第6話 覚醒

「……っ!」


 反射的に、喉がひきつった音を立てた。全身の毛穴から汗がぶわっと吹き出し、炎の熱気に包まれる体を急激に冷やす。

 見ら、れた。もう隠れられない、逃げられない……!

 魔物は、まるで物色するかのように真っ赤な眼だけを動かし、こちらを見つめる。時折、口から小さく噴き出す炎がまるで笑い声に思えて、僕の心をより一層ざわつかせた。

 目は逸らせない。逸らせばきっと、それが僕の最期となる。でも、じゃあどうしたら……。


「――こちらです、悪魔の化身よ!」


 その時、静寂を切り裂くそんな声が響いた。それに反応し、魔物の視線が僕から離れ辺りを見回し始める。

 僕もまた、魔物の動向を見失わないようにしながら辺りを探る。……だって、今の声は……!

 声の主を先に見つけたのは、魔物の方だった。僕も遅れて、止まった目線の先を追う。

 そこには、震える手で胸のシンボルを握って立つ神父様がいた。その後ろから、鋤(すき)を持ったダナンさんが遅れてやってくる。ダナンさんは慌てて神父様に近寄ると、その肩を強く掴んだ。


「何をやってるんだ神父様、死んじまうぞ!」

「しかしリトが! あの子がここに!」

「リト坊が!?」


 神父様の声に、ダナンさんが僕の方を見る。そして、神父様を庇うように前に立ちながら僕に向かって叫んだ。


「リト坊! 何故来た! 逃げろ!」

「でも……ダナンさんと神父様が!」

「ダナンさん、どいて下さい! あなたはリトと共に!」

「そんな事出来るか! 俺が盾になる、神父様こそリト坊と逃げてくれ!」

「ですが!」


 互いに自分が囮になると言い合う二人。そんな二人を見て、また胸に焦燥が込み上げる。

 僕は、何も出来ないのか。自分の行動で、無事に逃げられていたかもしれない二人を危険に晒して。そんな、足手まといのままで。


「グルルル……グオオオオオオオオ!!」


 その時、魔物が吠えた。その咆哮はまるで、お前達を誰一人逃がさない――そう、言っているようにも聞こえた。

 魔物の背が沈み、今にも二人に飛び掛かりそうな姿勢に変わる。神父様とダナンさんは、今の魔物の咆哮にすっかり固まってしまっている。このままでは、二人とも……。


 ――どくん。


 不意に、心臓が騒いだ。恐れとも焦燥とも違う、まるで失われた僕の記憶が心の奥底から語りかけてくるような、そんな感覚。

 魔物の筋肉が動く、その一瞬一瞬がスローモーションのように僕の目に映る。それが完了する前に、僕の足は魔物に向かって駆け出し唇は無意識に言葉を紡いでいた。


「――煌めけ、剣よ!」


 次の瞬間。

 真一文字の閃光が、魔物のいる空間を切り裂いた。

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