第5話 「あたち」2
「”あたち”これ何だか知ってるよー!
教えてあげようっか?」
俺の心の奥まで貫くようなその純粋な目をキラキラと輝かしながら”あたち”は俺に言った。
「これは鏡、っていうだよ。キミは鏡が好きなのかい?」
「”キミ”じゃないよー。”あたち”は”あたち”だよ!」
あぁ、”あたち”は名前なのか。
小さな女の子だ。きっとキラキラしたモノが好きなんだろう。
「で、”あたち”は鏡が好きなの?」
「好きとかって話はしてませーん!
ぶっぶー、残念でしたぁ」
そう言うと”あたち”はケラケラと笑い、鏡を頭上に持ち上げ、その場でクルクルと回りだした。
またボートが揺れる。ボートの先端が左右へ顔を向ける。
「わかった、わかったから。もうじっとしておいてくれ!」
俺はボートのヘリに掴まりながら”あたち”に懇願した。
”あたち”はピタッ、と動きを止め、鏡面を俺に向けながら笑みを浮かべている。
桜柄の着物が微かに揺らめいている。
「ここには何が写っていますかぁ?」
「そんなもん決まっているだろ。俺に鏡を向けているんだから俺の顔が写ってるよ」
”あたち”は口元だけ僅かに笑顔の名残を残し、目を細めて口を開く。
さっきまで無邪気にはしゃいでいた子供とは思えない、まるで俺の心の奥まで見通すような視線が俺の目を射抜いていた。
「そう、これはあなたを写しています。どんな顔ですか?」
”あたち”の目は嘘、偽りを許さないと言う言葉を纏っていた。
俺は改めて鏡に写った俺の顔を見る。
ひどい顔だ。
個々の場所に来てからずっと自分の顔なんか見ていなかった気がする。
いや、その前からあまり意識して見ていなかった。
髭はだらしなく乱雑に伸び、頬は痩せこけていて自分でも驚くくらい顔に力がなくたるみ、まぶたは重力に押し負けてただでさえ力の無い目をより一層、力の無いモノとしている。要するに死んだような顔をしていた。
「さぁ、教えてくださーい。どんな顔をしていますかぁ?」
”あたち”はおでこの上で結んである触角の様な前髪をひょこひょこと揺らしながら、再度俺に問いかける。
俺はこんな顔の自分を見たくなかったし、その事をこんな子供に言いたくもなかった。
「どんなって、普通の顔だよ。髭がちょっと伸びたな」
俺はありきたりな返答をした。
”あたち”は上目遣いでじっと俺の事を見ている。
その大きな目と、その背景にある”あたち”が着ている桜柄の着物が俺を圧倒している。
俺は直視できず答えてからその視線から逃げた。
「ぶっぶー。あなたは本当の事を言っていませーん。罰としてあなたにはこうします!」
そう言うと”あたち”は、ぐっと膝を曲げた。
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