第4話


「………」


「………」




 ジークフリードが去ってからというもの、どちらかが喋る事もなく、部屋には気まずい沈黙が流れた。

 言いたい事は決まっていたニコラスだったが、いざこうやって本人を目の前に、ちゃんと言葉にして伝えるとなると、頭が真っ白になってしまう。何度も口を開閉し、慎重に言葉を選んでいるようだった。


 そして、覚悟を決めたニコラスは、膝の上に置いてある拳をキュッと握り、困惑するティリアーナに1度視線を合わせた後、ゆっくりと頭を下げた。




「………突然、驚かせてすまない。お前にとっては、こんな俺の思いなんて邪魔なものだと十分分かっている。だが………この気持ちに偽りは、ない」




 男らしさの欠けらも無い。語尾になるに連れてどんどん声量が小さくなってゆく。そんなニコラスを見て、ティリアーナは「嘘よ……」と小さく首を横に振りながら零す。




「貴方は、わたくしに、ジークを勧めて来たじゃない」


「その時は本当にそれが良いと、本気で思っていたんだ。………今日ジークと話すお前を見て漸く気が付いた」




 情けない。そう頭を抱えるニコラス。

 ティリアーナは信じられなかった。昨日の今日だ。簡単に裏返されても困る。




「………わたくしは、信じられません」


「………そうだよな」




 溜息を付いたニコラスは、はっ、と笑って天を仰いだ。格好悪い。最悪じゃないか。

 こんな自分では、己を強く持つティリアーナには相応しくはないだろう。しかし、諦められないのである。


 ニコラスは震える手を恐る恐るティリアーナの手に絡ませる。それに分かりやすくティリアーナの身体が跳ねた。




「な、な、な、何するんですの」


「ティリアーナ、好きだ」


「っ……?!」


「好きだ」




 何度だって言う。


 ティリアーナの拒絶の言葉がどれだけ堪えたか。


 ジークフリードとティリアーナの2人の姿を見るのがどれ程苦しかったか。


 そして、数多の男達がティリアーナに夢中になっているのを目の当たりにして、一体どんな思いをしたのか。


 卑怯、最低、腰抜け。幾らでも罵って貰って構わない。


 足掻いて足掻いて、今まで無駄にしてきた時間を取り戻したい。彼女の気持ちを自分に少しでも向かせたい。




 なぁ―――――頼むから。自惚れてしまうから。


 だから、そんな煽るような表情なんてしないで、嫌なら振り払えよ。






「………狡いわ」


「………あぁ」


「………今更そんな事」


「………すまない」


「………いつも貴方はそうよ」




 ニコラスの手を強く握ったティリアーナの飴色の瞳からは、ポロポロと涙が落ちる。その顔を見たニコラスは、慌てて空いている手でティリアーナの目元や頬を拭う。




「いつもいつも、遅いのよ。私と知り合うのも遅かったわ」


「………俺はあくまでもジークの付き添いだったからな」


「手紙も返してくれないから、送り始めて最初の1年は嫌われてるのかとも思っていたわ」


「手紙の類は苦手で避けていた」


「それに、私の名前を覚えるのも遅かったじゃない」


「悪かった。苦手なんだ、人の名前を覚えるのも」




 ティリアーナはつい悪態をついてしまう。でもこれくらい、許して欲しい。ずっとずっと、我慢してきたのだもの。





「………私の気持ちに気がつくのも、遅い。まだ気が付いてないなんて。遅い、遅いわよ………っ」





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