第11話~小さくて大きい開戦~

ファーシェは降伏勧告の返答期限ギリギリまで時間を使い部隊の再編制を行い、南側へ大規模な防御陣を引いた。



「そうか、予想通りファーシェは降伏勧告には応じなかったか」


黒い樹神兵に乗るブライアンはそう言うと部下に指示を出して南側の陣から移動を開始した。



レアン、カルラ、リーナの3人は樹神兵に乗り使者として来た民間人を連れてファーシェから最短距離で北側へ向かい途中樹神兵の給水の為に川に寄っていた。


レアンは民間人から北側の最後の情報を聞き出し、カルラは樹神兵に給水を行い、リーナは食事の準備をしていた。


リーナが食事の準備をしていると給水作業を終わらせたカルラが近づき、用意された食事を見ながら小分けされたパンを1つ口にすると。


「あ、つまみ食いはダメですよカルラさん」


「料理が上手になったじゃないかリーナ」


「料理って言ってもスープはお湯を沸かしてスープの粉を溶かすだけだし、パンは切れ目から分けるだけだし」


「それでもレアンよりは出来る、あいつはお湯の沸かし方すら知らないからな」


カルラはレアンの方を見ながら言うと


「レアンは王子だしいづれはファーシェの国王になるからお湯を沸かせなくても誰かがやってくれると思うし、お湯を沸かす国王だなんて・・」


リーナはレアンがお湯を沸かしている姿を想像して思わず笑ってしまった。


「レアンが出来ない事を周りでしてやらないとだな・・だからレアンにもしもがあったらリーナも助けてやってくれ」


「勿論です、ファーシェに来てレアンは私の為に見えない所でも色々としてくれてるし、この戦いの結果がどうであれ関わった人達には恩返しがしたいので」


「戦いの結果か・・もしファーシェが負けたらリーナはどうするんだ?」


戦前の不謹慎なカルラのセリフにリーナは一瞬動きを止めてしまった。


「もし負けたらですか・・その時は元の世界に戻れないから・・ファーシェの民に完全移住になっちゃうかも」


リーナがそう答えるとカルラはリーナの方を向きながら


「心配するな、私もレアンも戦争とは別にリーナの事を考えてる、レアンなんて負ける事なんてこれっぽちも考えていないし、戦争に勝って俺がリーナを元の世界に戻すんだって張り切ってたしな」


リーナはレアンのセリフに自分の意志とは別に心臓の鼓動が早くなるのを感じ、戦争に勝ったら皆と別れる事になるのかと「帰りたい、でも帰りたくない」と葛藤を感じていた。


「そう言えばリーナの方はどうなんだ?」


「どうって?」


「レアンの事だ」


急に別の話題を振られたリーナは思わずレアンの方を見て赤面してしまった。


「嫌いじゃなさそうだなリーナ」


「す、す、好きとか、き、き、嫌いとかそう言う事は、よ、よ、よく分からないです」


リーナの裏返った声にカルラは更に好意的な意地悪を続けた。


「レアンの横の席は空いているからリーナが座ってもいいんだぞ」


「と、隣の席って、お、お、奥さんになるとかリーナが座るよりカルラさんの方が、お、お、お似合いだと思います」


真っ赤な顔に頭からお湯が沸かせるくらいの湯気を出しながらリーナが言うと。


「巷では私とリーナのレアン争奪戦で賭けがあるらしい、賭け率は4対6でリーナがリードらしいがな」


ここ数カ月布教活動でレアンと行動を共に公の場に出ていた事は事実ではあるが、まさか自分がそんな賭けの対象になっているなんて想像もつかなかった。



「リーナが恋のライバルなんだな・・私は負ける気は無いがな」


そう言いながら笑顔でカルラがレアンの方へ歩き出すと、リーナは「私も負けません」と思ってもいない事を思わず声に出しそうになり「あれ?何で競い合うんだろう?」と鼓動が早くなる自分に不思議な気持ちになっていた。



