなら…まぁ…いいかな?
あ、もしかして、そういう善行を積んだから異世界転生できるとか?…特殊ってそういう事?
『…たマダム・スモートリに突き飛ばされてバランスを崩し崖から落下して…』
マダム・スモートリ!?
子猫関係無かった!
『落下途中に枯れて腐りかかった大木の中で営巣していたスズメバチの巣をぶち壊してしまい、スズメバチに全身を刺され…』
ア…アナフィラキシーショックで死んだのかな…
『アナフィラキシーショックを起こしつつも逃げ惑った所に、クマの親子と遭遇してしまい、気が動転した母クマに左腕をえぐり飛ばされ…』
えっ!?えぐり飛ばされッ!?
いや、これは、クマに殺されたって事か?
『…た場所が偶然、線路の上で、タイミング悪く通りがかった電車に衣服の一部が引っかかり、数メートル引きずられ…』
れ、轢死…!?
『…た時に、丁度昨晩の雨で地盤が緩んでいたところに地震が発生し、電車が脱線してしまい、電車の車両もろとも河川に転落し…』
結局水死…いや、溺死ってことですか!?
『…たんですけどぉ』
いやぁ!!
もう僕をそのまま静かに死なせてあげてッ!?
『偶然その転落した車両にはだれも乗客がおらず、川に流されたのは中島様だけだったせいで発見が遅れ遭難し…』
えっ!?結局、遭難?!低体温症で死亡!?
いや、それとも、クマの傷による出血多量!?
『それでも、なんとか川からはい出し、生き延びようと口にしたキノコに当たり…』
ここに来てまさかの食中毒ッ!?
我ながら生に対する執着心が凄いッ!
『血まみれ・下痢まみれになりながらも救助されたものの、運ばれた病院で点滴に農薬が混ぜられるという医療事件があり…残念ながら臓器不全で…ようやく…死亡と。』
仕上げは殺人事件!?
『…思われましたが…』
思われましたが!?
『そのいまわの際で、集中治療室に運ばれる途中、病院の屋根を突き破り落ちて来た隕石に頭を砕かれ…今度こそ本当に死亡しました。』
トドメは宇宙のいたずらッ!!!
よく途中でショック死しなかったな!?僕っ!!
いや、死ぬ直前の記憶、忘れられてよかったよ!!!本当に!!!
そんな記憶、衝撃的過ぎるわ!!
「…す、すごいっすね…」
我が人生ながら、背筋が凍るわ…
『はい。異世界転生の条件は「3つ以上の死因となりうる事態が同時多発的に発生した魂のみ」と決められたんですけど、すごいですよ、中島様は。
転落死・アナフィラキシーショック・失血死・轢死・溺死・食中毒・臓器不全・飛来物…と8種類も死因をお持ちなんですよ〜。
ここまですごい方は私が担当した中でも初めてです。』
「へ…へー…」
喜ぶべき事象なのか?これ…
お姉さん、めっちゃキラッキラの笑顔なんですけど…
『…ですので、死因8種分に値する
「ぎふと?」
確認すると、どうやら
何でも、死因に該当する程のショックが経験値みたいに加算されるんだそうだ。
…嫌なカウント方法だな。
「えーと、でも、どんな世界に転生するかによって必要な内容も変わると思うんですけど…」
『そうですね、中島様の転生する異世界は簡単に言うと最もオーソドックスな中世ヨーロッパ風のファンタジー世界ですよ。』
「えっ!?中世ヨーロッパというと、あの衛生という概念が希薄で、糞尿を二階の窓から投げ捨てたり、王宮にトイレが無く、そこらへんの草むらで用を足していたり、航海の際には食料としていたビスケットにウジが大量に湧くから、海から採った魚をビスケットの上に置き、その魚にびっしりウジが移動したところで魚を海に捨て、ウジの減ったビスケットを主食にしてたっていう、あの中世ヨーロッパですか!?」
『ご安心ください。魔法もございますし、有名なトイレメーカーにお勤めだった方や保存食の作成方法に長けた方も転生者の先人にいらっしゃいますので、もう少し、まろやかな中世ヨーロッパ風です。』
何だ、よかった。
「魔法なんて有るんですね。」
『興味がございますか?』
そりゃ、ございますとも!
