第3話

 


「ティリは僕の隣に座って」


「ジーク……?」


「いいから」




 ジークフリードは、眉間に皺を寄せるニコラスを横目に、強引にティリアーナを頷かせた。


 いつこの男は自分の気持ちに気が付くのだろうか。

 今も唯の嫉妬した男の顔になっていると言うのに。


 ジークフリードは眉尻を下げてすれ違っている2人を思う。

 残念ながら、ニコラスがそんな表情をしている事など、俯き気味のティリアーナは知りっこない。




「実はね今日はティリに大事な話があったんだ」




 ティリアーナはジークフリードの真剣な表情を見て背筋を伸ばした。彼が夜会の途中で態々抜け出したのは、この話をする為ではないかと。




「ニカも居るし丁度いいかもしれない」




 固唾を飲んで次の言葉を待っていたティリアーナだったが―――ジークフリードは彼女の手をそっと上から覆い、優しく握り締めた。




 ―――――は?




 ティリアーナは目が点になった。

 何故今自分の手を握るのか、訳が分からない。

 突然謎の行動をし始めたジークフリードに、ティリアーナは首を傾げてみせる。




「もし、ティリが良ければ―――僕の婚約者になってくれないかな」




 ティリアーナは冷静だった。何の芝居だろうと、一体王太子のどの悪戯に付き合わされているのかと、今までの自身の経験がエマージェンシーを鳴らしている。


 ジークフリードは何がしたいのか、全く意図を掴めないティリアーナだったが、一方でニコラスと言えば、主の発言に息をするのも忘れ、只目の前の2人を凝視していた。


 ニコラスにとって、ジークフリードもティリアーナも、大切な友人であり、ジークフリードに限っては敬愛する主でもある。彼等が結ばれるのは自分の本望だと思っていたのだ………つい昨日までは。


 今日はおかしい。

 ティリアーナの全てに目が止まる。

 彼女の周りがキラキラと煌めいて見える。

 彼女をこの腕に閉じ込めて、自分のものにしたいと思ってしまう。あわよくば彼女に―――自分を愛して欲しいとまで。




 あぁ、そうか。

 俺は彼女を愛している。




 この時になって初めてニコラスは自身の想いに気が付いた。

 とろりと蕩ける瞳をジークフリードは彼女に向ける。

 その甘く優しげな視線を何と言うのか、ニコラスは理解していた。

 本来ならば主の恋を仕える身としては応援すべきだ。

 十分分かっている。


 でも彼女が欲しい。ジークフリードを押し退けてでも、ティリアーナ=オルコットを望んでしまうのだ。




「きっと僕達なら良い関係を築けると思うんだ。ニカもそう言ってくれたしね。―――ねぇニカ。君も僕達の婚約に賛成してくれるよね?」




 そう言えばティリアーナは、自分には様々な表情を見せてくれていたとニコラスは思い出す。彼女が自分の隣に居る事が当たり前になっていて、肝心な事に気が付かなかった自分が酷く情けない。


 遅いだろうか。

 彼女は大嫌いと自分に言った。

 きっと王太子であるジークフリードに嫁いだ方がティリアーナ自身は幸せになれるだろう。


 それでも―――――と、掌をぐっと握り締めたニコラスは、ジークフリードを真っ直ぐ射抜く。




「俺は、反対です。俺は、ティリアーナを愛していますから、諦められません」




 ティリアーナは目を瞠ってニコラスを見た。今の言葉は自分の妄想が生んだ幻聴だ。そんな都合の良い夢など有り得ない。だって彼は昨日まで自分を見向きもしていなかったのだから。ジークフリードとニコラスが巫山戯ているだけかもしれない。


 そんなティリアーナを一瞥したジークフリードは、満足そうに微笑んだ。ニコラス遅いよ、とからかいたくなる衝動を抑える。




「君達はちゃんともっと話すべきだ。……いい報告を待ってるよ」




 そう言い残したジークフリードは、外套を翻して英姿颯爽と退出していった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る