第12話「あたち」9
「いっくじなしっ、いっくじなしっ」
俺の煮え切らない言葉を聞いてから”あたち”はしばらくそう言いながらリズミカルに俺の周りをまわる。
そして俺の目の前で止まって、無邪気な表情の下に寂しさを携えながら言う。
「それじゃあ、もう、お別れだね」
そう言うと、”あたち”はくるっと俺に背を向けて分岐になっている草むらに飛び込もうと膝を曲げていた。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ」
俺は自分が何か重大なモノを無くしてしまう様な気がして慌てて”あたち”を止める。
”あたち”は膝を曲げた体勢のまま顔だけこちらに向けた。
何も言葉を発する様子はない。
「少しでいい、もう少し話を聞いてくれ」
俺は自分より遥かに年下の子供”あたち”に対して懇願した。
確かに”あたち”が言う様に俺は何も自分で決めようとしていなかった。
それは今、こんな状況だからじゃない。
きっと、俺はこの何もない「白い世界」に来る前からそうだった様な気がする。
自分で何かを決めるのが怖かったから、他人と同じような行動をとった。
自分で何かを決めるのが怖かったから、自分の事をよく考えなかった。
怖かった。そうだ、怖かったんだ。
自分の事を良く見せようと、そればっかりを考えていた。
他人の目を怖がっていた。
でもそれでいいと思っていた。
そう思い込もうとしていた。
でも、俺の本心と行動とがどんどん分離していって、やがて壊れてしまったんだ。
そして、俺は大事な何かを無くしてしまい、こんな良くわからない世界に迷い込んでしまった。
そして、全てを無くしたと思っていたのに、俺はまだ良く分からない自分以外のモノサシで行動を決めようとしていた。
俺は、俺は、俺は。。。
自分の足元に視線を落としながら、自分の事を考えた。
”意気地なし”
”あたち”の言葉が突き刺さる。
「ぐるぐるぐるぅーーー」
突然俺の目の前から”あたち”の言葉がぶつかってきた。
俺はハッと視線を上げた。
そこには俺の顔の前でトンボを捕まえるように指をクルクルさせながら大きな目を光らせている”あたち”がいた。
そして”あたち”はもう一度どこまでも響くような声で
「ぐるぐるぐるぅーーー」
と指を回しながら言うと
「ポンっ」
と言って俺の左右の頭の上で両手をパッと広げながら言った。
「さぁ、答えのない答えは見つかりましたかぁ?」
”あたち”は一歩後ろに下がり、両手を広げて俺に問いかけた。
桜の着物と、結んだ前髪が揺れている。
その顔はまるでナゾナゾを出した子供の無邪気な表情に戻っている。
俺はその表情に釣られる様に力を抜いた。
「あぁ」
そう、答えてから俺は”あたち”から投げられた鏡を”あたち”に渡して答える。
「わかったよ」
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