『死因8種分なんで、かなり珍しい祝福ギフトだって選べます。魔法系の祝福ギフトも選べますよ?』
「わぁ、魔法かぁ…魔法は興味ありますね!でも、どんなものがいいのかな?おすすめとかありますか?」
『…そうですね。
異性にもモテまくって周りを自由に操れてお金も稼げて…とか、どうですか?
男性だと「ハーレムの王」とか人気なんですよ。
他にも、他人の能力を自分のものにコピーできる「模倣」とか、いっそ奪ってしまえる「強奪」とかは、すごく珍しいですし、育てれば最強も夢じゃないですから人気ですよ。
あと、発想力勝負の「創造」とか…
使い方次第で化けるなら「時空魔法」!
…単体で強い訳ではないですけど、併せ方によっては万能な使い方ができる「鑑定」とかですかね?』
ただし、この辺りの魔法はかなり特殊らしく、使い方を誤ると大惨事も招きかねないらしい。
過去に、このランクの祝福ギフトを複数所持させてあげたら、最終的には魔王みたいになってしまい、討伐されてしまった人もいるとか。
「…でも、どうせならもう少し人の役に立つ能力が良いかな?」
『それでしたら汎用型の「回復魔法」ですね。クラスに数人居るレベルの珍しさですから、「模倣」や「強奪」、「創造」等と違って、あまり悪目立ちもしませんし。』
「回復…つまり、こちらの世界で言うお医者様ですか?」
『はい。こちらのお医者様の上位互換のようなものですね。
流石に不老不死の知的生命体は存在しない世界ですので、需要は高いです。』
おお、お医者様!
僕、小さい頃、入院してた事があるんで、お医者様と看護師さんには良いイメージしか無いよ!
憧れたなぁ、お医者様!
まぁ、お医者様になるには、地頭が絶対的に足りてなかったんですけどね…
…おばあちゃんのリウマチとか魔法があれば治してあげたかったなぁ……
「回復魔法かぁ…良いですねぇ…」
『中島様が回復魔法だけに特化した場合、
1怪我完治、2病気全快、3有毒物質・寄生虫排除、4病原排除・解呪、5遺伝治療、6欠損再生、7若返り、8死者蘇生、9新生
…このうち、8階層目の死者蘇生まで普通に取得可能となっております。』
「し、死者蘇生!?…い、いいんですか?
そんな凄いことを小市民である僕なんかが扱えるようにしちゃって!?」
『はい、あちらの世界では普通に許容範囲なんですよ。』
異世界スゲー…!
こっちの世界とは命の重さが全然違うんだな…さすが、異なる世界!
あの、あれか?RPGとか、ゲームとかで「死亡」と言う「状態異常」を回復する、みたいな扱いなのかな…?
『あら…でも、もう一種類死因が重なれば最終段階までコンプリートだったんですね…
…どうせなら、強制ギアスを1段階取得することで、最終段階まで取得可能ですが、いかがですか?』
「ぎあす?それ、何ですか?
あと、コンプリートすると何かメリットが有るんですか?」
お姉さん曰く、
とは言え、一段階目だけなので、それほどキツイ…致命的なものにはならないらしい。
例えば「下着は色付き・レース付きのものしか着用できない」とか、「髪を30センチ以下に切ることができない」とか、「片親だが貧乏とは限らない」とか、その程度の不利益なのだそうだ。
メリット面を挙げるならば、もちろん「新生」に関しては、それを使えるようになるだけでもメリットが高い。
死者蘇生でも蘇生できないようなバラバラ死体とか、腐乱死体も許容範囲。
元気な人に使うこともでき、一度だけ、その人の
つまりランクを上げる事が可能なのだそうだ。
また、ものによっては、他人の
そして、コンプリート・メリットは、『強制ギアス解除』と『死者蘇生』以外の回復魔法を自分にかけることが可能になる、とのこと。
おお、これは結構重要なメリットですな。
医者の不養生を防げる訳だ。
「あ、じゃ、是非おねがいします。」
『お勧めの強制ギアスは「3年以上同じところで生活することができない」ですね。』
「万年転勤族みたいなものですか?」
『はい。そうなります。
強力な
特に回復系はその需要も高い分、有力者に幽閉されてしまう危険性が常に付きまといます。
でも、この
…とのこと。
「でも、何で移動を妨げる行為は禁止されてるんですか?」
『万が一守られなかった場合のリスクが御本人だけでなく、周囲にも及びます。
ですので、リスクそのものは「高」設定なんです。
あちらの世界で「放浪者」は割とメジャーな
でも、気に入った住みやすい拠点を2,3か所見つけておいて、季節ごとに移り住めばデメリットは無いに等しいですしね、と輝く笑顔の「てへぺろ」おかわりいただきました!
