第2章 流動

第14話「流れ」

ボートは緩やかに流れ続けている。


たった一人でこの「白い闇」の世界に佇んでいた所、桜柄の着物を着て、額の上で前髪を一つに結んだ少女が突然俺の乗っていたボートに乗り込んできて、不思議な旅の同伴者となった。


”あたち”と名乗るその少女は今ボートの前の方で寝ころびながら、謎の老人からもらった鏡を飽きもせずに眺めている。


”あたち”は寝ころびながら足をバタバタと動かしたり、時折立ち上がってその場で軽くジャンプして見たりと、絶え間なく何かを動かしている。


それはまるで体を動かすこと自体を純粋に楽しんでいる様子だった。


俺はボートの真ん中あたりに座り込み、ゆっくり流れる景色と、遥か遠くに見える「光」をぼーっと眺めながら、そんな”あたち”の動きを視界の端で捉えていた。


そんな時間が一体何時間くらい続いたんだろう。


この世界には時間を計るモノが無い。


空はずっと白い靄の様なものに包まれて太陽も月も見当たらないし、景色は両側に水草がずっと生えているだけでこれも代り映えが無い。


”あたち”は仰向けになって鏡を見ていたが、ゴロンと寝返りをうってうつ伏せの体勢にになり、手を伸ばして鏡を色んな方向から眺めて遊んでいる。


俺はその様子をぼーっと眺めていたら、鏡の中の”あたち”の大きな目が俺の姿をとらえた。


”あたち”と俺はそのまま鏡越しで目を合わせたままでいる。


”あたち”の大きな目が俺をまっすぐ捉えていた。


”あたち”はそのまま口角をグイっと一杯まで上げてから、飛び跳ねるように立ち上がり、俺の姿を正面から捉えた。


その表情は何かイタズラや、新しい遊びを考え付いた子供そのものの表情だった。

”あたち”の大きな透き通るような眼と、揺れる桜柄の着物と前髪がより一層それを強調しているようだった。


「ねぇ!!」


”あたち”は俺に言葉を全力でぶつける様に喋り始めた。


その顔には笑顔がこぼれている。


俺は視線を”あたち”に向けて目を合わせ、それを返事の代わりにした。


「ねぇ!」


”あたち”が続ける。


「ヒマだよ!!」


俺は突然ぶつけられた”あたち”の言葉を受け取ろうと頭の中で反芻した。


「ヒマっ!ヒマだよーーーー」


”あたち”は突然大きな声でそう言うと、にその場でジャンプしたり寝ころんだりと

デタラメな動きをし始めた。


さっきまで一人で楽しんでいたのに、こいつの情緒は一体どうなってるんだ。


子供とはそういうものだっけか。


俺は”あたち”が駄々をこねる姿をぼーっと眺めていた。


すると”あたち”はそのデタラメな動きの一環の様に、スムーズにこちらを向き膝を曲げて反動を付けた。


俺が「あ、やばい」と思うと同時に”あたち”はその反動の力をすべて自分の拳に乗せて、俺に飛びかかってきた。


”あたち”の小さな拳は俺の右耳の下、ちょうど顎骨と首の間にめり込んだ。


俺は”あたち”からの再度の攻撃をまた無防備で受けてしまい、その場に崩れ落ちた。

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