第11話「あたち」8

「そう」


と”あたち”は小さくつぶやくと、顔だけ俺の方に向けて、ぞっとするような低い声で話す。


「それなら、あなたはこのままここで沈んじゃえば?」


俺は鋭くなった”あたち”の視線に全身を射抜かれたような感覚を覚えた。


まただ。


無邪気な子供の様相をしていると思ったら、急に、まるで死刑宣告の様な残酷で、核心を突くような言葉を発する。


「このまま沈んじゃえって。。どういうことだよ」


俺はこの子供”あたち”の迫力に圧倒されながらかろうじて喉から声を絞り出した。



「だってあなたはずっとここにいるんでしょう?

どこにも行かないで。そんなボロッちぃボートなんかすぐに朽ち果てて、壊れて、

沈むよ」


”あたち”は俺に背を向けたまま顔だけを半分こちらに向けながらしゃべり続ける。

その凍てつくような視線と微かに微笑を携えた口元と満開の桜柄の着物が今の俺にはまるで急所を何度も刃物で突き刺されている様な感覚になった。


「でもよ」


俺は”あたち”の迫力に押される様に言葉を発する。

それは、まるで今、何かを言わないと本当に一生このままここで朽ち果てるしかなくなってしまう様な、脅迫観念に似た感情を俺に抱かせた。


「でもよ、どっちに行っていいのか見当も付かないし、それに間違った方へ行ったらもう二度と取り返しのつかない事になっちまうかもしれないじゃないか。

それなら。。。それならもう少しここで、何か、何か答えに繋がるようなモノを待っていた方がいいんじゃないか?」


「バカだねー」


”あたち”は姿勢を変えずに言葉を返す。


「どうして「この場所」に来ちゃったのかも分からないのに、目指すものは見えてるのに、あなたは何もしようとしない」


”あたち”はクスクスと笑いながら続ける。


「あなたはきっと「まだ」誰かに頼ろうとしてるんだ。

居たくもない場所に「居たくない」って思もいながら動かないんだ。

あなたは何も決めようとしないんだ。

決めようとしない理由を沢山考えるんだ。


それで何かが解決するとでも思ってるんだ。

そう自分で思い込もうとしてるんだ。

自分じゃなにもしないんだ」


そう言うと”あたち”はくるっと俺の方に体を向けた。


額の上で一つに結んだ前髪と、桜柄の着物が揺れている。


「意気地なし」


そう冷たく言い放つと”あたち”は持っていた鏡を俺の胸に投げて渡した。


表情が子供に戻っていく。


「いっくじなしっ、いっくじなしっ」


そう笑いながら言うと、俺の周りをぐるぐると回り始めた。


ボートが左右に揺れる。


俺は”あたち”の言葉が胸に突き刺さっているのを感じた。


しばらく”あたち”は俺の周りをまわっていたかと思うと、俺の前でピタッと動きを止めて俺の方を見る。


「それじゃあ、もう、お別れだね」


”あたち”の無邪気な笑顔の裏に少し寂しい影が降りていた。

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