第8話 テイクオフ!

普段、道を歩いているときは、基本的に地面を見ています。

変なものを踏みたくないというのもありますが、うっかり生き物を踏みつぶさないようにするためです。

視力がいいので、わりと小さめの生き物でも気づくことができます。

夜闇の中、街灯の明かりが落ちる道路の真ん中に、ヤモリがペタッと這いつくばっているのを発見したときは、我ながら目ざといと思ったものです。


そんな調子で、つい先日には、今まで見たことがなかった生き物と遭遇しました。


仕事からの帰宅途中に公園的な場所を通るのですが、ふと、道の端で動くものが目に入りました。

足を止めて見てみると、何かの虫があおむけにひっくり返って、足をばたつかせています。

夏のこの時期、セミが落ちていることがよくありますが、ちょっと雰囲気が違いました。

セミによく似ているけれど、頭が大きくて、黒くて丸い目が目立っています。


(もしや、セミの幼虫?)


中身が入っているセミの幼虫を見るのは初めてです。

頭が大きいと感じたのは、羽根がないので体が小さく見えるからのようです。

ほかの生き物でもそうですが、頭の比率が大きいと、ちょっと子供っぽい感じがします。

まんまるの黒い目も、かわいらしい印象です。


ひとしきり観察していましたが、そのままにしておくと誰かに踏まれてしまいそうなので、とりあえずどこかに避けてやることにしました。

直接つかむとお互いに変に力が入って、惨事につながる可能性があるので、ティッシュで釣り上げます。


目の前にティッシュをぶらさげてやると、あわあわと動かしていた足を伸ばしてしっかりつかみ、よじのぼってきました。

そのまま動き回るので、体に移動してこないように、ランニングマシンよろしくティッシュを回しながら、おろしてやれそうなところがないか見渡しました。

幼虫の動きが意外に活発なので、じっくり探すことができず、とりいそぎ手近な木の根もとにつかまらせました。

途中で折れてしまっていて、高さが10センチもありませんでしたが、羽化するには十分かと思ったのです。

ところが、幼虫はいったん頂上までのぼったあと、そのまま地面に降りてきてしまい、木に背を向けて地上を進んでいきました。


(コレジャナイ……)

(そ、そうか、ごめん)


お気に召さなかったようです。

はて、どうしよう……と考えているあいだにも、幼虫はぐんぐん進んでいきます。

すぐ横には数メートルの高さの大きな木もあったのですが、そちらには目もくれず、向かう先にあるのは、自身がひっくり返っていた歩道です。


(まわりが見えてないのかなー、困ったな)


幼虫の判断基準がわからないので、とりあえず、どこに向かっても木にのぼれそうなところに連れていくことにしました。

再びティッシュで釣り上げて公園の端にあるしげみにおろすと、今度は目の前の木にのぼることもなく、きびすを返して地上を進みはじめました。

むむむ……と思いつつも見守っていると、進行方向にある大きな木に向かっているようです。

しばらく見ていると、立ち止まることもなくグイグイと進んで木にたどり着き、そのままのぼっていきました。

意外に活発だなーと感心していましたが、じっとしていると私が蚊に襲われるので、まだまだ上を目指してのぼっていく幼虫を残して帰宅しました。


最後まで見守ることはできませんでしたが、ちゃんと羽化できたのか気になったので、翌日の出勤途中に、幼虫がのぼった木を見にいきました。


すると……セミの抜け殻が、ひとつ、ふたつ、みっつ……いくつもありました。

うーん、どれだかわからない!

でも、死骸が落ちていないので、無事だったのかなと思っています。

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