北側の元国境まで後数時間の所まで来たところでレアンが急に休憩を取ると言い出した。


「俺の無茶な事に最後まで付き合ってくれて、あの・・そのだな・・」


いつものレオンらしからぬ態度にカルラが


「礼を言うなら勝ってからにしないか?」


「そうですよ、先にお礼なんて何かのフラグを立てるみたいだし勝ってからの方が何倍も嬉しいですよ」


リーナがそう続けるといつものレアンに戻り。


「だな、それでもこれだけは言っておく・・皆で一緒に帰ろう」


レアンは拳を突き出すとカルラがそれにぶつける様に拳を突出し、それを見て遅れてリーナも拳をぶつけた。



レアン一行は敵と遭遇する事もなく北側国境が目視で確認できる位置まで来ていた。


「最初の報告では敵の樹神兵は3機だが増援で敵が増えている可能性があるが、クローディアは俺が仕留める・・残りはカルラとリーナで頼む」


「了解した」


「了解」



国境の入り口が見えたところで敵では無く国境警備隊の指揮官が出迎えてくれた。


「グレバルトはどうした?」


「こちらの樹神兵を行動不能状態にして樹操者を監禁した後、南側陥落したからもうここは必要ないと放棄すると言って出て行ってしまいました」


レアンは敵の指揮官がブロンドの樹操者か確認すると警備兵に民間人を連れてファーシェに撤退の指示を出した。



国境から少し離れた川が流れる森の中にグレバルトの樹神兵3機が給水をしていた。


樹神兵の下で食事をする2人の姿があり、1人はブロンドの少女クローディア、もう1人は軍服にマカモウの紋章が描かれたワッペンを肩に付けた男の兵士がいた。


「せっかく制圧した国境を放棄してもいいんですかクロさん?」


「南側が落ちたしファーシェのほぼ全軍がそちらに行ってるから私達が北側を占拠していてもあまり意味が無いし・・益が無い」


「そんなもんなんですか?」


クローディアと兵士が話をしていると同じくワッペンを付けた兵士が現れ。


「クロさんの予想通り青、紫、白の樹神兵が現れ国境に入り、少ししたら民間人を連れた兵士がファーシェ方面に移動し始めました」


報告を受けたクローディアは戻って来た兵士を座らせると食事を取る様に促すと、首を傾げる事もなく話し始めた。


「これからレアン王子達と戦闘になる・・数は同じだけどトカゲ達を使わなければ戦力はこちらが圧倒的に不利・・でもトカゲ達を使う気は無い・・青い樹神兵のレアン王子は私の所に来るだろうし、紫と白の樹神兵を2人に任せると思うがこれ以上は無理と判断したら戦闘を放棄して離脱して欲しい」


いつも様に首を傾げない真顔のクローディアを見た兵士が。


「最後まで付き合いますよクロさん」


「俺もこの作戦に選んでもらえたからには何が何でもクロさんを守りますよ」


後の兵士が少し照れながら言うと、クローディアは笑顔で首を傾げ。


「2人を選んだのはマカモウ信仰が高いからだよ、私がいなくなっても信仰を続けて欲を言うなら広めて欲しい」


クローディアはそう言うと懐から金と赤の糸で綺麗に刺繍されたワッペンを二人に渡した。


「まだここには信者とかのランクとか無いから、マカモウのクローディア親衛隊の証とでも思ってくれればいい」


「し、親衛隊ですか・・あざーす」


兵士は先輩にお礼を言う様に言うと古いワッペンを外し新しいワッペンを付けお互い見せ合いを始めた。


「それと私はこの戦闘でグレバルトを・・・・裏切るかもしれない」


首を戻し真顔になったクローディアが途中一息入れながら話すと兵士の1人が。


「ファーシェに付く?と」


「付くと言うより勝つ方に付かないと元の世界に戻れないから」


「このままならグレバルトの勝利で終わると思いますがクロさん」


「勝負は終わって初めて結果が出る、だからマカモウの教えにも『結果が全て』と」


少しの沈黙があり兵士が口を開いた。


「クロさんがグレバルトを裏切っても『マカモウのクロさん』は変わらないんですよね?」


「変わらない」


「じゃーそれでいいじゃないですか、クロさんがグレバルトだろうがファーシェだろうが俺達にとってはクロさんはクロさんだから、そうだよなぁー」


最後にもう1人の兵士に問いかけると


「そうです、俺は実家が潰れそうになってしょうがなく給料の良い軍に入りました、たまたま適正が有って樹操者になれてクロさんに会って話を聞いて入信しました。それから実家の商売が上向きになって潰れる寸前から儲けが出る様になりました、うまく言えないですけど、俺は生まれも育ちもグレバルトですが正直この戦争はどうでもよくてクロさんの事を神様・・」


