第10話 小さいつづらを選んだら
外食するときのメニュー選びでは、いつもちょっと困っています。
一度にたくさん食べられないので、定食やセットメニューを頼めないのです。
甘いものも苦手なのですが、ちょっとだけ食べたい……なんて、誘惑に負けるとたいへんです。
メインを半分食べる頃には、ほぼ満腹になっていて、なぜデザートつきセットなんて注文してしまったんだ、と、途中で後悔しはじめます。
かといって少食というわけでもなく、2時間もするとお腹がすいてきます。
一度に食べられないだけで、少しずつ何度も食べるので、別段痩せているわけでもなく……
そんな調子なので、トッピングなどで量を増やせるようなメニューでは、素の状態で注文することが多いです。
うどん、そば、ラーメンなどは、シンプルなものになりがちです。
食べ残さないための、あえての選択なのですが……はからずも増量されてしまうことがあるのです……
専門学校に通っていた頃のことです。
帰宅途中の駅のうどん屋さんで、よくうどんを食べていました。
週に数回くらいの頻度で行っていて、いつもたぬきうどんだったと思います。
※関東なので、天かすがトッピングされているうどんです。
椅子とテーブルはありますが、食券で注文するお店でした。
あるとき、できあがったうどんを受け取りにカウンターに行くと、うどんと一緒にいなり寿司が2つ、おぼんに乗っていました。
「あれ?これ……」
言いつつ、調理場の人を見ると、目が合って、にこっと笑って軽く頷かれました。
(サービスキャンペーンとかかな……?)
疑問に思いつつも半券を渡して受け取り、席に運んで食べ始めました。
食べながらも、なんとなくほかのお客さんの様子を見ていると、いなり寿司をサービスされている様子はありません。
私だけ、いなり寿司を追加されたようです。
(あれー、他の人のうどんを間違って受け取っちゃったのかしら?でも、半券渡してるから間違えないよね)
不安に思ってカウンターの様子を見ていましたが、ほかの人の注文と入れ替わってしまったというわけでもないようです。
(はて、なぜ私にだけいなり寿司を)
わからないままに、せっかくいただいたので、がんばって食べきりました。
数日後、そのうどん屋さんで、いつものようにたぬきうどんを注文すると、またしてもいなり寿司がおぼんに乗っています。
「あ、あの……」
とまどって調理場の人を見ると、再び、にっこり笑って頷いています。
(これはもしや……常連へのサービス……ということなのか!)
無言のままに提供されるのは、特定の人にだけ特別なサービスをしていることを、ほかのお客さんに気づかせないためと推測されます。
それ以来、そのうどん屋さんに行くと、必ずいなり寿司をおまけに出されるようになってしまいました。
いつも、安いたぬきうどん一杯だけを注文するので、貧乏学生だと思われたのかもしれません。実際、お金持ちでもないですけれど。
『常連さん』という立場になったのは人生で初めてで、とてもうれしかったのですが、それと同時にツライものがありました。
たぬきうどん一杯で満腹になるので、そのうえでいなり寿司2個を食べるのが苦しいのです。
(ありがたい……でも苦しい……いなり寿司すきです……でもツライ……)
複雑な思いをしながらも、学校を卒業するまでのあいだ、ちょくちょく通っておりました。
そのうどん屋さんのほかにも、テイクアウトのカレー屋さんでサイドメニューを追加されてしまったり、大晦日のおそば屋さんでお菓子をもらってしまったり……
食べ物屋さんの好意って、いつも食べ物で示されることになるので、気持ちはうれしい一方、胃袋がお応えできなくて困ります。
せっかくいただけるなら、本当はウキウキ気分で食べられたらいいのですが、そうはいかないのがちょっと残念です。
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