第8話 「あたち」5

「イッヤなっ顔っ、イッヤなっ顔っ」


と、満面の笑みを浮かべながら”あたち”は鏡を俺に押し付け続けている。


「鏡とはあなたの現在を表すものです」


と、急に大人びた言葉を発したかと思うとまた、”あたち”は年相応の無邪気で小さな子供に戻った。


とても子供が言う様な言葉に思えなかった俺は、”あたち”にその言葉を誰に聞いたかを尋ねても「知らないし、教えない」とはぐらかすだけだった。


鏡は”あたち”によって俺の顔にぴったりと押し付けられている。

鏡の少しひんやりした感触と、目の前にある”あたち”が着ている桜柄の着物が俺の目を覆っている。


「わかったからもうやめくれ」


そう、俺は”あたち”に向かって左手を伸ばし、懇願するように引き離すと”あたち”はようやく俺から離れ、新たな攻撃の手を止めた。


少し距離をとった”あたち”を見ながら、俺は大きくため息をついた。


「認めるよ。俺はひどい顔をしている。それが俺自身を表しているとしたら、それは正解だよ。俺には何もなくて、大事なモノをどこかで無くして、いや、俺がそれから逃げたのかもしれない。とにかく俺は嫌な奴だ。”あたち”が言うようにそれが正しいのかもしれないな」


俺はそう言うと俺自身にひどい自己嫌悪が襲ってくるのが分かった。


”あたち”は俺のそんな言葉を聞いて、ニコニコと案面の笑みを浮かべ前かがみで俺の顔を覗き込んでいる。

額の上で結ばれた触角の様な前髪が微かに俺の顔を撫でている。


”あたち”は少しの間そうしてから、スッとまっすぐ立ちなおし、鏡を頭上に上げながらまた桜柄の着物を揺らしながらクルクルと回りだした。


「半分正解でーすっ」


”あたち”がクルクルと回るせいでまたボートが不規則に揺れる。


”あたち”はそのうち、そのボートの揺れを楽しむように前後に体重を移動させながら笑っている。


俺は前後左右に揺れるボートから落ちない様にボートをつかみながらその動きに耐えた。


「半分正解ってなんだよ」


俺は”あたち”の動きに耐えながらそう問いかける。


”あたち”はまたピタッと動きを止め、大きな目を輝かせながら俺を見つめている。

白い世界の背景に桜柄の着物が良く映えていた。


「あなたには”あたち”がどう見えていますかぁ?」


「どうって、元気な女の子だなって思って見てるよ」


「それだけですかぁ?」


「うん、後はずいぶん楽しそうだなって」

俺は、その後の言葉を発せられなかった。

そんな純粋できれいな顔には人を元気にさせる何かがある。

俺が失ってしまった、大切な感情を持っているのだろう。


「それもまた、あなたなのでーす!」

”あたち”は右手を突き出し、人差し指で俺を指しながらそう答えた。

まるで、俺の心を見透かされているようなタイミングだった。


そして、俺はまたその言葉の意味を考えなくてはならなくなった。

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