兵士の『神様』の言葉にクローディアが話を制すると


「個人を崇拝してはダメ、幸運をくださったのは『マカモウ』様だから・・いいね」


クローディアはそう言うと『終わらせに行くよ』と言い緑の樹神兵に乗り込むと、2人の兵士も慌てて片付けをし自分の樹神兵に乗り込んだ。


クローディアは樹操房のモニターから慌てる2人を見ながら祈りを捧げた。


「もう私がいなくても大丈夫だな・・主よ共に戦う友に最大の幸運を・・」


緑の樹神兵先頭に3機の樹神兵は敵の待つ国境を目指し移動を開始した。



最後の兵士を見送り数時間後国境の火山側から3機の樹神兵が現れ、それを確認したレアン達は樹神兵で出迎えをした。


一定の間を置いて樹神兵同士の睨み合う格好になったところで


「ファーシェのレアンだ、久し振りだなクロ、こないだの借りを返しに来たぞ」


レアンが外部スピーカーで話し出すと緑の樹神兵から


「今はまだグレバルトのクロだ、連敗記録を伸ばしにきたのかレアン?」


緑の樹神兵は樹操者と同じ様に首を傾げながら言うとレアンの樹神兵は拳を握りクローディアの樹神兵に向け。


「今日は絶対に勝つ」


レアンそう言うとはササノハブレードを抜き緑の樹神兵との距離を詰め始め、それが合図となり1対1の3組の戦闘が始まった。



リーナの相手は両手剣を持つ樹体ランクの低い樹神兵だったが戦闘経験は相手に分があった。


数カ月前のリーナでは圧倒されていたが訓練の成果が発揮されていた。


大剣をしっかりひまわり盾で受けかぼちゃハンマーで応戦するオーソドックスではあるが盾持ち樹神兵らしい戦いをしていた。



カルラの相手も両手剣を持つ樹体ランクが低いものの熟練された兵士らしい戦闘をしていた、カルラの樹神兵は機動力を生かし2本の先の曲がった短剣(オカトラノオ)でダメージこそ低いがジワリジワリダメージを蓄積させていった。


レアンの相手のクローディアの緑の樹神兵の樹体ランクは同等、近接用(盾持ちバランス型)か支援用(重装甲型)の違いがあるが、レアンはクローディアの攻撃を盾で受けササノハブレードで攻撃するリーナと同じオーソドックスな戦い方をした。一方クローディアは堅い装甲の両腕に付いている鉤爪で攻守両方を熟していた。


「さすがリーナとは違うなクロ、樹神兵戦で俺に勝つには1人じゃ無理じゃないか?トカゲを使ってもいいんだぞ」


「当たり前だ、樹神兵の扱いは私の方が先輩だ、それとレアン相手ならトカゲ達がいなくても私1人で十分だ!」


クローディアはそう言うとササノハブレードを片手で受け空いた腕で盾を弾くと無防備になった腹に体を当ててレアンの樹神兵を吹き飛ばして転倒させてしまう。


「どうだ1人で十分だろう?」


レアンはゆっくりと樹神兵を起こしながら。


「今のはさすがに効いたぞ、それとさっきのは訂正する」


「クロの事を認めるか?レアン」


「いや、訂正はそこじゃない・・トカゲの使用はダメだ」


「訂正ってそこ・・!?」


外部スピーカーからよく分からないツボに嵌ったクローディアの大笑いが放送され、その声を聞いたのか森の中からトカゲ達が姿を現し『がんばれクロー』とばかりに奇声を発した。


