第4話 「あたち」
俺はY字路になっている分岐を目の前にして、ボートに揺られていた。
右に進むか、左に進むか。
俺は好きでボートに揺られている訳ではない。
何か大事なモノを無くしてこんな何にもない世界に来てしまった。
頼れるの遥か遠くに見える「光」と頼りなく揺れている小さな手漕ぎボート。
そしてさっき出会った奇妙な老人からもらった手鏡と、自分の意志だけだ。
こうして自分一人で考えなくてはいけなくなると、なんて自分は意志の弱い、いや、
自分で何も決められないヤツなんだと思い知らされる。
すると突然目の前の草むらがガサガサっと音がしたと思ったら何か小さな影がボートに飛び移ってきた。
俺はバランスを崩したボートのふちに掴まり、何とか落ちない様にしがみついた。
小さな影はそんな不安定なボートをまるで公園の遊具で遊ぶようにぴょんぴょんと飛び回り、バタバタと走り回っている。
おいやめろ、と俺は何とか言葉を発したがその影はそれすらも楽しむかのように
「きゃははは」と笑っている。
俺はその影に通せんぼするように手を出して何とかその動きを止めた。
と、思ったが、その影は俺の腕の下を潜り抜けまたそれも遊びの一つだと言わんばかりに「きゃははは」と笑い走り回る。
多分影の大きさと声の感じからして小さい子供なのだろうと思う。
俺は何度も腕を出してそれの動きを止めようとするが、ことごとく避けられてしまう。
俺はいい加減しびれを切らして
「もう止めてくれよ!」
と少し強めの声で言うとその影は俺の後ろでピタッと止まった。
俺はボートにしがみつきながら体をねじって後ろを向いた。
そこにいたのは恐らく5歳くらいの小さな女の子だった。
前髪を一つに縛ってぴょこんと触角のように伸ばして、桜柄の甚平の様な和服を着た目の大きな女の子だった。
その子はニコニコと笑いながら俺の事を見ている。
「君は誰なんだ」
俺がそう問いかけると女の子はまっすぐ俺の目を見て
「あたちは”あたち”だよ!」
とどこまでも届くような透き通る声でそう答えた。
これ以上に無いくらい、簡単な自己紹介だったが、それ以上の言葉は必要無いくらい
純粋で直接人の心に突き刺さるような言葉だった。
”あたち”は
「あっ!これー!!」
と、俺がさっき老人からもらった鏡をさらうように手に取った。
「キレイだねー。キラキラしてるねー」
と。”あたち”はその鏡を興味深そうに眺めている。
”あたち”はその大きくて純粋な目を、さらにキラキラさせながら
俺に問いかけ言った。
「”あたち”これ何だか知ってるよー!
教えてあげようっか?」
その純粋な目は俺の心の奥まで貫くような光を纏っていた。
その時俺はその目の奥にある”何か”に気が付かなかった。
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