第2話


 一方ティリアーナと言えば、公爵邸で激しく後悔していた。ニコラスの事が本当に嫌いになった訳では無い。寧ろ胸が苦しい位に好きだ。悔しかった、悲しかった、振り向いて欲しかった、ただそれだけだ。ニコラスにはつい我儘を言ってしまう。


 明日の夜会ではどうしようか。

 ニコラスに声を掛けても良いのだろうか。

 今日で彼に呆れられるのではないか。


 益々凹むティリアーナだったが、その時、侍女から1枚の封筒が渡された。赤い封蝋には王家の紋章が描かれ、手紙の端には王太子の名前が刻まれている。貼り付けたばかりの封蝋と、美しく綺麗な文字であるが、少し走り書きなのを見ると、どうやら先程書いたものを早馬で送ってきたらしい。ティリアーナは何事だと手紙を急いで開いた。





 ―――*****―――



 簡単な手紙ですまない。


 もし、明日のエスコートが決まっていなければ、僕にやらせてくれないか。


 公爵には既に許可は貰っているから安心して。


 よろしく。



 ティリアーナ=オルコット嬢へ


 ジークフリード=アルカディア=ヴィルヘルム



 ―――*****―――





 ティリアーナはジークの突然の提案に眉を顰めた。王太子という身分のジークフリードは、無闇矢鱈にパートナーを連れてはならない。彼が良いというのなら良いのだろうが、それでもティリアーナは疑問だ。


 自身としても、旧友の彼のエスコートは安心でもあるので異論はないが―――何故か引っかかる。同時に、パートナーがもしニコラスだったら、と胸に痛みが走ったが、その気持ちには無視をした。









 **








 ニコラスは焦っていた。




「ティ「ティリ、踊ろうか」」


「……えぇ」




 ティリアーナに謝ろうと思っても、彼女は目も合わせてくれなければ、何故かジークフリードが邪魔をするので出来ない。自分の前をティリアーナの腰を抱いたジークが颯爽と通り過ぎる。


 ニコラスの視線は自然とフロアで踊る2人に向けられた。聡明で麗しき王太子が穏やかに微笑む先は、花のように可憐なティリアーナだった。何やら顔を近づけてコソコソと話しては、クスクス2人で笑い合い、誰が何処からどう見てもお似合いだ。


 やっぱり昨日言ったことは正しいじゃないか。

 ニコラスは思う。

 しかしそこには、純粋に2人を応援する気持ちだけではなく、どす黒い嫉妬や諦めが含んでいる事を彼自身はまだ気が付かなかった。




 いつの間にか1曲踊り終えた2人がこちらに歩いて来る。頬を上気させるティリアーナを見てニコラスは思わず目を背けた。見て、居られなかったのだ。胸の内から湧き出るこの温かな感情の名を、ニコラスは知らない。


 そして、今度こそ。そう思いティリアーナにダンスを申し込もうとして―――またもやジークフリードに遮られる。ニコラスはスッと目を恨めしそうに細めた。




「ティリは疲れているようだから休ませるよ。おいでティリ」


「え……………ちょ………。………はい」


「同行します」


「必要は無「いえ、未婚の男女が同室なのは問題がありますので、同行致します」」


「……そう。そしたらニカも付いてくると良いよ」




 ジークフリードはにっこり口角を引き上げた。



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