「クロ!トカゲを呼ぶなんて反則だぞ」


現れたトカゲを見たレアンがクローディアに抗議を始めると。


「私は呼んでいない、あいつらは自分達の意思で来ている」


まだ少し笑いが残ったまま答えると1度咳払いをして笑いを整えると。


「レアン、そろそろ決着を付けようか」


クローディアはレアンの樹神兵に向かいゆっくり前進させ、それを見たレアンはササノハブレードを収め樹神兵を前進させた。


2体の樹神兵は手が届くところまで来たところで止まり2人は樹神兵から降り地面で数カ月振りの対面をし、以前会った時よりも装飾の多いマカモウの神官着を着用していた。


「レアン・・いい顔になったじゃないか」


笑顔で首を傾げブロンドの髪を風に揺らしながらクローディアが言うと。


「俺は元がいいからな、クロも数カ月前より神官着が綺麗で似合っているぞ」


真顔で綺麗と言われたクローディアは一瞬顔を赤らめそうになったが『神官着が綺麗で』に引っかかり。


「神官着が綺麗・・ね、まぁレアンらしい言い方だな」


そう言われたレアンは目線をずらして頭を掻きながら。


「その長いブロンドの髪もいいと思うし、リーナより大人らしいし、なにより可愛いと思う・・」


クローディアは褒められたのか貶されたのか分からなかったが、この言い方がレアンの褒め方だと思いながら。


「レアン、本気で私に勝つつもりか?」


クローディアは首を戻し真顔で言うと。


「無論だ、俺はこの数カ月クロに勝つ為に色々と考えた」


「勝つ為に考えた?」


クローディアは真顔のまま首を傾げながら言うと。


「そうだ、俺は幸運の魔法を使うクロにどうやったら勝てるのかと、そしてある事に気が付き必勝法を編み出した」


「ほほう、必勝法とは、神のご加護を超える何かがレアンには有るとでも言うのか?」


クローディアは神が絶対でそれを超えるものなどない無いと信じて来たので、その必勝法に興味が沸いてきた。


「神のご加護?俺にはそんな物はない、しかし・・・これ以上言ったら勝負が面白くないから内緒にしておく」


クローディアはマジックの種明かしを教えて貰えなかった子供の様な気持ちになったが、これは心理を揺さぶり動揺させる作戦なのか?と考え。


「神を超える物など存在はしない!だからレアンは私には勝てない!」


自分に言い聞かながらクローディアが言うと。


「リーナに聞いた、マカモウの教えは『結果が全て』なんだろう?ではその結果を出そうじゃないか・・俺は『グ―』を出す、更に引き分けは俺の負けで構わない、考える時間は10秒だ」


レアンは拳を握りクローディアに『グー』を見せた。


それを見たクローディアの頭がフル回転した。


「グーなら引き分けで勝ち、パーなら勝ち、チョキなら負け・・勝率66%・・もし私が引き分け狙いでグーならレアンはそれを読んでパーを出す、・・・したらグーで負け、パーなら引き分けで勝ち、チョキなら・・当初の事を考えれな危険な手・・ここは引き分け狙いか?」


クローディアは短い時間で考えたが結果が出ず、幸運の魔法に委ねる事にした。


「もういいか?クローディア」


「いいだろう、引き分けでも私の勝ちなんだな?」


クローディアは再度確認すると魔法を唱えた。


「では行くぞ」


レアンはグーにした拳を出したまま言うとクローディアは勝負に構えた。


「じゃーんけーんぽい!」


クローディアが出した手は開かれ『これで負けは無いと』レアンの宣言通りなら勝ち、裏を読んでも引き分けで私の勝ちと『パー』を出した。


「俺の勝ちだ!クロ」


そう言われたクローディアが見たのはレアンの『チョキ』だった。


「え?何で?魔法は使ったのに・・幸運のご加護が負けるなんて・・」


クローディアが自分の出した手を見ながら驚きの表情を見せていると。


「クロ、約束通り俺の配下になってもらうぞ」


クローディアは満面の笑顔のレアンを見上げると参りましたとばかりにため息をすると、自分の樹神兵に手を当て樹神兵の外部スピーカーで叫んだ。


「戦闘は終わりだ、グレバルトのクローディアはファーシェのレアンに敗北した」


樹神兵の通信でそれを聞いたグレバルトの樹神兵は戦闘を止めリーナとカルラから離れ、それを見た2人は追撃はせず戦闘態勢のまま動きを止めた。


少ししてグレバルトの樹神兵から2人の兵士が両手を挙げ降りクローディアの前まで来ると膝を付き泣き始めてしまった。


「バカ、お前達、泣くな、恥ずかしいだろう」


クローディアはそう言いながら兵士に近づき自分の涙腺が緩み、それを隠す為に二人の兵士の頭を両手で抱え顔を埋めてしまった。



後日、戦争が終結した時にクローディアがこう言い残していた。


「レアンにジャンケンで負けたのは通過点で最後の結果の為に負けた」のだと。

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