ごちそうさまです!!
「じゃ、それでお願いします。」
『はい。では
…外見や種族など何かこだわりはございますか?』
「いや、別に…その世界の平均的な外見・種族なら何でもいいです。」
『かしこまりました。では、人間系種族・平均的…と。』
お姉さんが何やら、赤い用紙に書き込んでいる。
『それと、中島様の預貯金額相当の財産を異世界の貨幣に換算してお持ちいただけますよ。』
「え?そんなこともできるんですか?」
『ええ、同程度の資産・財産をお持ちの階級のお子様として転生できる、という扱いになりますが。』
ああ、そういう事ね。
一瞬、手持ちで持っていけるのかと思っちゃったよ。
『う〜ん…そうすると…ちょっと微妙な金額ですね』
「えっ…そうなんですか?」
『はい。…あちらの世界の一般市民としては多すぎるし…かと言って貴族や王族階級からすると少なすぎるし…』
多すぎ!?いやいやいや、年収300万円台の下っ端社会人ですよ僕は!?
中産階級の居ない世界なの!?
お姉さんが手元の書類をペラペラめくって確認を取る。
『ちょっとイレギュラーなんですけど、そもそも中島様自体がイレギュラーの塊みたいなケースなので…』
そうですね、死因8種ですもんね。
『すでに魂は消滅してしまっているものの、生存しているお体にお入りいただくことも可能ですね。』
「?」
『つまり、ちょっとした訳ありで迷宮内に長期保管されている亜人族のボディをお使いいただくコースです。
それでしたら、一緒に保管されている財宝類の総額がだいたい中島様の現在の預貯金額と同じくらいです。
こちらの体を選ぶメリットは現在の預貯金額レベルの財産を持ち越せる点。
また、ある程度…10代前半くらいまでは成長している体なので、すぐにでも活動が可能な点。
完全な転生とは異なるので、言語の翻訳能力が自動添付される点。
逆にデメリットは亜人族なので、こちらの体とはわずかに異なり、最初は多少違和感がある点。
見た目が特殊な点。
…こんな所でしょうか?』
これは、迷う必要は無いですな。
まず、0歳児からスタートするよりは、これだけ自我が残ってるんだから、10代前半の方が良い気がする。
だって、見ず知らずのお母さんにおしめ変えてもらうのは流石に羞恥心が限界突破する。
それに、僕の強制ギアスで強制転勤族にしてしまうのも忍びない。
そして、重要なのが、メリットの中に「言語の翻訳能力」がある点!
僕…英語…超苦手だったから、これだけでも是非欲しい!!
「是非、迷宮保管ボディでお願いします。」
『かしこまりました。』
話が早くて助かるわ〜、と言う心の声が漏れてます、お姉さん…。
『では、魂を注入してから30分程度は馴染むまで行動することは出来ませんのでご注意ください。』
「はい。…あと、何か注意点とかあるんですか?」
『そうですね…先程もお話しましたが、
後は……あ、そうそう、最初は
使い慣れてくると平気ですが、最初はご注意ください。』
そう言いながら、お姉さんは赤いA4用紙を僕に戻してくれた。
『では、改めて。異世界で良い人生を!』
あ。
……。
………。
…………言ってたな。うん、言ってた。
言ってたけどさぁ…
改めて目の前のもふもふさんを見つめてしまった。
もちろんジト目で。
だが、そんなことは吹っ飛んでいたよ。異世界30分の強烈な洗礼のおかげで…
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